勝負のはずがグッダグダ
2話です。登場人物が一気に増えますが、がんばって憶えてください(他力本願)
次の日の朝。阿原町の町外れにある波佐間山。そのどこかにある一つの大きな洋館で、目覚ましの音が大きくこだまする。学校がある日は六時に目覚ましを鳴らしている。今日もその音が聞こえたにも関わらず起きたくない。「頼む・・・もう少し寝かせてくれ。」
普通の高校生ならそう言うであろうはずが御道家継の場合
「マッサージチェアがあるじゃん。起きよ。」この始末である。
パタパタと自分の部屋から、リビングへ向かった。そこには御道家の面々が朝食を取っていた。
「おはよう家継。あなた昨日も遅かったのね。あんまり遅いと未熟だと思われてもしかたないわよ。」
「しょうがないだろ?武道家みたいな動きする癖に中々見つけられねえんだもん。むしろしっかり倒して帰ってきた俺を褒めて欲しいね。」
「倒せたらいいんじゃない?私は家継ががんばってるんならそれでいいと思うよ。」
「さすが!香奈枝姉ちゃんは言うことが違うな!莉子姉ちゃんもちょっとは言うこと考えたほうがいいんじゃない?朝っぱらから説教とか誰も得しないだろ?」
家継は机に置いてあるジャムトーストとココアを手にマッサージチェアに座った。父さんが治癒の魔法を施したマッサージチェアだから普通に寝るよりも圧倒的に疲労の回復効率がいい。
例え前日に3時間しか寝ていなくても、ここで一時間弱くつろいでるだけでほぼ疲れが取れてしまう(定価45000円)。そうなると何故睡眠をとるのかという話になるが、父さん曰く、身体の疲労を取り除くだけで、脳の疲労は取れないそうだ。それに肉体の成長も促さないといけないのでどんなにこのマッサージチェアが便利でもきちんと睡眠をとらないといけないらしい。
テレビを見ながら時間を潰す。今日も猟奇殺人の犯人が見つかっていなかったりや、夜に出歩くのは危険だといった内容のニュースが流れている。
一つ気になったのが阿原町に一つの焦げ後が見つかったというものだ。そりゃそうだ。俺がやったんだから心当たりはある。
「あれ、家継がやったんじゃない?まだ火の魔法うまくいってないって言ってたし。」
「火力調整って難しいんだよな。強すぎると俺が熱いし、弱すぎると引火しない。人を焼く温度ってのは結構高くて、ジワジワ焼くくらいならいっそ燃やし尽くしたほうが早いんだよ。」
「ふーん・・・けどああやって痕跡が残っちゃうのはあまり良くないんじゃない?」
「そうだぞ、家継。あくまで人目につかないように魂喰らいを屠らなければいけないのに昼の町に痕跡が残ってしまうのは良くない。」
「あ、父さん起きてたんだ。まだ寝てるもんかと。」
「本当はそうしたいが、莉子がうるさくてな。どうだ?どっちの家を継ぐかは決まったか?」
「出会うたびにその話ばっかりで、うんざりするわ。そんな一朝一夕で決められる話じゃないって言っただろ?母さんの方も伝統のある家だし、御道の方も継がなきゃいけないのはわかってる。だから簡単に判断はしたくない。」
「ふむ・・・まあすぐに答えは出ないのは知っていてこの質問をしているんだけどね。ただお前にはあまり時間が無いとだけ言っておこうか。」時計を見ると家を出る5分前になっていた。まだ着替えも済んでいない。
「うわ!まじで時間ねえじゃん!そういうことはもっと早く言ってくれよ!」
「気がつかないお前が悪い。事故だけはするなよ、優秀な跡取り君。」
「はいはいわかってますよ!行って来ます!」
「全く誰に似てこんな慌しい奴に育ったんだ。」
「それは普段の父さんの行いを顧みてから言って欲しいですわ。」
「やっぱり莉子は俺に厳しいな。」
学校。朝のHRが始まる前の時間何とか登校はできたが、完全に疲れが取れたわけではない。俺の家は南隆盛高校から自転車で45分これも体力を衰えさせないようにするためとか色々理由はあるが、せっかく朝に休んでいるのにこれではまるで意味が無い。机にうなだれていると、黒橋の声が聞こえる。
「おはよう御道君!」
「ああ、おはよう黒橋。今日も元気そうでいいな。」
「どうしたの?すごく疲れてるみたいだけど。」
「ちょっと色々あってな。ごらんの通り寝不足だ。」
「ちゃんと寝ないとダメだよ。授業中寝てたら学校に来ている意味無いからね。そうだ、一つ提案なんだけどいいかな?」
「無茶振りじゃなかったらなんでもいいぞ。」
「昨日勝負を挑んでくるって話があったよね?それを受けてあげたらいいんじゃないかって思って。」
眠気が一瞬で吹っ飛んだ。
「言いたいことはわかるが俺から仕掛けるのか?確かに一回優劣を競うのはありだとは思うが。わかった。お前が言うんだから何かしら考えがあるとしておくか。昼休みに行こう。」
「ありがとう!ちょっとその子気になってたんだよね。一年間ずっと挑んでくるぐらいだから相当自信があるんじゃないかって。それを崩せたらすごい面白いんじゃないかなって!」
「お前たまにやばい一面あるよな・・・。気にしないでおくが、体力蓄えないといけねえから
寝かせてくれ。」
「今日だけだよ。大した授業もないはずだし。」知り合って二日しかたってないのにずっと前から友達だったかのように語りかけてくる黒橋。
「助かる・・・んじゃおやすみ。」俺はそのまま4時間目が終わる直前まで寝てしまった。
昼休み。
「さあお昼休みだよ御道君!」黒橋が声を掛けてくる。
「はいはい。何でお前そんなに嬉しそうなんだよ。」
「別に~。その勝負を挑んでくる子は何組なの?」
「俺らの隣の隣だから四組だな。さて行きますか。」
御道はただ真っ直ぐに四組の教室に歩いていった。ドアが閉まっていたにも関わらずそれがどうしたといわんばかりに豪快にドアを開けた。
「たのもー!あの面倒な奴は今いるかー?」
クラスのどの人物にもはっきり聞こえる声量で言ったせいで空気が凍り付いてしまった。
しばらく御道は周りを見渡すとポニーテールの少女をずっと見つける。その小柄な少女はあまりの驚きに卵焼きを掴んだまま固まっている。
数十秒後・・・。
「あ・・・ああ!ついに勝負を受けてくれるのね!いいわ!いつがいいかしら?私はいつでも準備万端よ!」
「何言ってんだよ。今誘ったんだから今しかないだろ。飯食ったら屋上に来い。言っておくが逃げるなよ?そっちが仕掛けてきたことなんだからさ。」
「わかってるわよ!待ってなさい!即行でご飯食べて行ってやるからそっちこそ覚決めなさい!」
口調は極めて強気だがかなり動揺しているようだ。それにこの状況をクラスにいるすべての者に見られているせいもあって顔も高潮している。御道は何食わぬ顔でドアを閉めた。
「ちょっとやりすぎたか?」
「だいぶやりすぎたね。相手側の事も考えないとフェアじゃないよ。」
「その辺は大丈夫だ。俺も一年弱ストーカー紛いの事をされたんだから、文句は言えないはずだぞ。とりあえず屋上行こうぜ昼飯まだだし。」
屋上。普段は何人か人がいるはずだが、今日に限っては人がいない。天気も良いし、絶好の勝負日和かもしれない。
「さーてあいつは何で勝負を仕掛けてくるのかね。女の子だからって手加減はしたくないが、多分大した勝負じゃないからちゃっちゃと負けてやるとするか。」御道は購買で買ってきたカツサンドを食べながらどうするかを考えていた。
「変なところで紳士だよね。でも殴ったり蹴ったりってことにはならないと思うね。あんな子が喧嘩するために男の子追い回すなんて正直考えられないな。」小柄な少女の面影を思い出しながら、黒橋はあんぱんにチョココロネといういかにも甘党らしい菓子パンを食べながら話をする。
「こしあんじゃないのか。俺はこしあん派だからそのあんぱんは貰わないでおこうかな。」
「奇遇だね。僕もこしあん派だけど今日は無かったから御道君に上げようと思ってたんだけど。半分ずつにしようか。」
「おう、ありがと。」のどかな時間が過ぎていく。もしかしたらこのまま何も起きないのではと確信していた二人の穏やかな時間は、ドアの開く轟音と共に掻き消された。
「来てやったわよ!さあ戦いましょ!」
「はいはい。んで?何で戦うの?トランプ?将棋?麻雀は人数が足りないから無理だな。」
「はあ?寝ぼけてんの?戦いって言ったら肉弾戦でしょ?殴り合ってどちらかが立てなくなるまで続ける古来の日本に伝わっている決闘方法じゃない!」
「うるせえ!お前の口からそんな単語が出てくるとか思っても見なかったし、そもそも何で俺を標的にするんだよ!他に強そうな奴はどこにでもいるじゃねえか!」
「あんたからは違うオーラが見えたのよ!あと私の直感があなたを倒すように言ってるわ!」
クッソ・・・話通じないタイプだ。つか俺が普通じゃないのがバレてるのか。いいだろう一回本気で叩いておおくか。話の感じからするとバカそうだし、ちょっと怪我させても言いくるめられるだろう。
御道は呼吸を整えた。何か新しいことを始めるときは必ず一呼吸置くようにしている。
「そういえば。一年半奇妙な関係でいたが、名前を聞いていなかったな。俺は御道家継だ。お前は?」
「白鳥鈴女よ。さあ、もう言葉はいらないわ。遺言が無ければこちらからいくけど死ぬ覚悟はできてるかしら?」
「遺言ねえ。三歩歩いたら忘れそうな名前に残す遺言はねえな。」
「馬鹿にしたわね!後で後悔しても知らないんだから!」安い挑発に乗る鈴女。
「煽り耐性無い子だったか~。これ一体どうなるんだろう。」事の重大性を把握してない黒橋。
まずは鈴女が大きく地面を蹴った。普通の女子高生とは思えないほどの脚力で御道までの距離を詰め、そのまま回し蹴りを首筋に叩き込もうとした。バズンと鈍い音がし、蹴りが完全に入ったことを確信する。
勝った!そう思うのも束の間、よく見ると、蹴りを入れた右足が御道の手によってガッチリ掴まれている。ガシリとこの世の絶望をすべて詰め込んだような音が響き、同時に危機感が鈴女の脳内を支配する。
「嘘でしょ・・・」普段本ばかり読んでいる文学少年のはずの御道が私の足を掴んでいる。しかも握力もかなり強くとても動けそうに無い。やばい、反撃される。
「ご自慢の蹴りが一回失敗したからってそんな顔するなよ。ほれ、もっかいチャンスやるからやり直してみ?」御道は掴んでいた足を離す。バランスを崩しながらも鈴女は距離を取る。
「以外に瞬発力があって驚いたわ。お前ももしかして何かやってるの?」
「くう・・・減らず口を・・・絶対ぎゃふんと言わせてやる!」わたしは実はあの伝説の忍者なのよ!忍術の一つでも使えばこいつも動揺くらいはするでしょ。というかさせないと私の面目丸つぶれなんだけど。
「影分身!」鈴女が二人に分身した。黒橋は口を開けてポカンとしている。
「ハッハッハ!さすがに二人分の攻撃は対処できないでしょ!覚悟なさい!」
「お前・・・一般人がいる前で堂々と忍術使ってんじゃねえよ。多分隠してたつもりなんだろうけど今のでお前が普通の女の子じゃ無いことバレバレじゃねえか!忍者名乗るんならもっと隠せ!」
「あれ・・・反応が薄いどころか何か説教喰らってるんですけど。これじゃあ出し損じゃない!」
「お前のその計画性の無さに驚きだわ!どーせ忍術の一つでも使えば勝てるとでも思ってるんだろ?せめてもう少しましな使い方をしろ!このあとどうするつもりだったんだよ!」
「あー!もう!父上みたいにごちゃごちゃ言わないで!あんたの顔面に蹴り入れて一発kO!で良かったのに!こっちも想定外すぎて、どうしたらいいかわかんないのよ!」鈴女がその場で膝を突く。分身したままなので状況が滑稽に見えてしまう。
「えーっと・・・御道君。今のこの状況を教えてくれるかな。」
「こいつが突っ込んできたけどあっさり蹴りを止められて、悔しくなったから忍術使ったら逆に説教されて心がボロボロって感じだな。」
「ありがとう。もう充分だよ。」
「取り敢えずその分身を解いてさ、今日はもう帰ったら?とても戦えるような状態じゃなさそうだし、今誰か来たらもっとまずいぞ。」そういうと狙ったかの様にドアが開き少女が入ってくる。流れるような艶のある長い黒髪は見る人の瞳を吸い込むかのようだ。背丈も鈴女とそれ程変わらない。その少女は一言も発することなく鈴女に近づいていく。
「姉さん。また後先考えずに行動したのね。計算高くないといけないって父上もおっしゃってたでしょ。」
消え入りそうなか細い声だが、しっかりと聞こえる。鈴女のことを姉さんと呼ぶからには姉妹なのだろう。
「ごめんね・・・麗虎ちゃん。私がふがいないばかりに・・・。」
「いつもの事じゃない。取り敢えず今日の所は帰っていっしょに作戦を考えましょ?幸い相手は逃がしてくれるみたいだし。」
「麗子ちゃんが言うなら仕方ないわね。御道!次はこうは行かないからね!」
「あーはいはい。次の挑戦をお待ちしておりマース。」
「私と麗子ちゃんが揃えばあんたなんて簡単に倒せるんだから!本当よ!」
・・・じゃあ何故一人で突貫してきたんだ。
「ではお二人とも失礼いたします。次は私も戦いますので、その時はお手柔らかに。」
こうして二人は屋上から去っていった。
「とんだバカだったな。さて俺たちも教室に戻るか。これで当分は絡まれないだろう。」
「色々ありすぎて、頭がついてこないよ。白鳥さん達は実は忍者で御道君はその攻撃を易々と受け止める。もしかして御道君も忍者なの?忍術を真正面から見て物怖じしなかったし。」
「残念だが俺は忍者ではない。ただの剣術道場の師範代だよ。忍術は・・・アニメとかでよく見る感じだったからなのと普通に考えてあんな使い方しないだろ。」
「まあそうだよね・・・ていうかちゃっかり再戦の約束しているし、断れないのがやっぱり御道君らしいな。」
「まーたそれか。俺が知らない俺らしさってって何だよ。」
「基本押しに弱いところかな。」
「そうか?俺は基本自分の芯を持ってるはずなんだが・・・。もういいや、家に帰って考えよ。」
「考え込むところも御道君らしさだね。」
こうして白鳥との勝負が終わり、今日も無事一日が終わった。幸いその日は魂喰らいは現れず見回りだけで済んだ。だが夜の阿原町には魂喰らい以外の驚異が迫っていることを、御道はまだ知らない。
続く。
2話を読んで頂きありがとうございました!次回も白鳥姉妹を出す予定なので、首を長くしてお待ちください。