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夜の冷たい風の中で


私には6年間「彼氏」という存在がいない。

それ自体は特に問題でもないし、どこにでも一人で行けるし、何をするでも一人で平気だ。

友達も多くはないけれど少なくもなくて、やったことはないけれど、別に何ヶ月遊ばなくても平気だと思う。

私は杞憂に耽ることや、想像をすることが好きだ。

一人で道を歩く時、一人で買い物をする時、一人で本を読む時、一人で部屋で眠る前すらも、素敵な時間に変えることができるのだ。


実家を出て、上京をしてきたのは19のとき。

父はおらず、母が女手一つで私を育ててくれた。

兄弟はいない。ペットすらも。

母と19年間暮らした8畳一間の古いアパートも、家を出た日から一度も見ていない。

東京から岩手の盛岡までの運賃は片道1万5千円程。

時間は約3時間。

そんな時間と金があるのなら、きっと私はそのどちらもを酒に使ってしまうのだろう。

母親とは連絡もほぼとっていない。

たまに帰宅すると入っている留守番電話の母の声も、流しながら私は平気でTVをつける。

再生が終わったことにも気づかずに、すりガラスの薄く冷たい窓にべたりと手を当て、キュルルルという耳障りな音を響かせながら、冬の冷たい夜風を肺いっぱいに吸い込むのだ。

かといって母が嫌いなわけでもなく、むしろ感謝すらしている。

何せこんな何の取り柄もない娘を、女手一つ、見事に育て上げてくれたのだから。

バカでもなければずば抜けたものがあるわけでもなく、何においても平均的。

何が好きや、何がしたい、そういったものもなくて、ただ当時の私は、きっとこの盛岡という町に何もないせいで、私は何も目的や目標が見えないのだろうと、安直な思いだけで一人上京を決めた。

19歳の誕生日、母は一生懸命スーパーのパートと夜のスナックで働いて貯めたであろうお金で、私に成人式用の振袖を買ってくれた。

もちろん新品なわけはなくて、200メートル先の公園の向かい側に住んでいる2つ上のお姉さん、梨香子さんのお下がりだ。

もう着ることもないということで、母が頼み込んで、10万円で譲ってもらったのだ。

なぜ私がそんなことを知っているのかというと、その綺麗な薄桃色の振袖を着た梨香子さんに、成人式の朝、バイト前に出くわしたからである。

きっと私は着ることができないだろうから・・・せめてもの思い出、そう思い、目に焼き付けていたのだ。

母は古着だということを私に説明し、直後に「新しいものを買ってあげられなくてごめん」と謝ったが、私の内心は複雑だった。

嬉しい思いと、そのお金があるのならもっと自分で良いものを買えばいいのにとか、そういうことしか考えることができなかったのである。

19歳の誕生日、母は夜のスナックの仕事へ出かけて行った。

12月の初め。

木枯らしが吹き始めた夜、クリスマスソングが流れるネオン街へと母は消えていく。

小柄だった私には、二人でいると何かと狭い8畳も、一人の私にはとてつもなく広い空間だった。

冷蔵庫のジーっという音がして、時計のリズムが時を刻み、1秒、また1秒と、私を含む、すべての人々を未来へと運び、そして死に向かわせるのだ。

TVでは乾いた笑いが響いてて、面白くもないのに人々が笑ってる。

私は一人、8畳一間の隅に置かれたコタツに足を突っ込み、流れっぱなしになっているTVを見るわけでもなく、用意された小さなショートケーキの甘さに耐えられず、大半を机に残したまま、19歳になっても変わらぬ日常が永遠に繰り返されるのだと想像した。

何をすれば私は変わる事が出来るのかもわからず、いつの間にか母の古いデザインのヴィトンのボストンバッグに荷物を詰め、ダッフルコートを着て、薄桃色の振袖と、小さなイチゴの欠けたショートケーキを背に、鍵も閉めずに家を後にした。









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