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時の間の邂逅  作者: iliilii
Original Story
4/16

迷い込んだ思考

 よっしゃー! そう思った俺の思考は単純だ。彼氏いない発言に俺は希望の灯火をかかげた。


 食べ終わった食器を食洗機に放り込んで、クウにドッグフードを与える。カリポリとうまそうに音を立てて、まさに犬食いしているクウに癒やされる。クウかわいいな。頭を撫でてやれば、食べてるときに邪魔すんなとでも言いたげに、ちらりと一瞥をくれただけで食べ続けている。

 ぺろりと食べ終わったクウがピチャピチャと水を周りにはね飛ばしながら一気飲みして、食べ終わった器をもう一度丁寧に舐め回し、満足気に口の周りを舐め取っている。かわいいなぁ、クウは。

 見れば(あや)も目を細めてクウを見ていた。な、かわいいだろう?


 彼女を俺の部屋に連れて行き、クローゼットの中を見せる。一応クローゼットの中にヤバい物はない。ヤバい物は全部机の鍵付きの引き出しの中だ。


「これとこれ、借りてもいい?」

 (あや)が手に取ったのは、パーカーとハーフパンツだ。ハーフパンツはウエストを紐で縛るタイプだから彼女でも大丈夫だろう。

 先にリビングに戻ってクウと遊んでいると、着替えた(あや)がやって来た。俺の服着た彼女はとんでもなくかわいかった。俺の服を着てるというところがポイント高い。

 だぼっと着ている紺色のパーカーはお尻まで隠れてミニワンピのようだし、だぼっと履いた黒いハーフパンツから見える紺色のソックスの細い足首がなかなかいい。彼女の背は低くはないけれど細い。だからか全体的に小柄に見える。


「ガウチョみたい」

 2015年には、こういうだぼっとした丈が短めのパンツが流行っているらしい。


 そこから一緒にどうすれば帰れるかを話し合う。二人とも思うことは同じで、同じ時間、同じ場所、同じような行動をとれば帰れるのではないかと考えている。というより、それ以外に思い浮かばない。それ以外であれば、何をしていても帰るときには帰るのではないかと思う。


「なんで来ちゃったんだろう」

「さあ。時空の歪みとか?」

「そんなの全く感じなかった。あの時、友達も一緒にいたのに、私だけどうして……」

「それこそたまたまだよ。(あや)だからじゃないかもしれないだろう? あんまり思い詰めんな、な」

 ソファーに座る俺とは別に、ラグに座り込んでいる彼女の頭を撫でてやると、泣きそうな顔が少しだけ和らぐ。ちゃっかりその膝の上に乗って丸まっているクウがちらっと目を開けて俺を見た。ついでにクウの頭にも手を伸ばして撫でてやる。


「他に可能性があるとしたら、この辺りの(あや)ゆかりの場所とか?」

「ゆかりの場所って、なんか歴史っぽいね」

 綻んだ彼女の表情に安堵する。(あや)は少し思い詰めやすい。まあ、この状況で思い詰めるなと言ったところで無駄だろうし、この状況で脳天気だとしたら、それはそれで問題だろう。


「よく行ってたのは、駅ビルのコーヒーショップとか、だけど……駅前の再開発って終わってないよね?」

「終わるどころか始まったばっかだよ」

「だよね。私のゆかりはないかも」

「住んでた場所は?」

「再開発でできたマンション」

「じゃあ、本当に学校だけなんだな」

 こくんと頷く彼女がまた泣きそうだ。ソファーを背もたれにしてラグに座っている(あや)の後ろにその背を足に挟むように座り直し、頭をぐりぐりと撫でてやる。俯いた彼女の耳が赤い。

 俺だって恥ずかしい。けれど、安心するだろう? 人の体温って。


「あのさ、(りょう)ってたらし?」

「は? んなわけないだろう。彼女なんて一度もできたことねーよ」

 彼女がびっくりした顔で振り向く。どこに驚く要素があるのか。俺は未だ嘗て告白されたことなんて一度もない可哀想な男だよ。


(りょう)って、モテるかと思った」

「は? どこが? どの辺が? むしろ詳しく教えてくれよ」

「あー、うん。今のでなんかわかった。必死さが無理」

「無理ってなんだよ、無理って」

 (あや)が声を上げて笑ってる。かわいいな、その顔。


(あや)は笑ってる方がかわいいよ」

 思ったことをそのままを口にすれば、彼女が膝に乗っているクウを背を丸めて抱きかかえ、ぶつぶつと何かを呟いている。

 クウが嫌がっているぞ。

 彼女の膝の上から足を突っ張らせながら逃げ出したクウが、自分用のクッションの上で丸くなった。


「あのさ、昼飯も作ってくれる?」

「もちろん。私でよければ」

「じゃあ、今のうちに買い物行ってこようか。で、昼からは学校中心に色々回ってみよう」

「うん。ありがと、(りょう)

「いいよ」

 もう一度綾(あや)の頭を撫でると、彼女が慌てたように立ち上がった。顔が赤い。なんだか本当にかわいいな。




 ────◇────




 うっかり言葉を選ばずに言ってしまったけれど、(りょう)は絶対に天然たらしだと思う。彼女がいたことがないなんて嘘だ。

 特にすごいイケメンという感じではないけれど、だからといって不細工でもない。よく言えばイケメン寄り、人によってはそうでもない感じの、正直どこにでもいそうなタイプだ。けれど、その言動がおかしい。普通にさらっと「かわいい」なんて言うもの? 頭撫でたりするもの? 生まれてこのかた彼氏なんてできたことがないからか、それが普通なのかどうかがわからない。少なくとも友達同士ではしないような気がする、けれど……している人もいるような気もする。仲のいい男友達もいないからそのあたりもわからない。


「あー、(あや)、昨日コンビニ行くときも思ったんだけど、その上履きはないよなぁ。俺のフロックス貸す? デカいかもしれないけど上履きよりいいだろう?」

「いいの?」

「いいよ。ってか、(あや)の方がいい? 臭くないと思うけど……」

 言いながら、サンダルの匂いを嗅いだ彼は、無言でどこからか消臭スプレーを持って来てふりかけている。


「あのさ、フロックスなんだから洗えるよ」

 笑いながらそう教えると、無言のまま家の外の水栓でサンダルを洗い始めた。そんなに臭かったのだろうか。思わず笑ってしまう。


 玄関に座ってクウちゃんと一緒に待っていると、洗い終わった(りょう)が濡れたサンダルを持って戻ってきた。家の中からタオルを持って来て丁寧に拭いたあと、もう一度匂いを嗅いで、私の足元にきちんと並べてくれた。


「ご丁寧にありがとうございます」

「いえいえ。心置きなくお使いください」

 顔を見合わせ笑ってしまう。自分の持っているものよりも、一回りも二回りも大きいそれに足を入れると、それを目にした彼がなんだか嬉しそうに笑っていた。変な人。


 大きめフロックスは歩きにくいかと思ったけれどそうでもない。案外平気だ。

(りょう)が足元を見たあと、当たり前のように手を繋ごうとするから、何も言わずに繋がれておく。彼のあたたかい手は、なんだかほっとする。出会ってまだ一日も経ってないのに、どうしてこんなに安心できるのか、自分でもよくわからない。

 不安な状態で(りょう)しか頼れる人がいないからなのか。




 連れられて行ったスーパーは、私も何度か行ったことのあるスーパーだった。

 昨日のコンビニでも感じたことだけれど、品揃え自体に違いはそれほどない。けれど、商品のパッケージが違う。物珍しくて、目移りしてしまう。


(りょう)(りょう)、これ、このパッケージかわいい。こっちの方がいいのに」

「買う?」

「ううん、買わない。でもすごい。面白い」

 思わずはしゃいでしまう。また彼が優しい目をして頭を撫でてくれた。……どうしてこういうことを普通にできるのかなぁ。やられる方が恥ずかしい。


「お昼何食べる?」

(りょう)は何食べたい?」

「んー。今日は少し寒いから温かいものがいいなぁ」

「じゃあ、煮込みうどんにする?」

「いいね。うどんが茶色くなるまで煮込んで」

 うどんの材料をカゴに入れていく中、冷凍うどんを探しに行くと、彼が「買い溜めしとこ」と呟きながら、冷凍食品をどんどんカゴに入れていく。カップ麺よりはいいと思うけれど、できればちゃんとしたものを食べて欲しい。


(りょう)はさ、自炊しないの?」

「しないなぁ。親父がいると親父が時々作ってるけど、俺はしないなぁ。ああ、でもあの温泉卵のパンは俺でも作れそうだ」

「煮込みうどんだって簡単だよ」

「そう?」

「うん。めんつゆ使っちゃえば誰でも作れるよ」

 ふーん、と気のない返事をしている。彼は食べることに関心がなさそうだ。


 お総菜コーナーでエビの天ぷらを買っていると、(りょう)がおいなりさんの大きなパックをひとつカゴに入れていた。二十個くらい入ってそうだ。


「おいなりさん好きなの?」

 そう聞いたら、少しだけ恥ずかしそうに頷く。彼の恥ずかしポイントがよくわからない。おいなりさんが好きなことは恥ずかしいことなのだろうか。


 帰り道では九年後に流行っていることや起こっていることを色々話した。御守りの画像を見せると、彼が笑いながら「俺にも御利益ちょーだい」と言って、その画像を写真に撮っていた。


 家に戻って早速煮込みうどんを作る。横から後ろからと場所を変えながら、邪魔にならないよう覗き込んでくる(りょう)の視線に、少しだけ緊張する。

 結局また彼がお金を払ってくれた。バイト代が入ったばっかりだから、作ってもらうから、そう言ってくれたけれど、すごく申し訳なく思う。

 冷蔵庫にあっためんつゆを表示通り水で薄め、沸騰させている間に洗ったネギやほうれん草、水菜の準備をしておく。沸騰しためんつゆに冷凍うどんを二食分入れくつくつと煮込む。時間差で長ネギや生麩、ほうれん草、卵を落として、最後に水菜とエビ天をのせれば完成。


「簡単でしょ?」

「うん。簡単だった」

 彼の家は、調理道具も高級品が揃っている。フランスの鋳物琺瑯鍋は二大メーカーがフルサイズじゃないかというほど揃っていた。それで作ったからそのままテーブルに並べてしまう。思った以上に重い。鍋敷きまでそのメーカの物が二つ揃っていた。


(りょう)の家ってお金持ちなの? このお鍋っていいお値段すると思うんだけど」

「あー、親父が物を集めるのが趣味なんだよ。使いもしないのによさそうって思うと大抵一式揃えてる。あと新商品とかも」

 インテリアや雑貨に興味があったから知ってるけれど、簡単に一揃えできるようなものではないはずだ。今朝もクウちゃんの食器がヨーロッパの王室御用達の陶磁器メーカーのものだったことにびっくりした。和食器だって雑誌でしか見たこともないような作家物と呼ばれるような器や、絵付けがすごくきれいな器がたくさんある。ひとつひとつじっくり眺めてみたいくらいだ。

 彼の家はそういうものを一揃えできるほどの経済力なのだろう。すごい。


「うちはさ、親が家に興味がないからなーんにもないの。インテリアコーディネーターさんに揃えてもらった家具くらい。だから私、こういう食器とか調理道具とか、家電とか、生活に必要な道具を見るのがすごく好きなの。お小遣いで少しずつ買って集めてるんだぁ。だから(りょう)の家ってすっごく楽しい。見てるだけでわくわくする。マルセナを使えるなんて思わなかった」

「マルセナ?」

「そう。朝使った食器。ドイツの名窯って言われてるすごく有名な食器なんだよ。食洗機に入れてるの見てびっくりしたもん」

「そう?」

「クウちゃんの食器だっていいものだし」

「そうなんだ」

「興味ない?」

「なかった。(あや)はそういうの好きなんだな」

「うん」

 まただ。(りょう)の目がすごくやさしい。その目で見られるとすごく恥ずかしい。勘違いしてしまいそうだ。






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