拠点 その二
この漢中の土地は恵まれている。
そう思いながら活気あふれる街を散策しながら張魯は歩いていた。
漢中は昔からほかの土地とは比べ物にならないほど生産力は高く、また技術も一歩どころか数歩以上も先を進んでいた。
綺麗に碁の盤のように区切られている街は何がどこにあるのかが分かりやすく、また警備もしやすいために治安が良い。
これは全て漢中を収めている一刀様の書庫にある見たこともない文字とそれをそのまま貼り付けたのかと思うほどの出来栄えの絵がのっている様々な種類の書物から得られたものだ。
未知なる土木技術や農業方法、造船技術などが載っている本の数々はまさに知識の宝箱とも呼べるものだが、その文字の解読の進みは遅く、一刀様の助けがなければほとんど読むことができないのだ。
だが解読できたところから得られた知識のおかげで農民たちの生活基準は高く、その豊かさに支えられた一刀様を頂点に置いた自治政府が領民を守っているために山賊などもそうやすやすと略奪を行えないのだ。
もちろん自治政府とはいえ皇帝陛下の支配下にあるのだがなぜかこの土地には中央がこれまで口を挟んだことは張魯が仕官してから一度も無い。
どうやら一刀様の一族が漢王朝が建立して以来、代々治めているらしいがこれも風の噂にしか過ぎない。
本人にそれとなしに聞いてもろくな答えは返ってこなかったしどうやってこの疑問を聞き出そうか、とそんなことを考えて歩いていると長身の女性とぶつかってしまった。
とは言っても張魯はすでに十七なのだが未だに子供と間違えられるほど童顔で身長も小さいためにぶつかってしまった張魯が逆に地面にお尻を強打してしまう。
「わわっ!?す、すいませんっ!!」
「大丈夫ですか?貴方のほうが倒れてしまったけれど・・・・・」
「だ、大丈夫です。貴方は・・・・・」
「大丈夫ですよ。私はなんともありません」
「ごめんなさい。つい考え事をしていて・・・・」
張魯がバッと頭を思いっきり下げると女性はいいんですよ、と言って張魯の頭を上げさせる。
「ですけど・・・・・」
一方の張魯も一刀のそばで働いている側近、役人であろうと民を軽んじてはいけないしやってしまったことは必ず償えと叩き込まれているためにどうしてもぶつかってしまった自分が許せない。
それが解った女性は知的な笑みを浮かべて張魯に一つお願いをする。
「じゃあ私と一緒に探し人を見つけてくれませんか?私はここに住んではいないのでその人がどこにいるか分からないのです」
「わかりました。そんなことでいいのならご一緒します」
「あら。礼儀が正しいのね」
「教えられていますから。人に、特に女性には親切にしろって僕の働いている場所の人に」
張魯がそう言った時、笑顔の女性の眉がピクッと動いたのに気が付かず張魯は女性を案内しながら街を練り歩いていた。
するとちょうどすぐそばの店の暖簾をくぐって肉まんを手に持って嬉しそうに出てくる一人の男。
その男は純白に細かな、それでも見るものが見れば驚くような出来栄えの金糸の刺繍が入った着物を着て腰には一本の剣を下げている。
この格好の男はこの街では一人しかいない。
「おばちゃん、肉まんありがとな~」
「一刀様。また仕事を抜け出してきたのですか?」
「お、張魯か?今日はちゃんとした休日だぞ。なんでも俺のしりあ、い、の・・・・・・・・」
だんだん声が小さくなり顔が青ざめ、がたがたと震える一刀の視線の先を追えば、案内していた女性が笑顔で立っていた。
そう、先ほどよりも笑顔なのだがなぜか蛇に睨まれた蛙のような心境になってしまう程だ。
「水鏡・・・・?お前は今日の午後あたりに着くと手紙で送ってきたよな?」
「親切なお方が馬を貸してくださって今朝この街に着いたので一刀様にはやく逢いたいと屋敷を訪ねたのですがいらっしゃらないので街にでたら・・・・・・・・」
「一刀様に会えなかったというわけですか。一刀様は一緒に働いている僕たちですら抜け出した時に捕まえるのは大変ですから。この街中に何人もの妾を囲っているなんていう噂を流す者も出るほどですしいい加減やめて欲しいんですが」
「・・・・・・・・一刀様・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・三十六計逃げるにしかずっ!!」
やばいと直感が警鐘を鳴らしたために逃げ出すが、いつの間にか水鏡に回り込まれてしまっていた。
「ゆっくりお話ししましょうか?」
「お手柔らかにお願いします・・・・・・」
襟首を掴んでズルズルと一刀を引きずっていく水鏡は思い出したような顔をして張魯を呼ぶ。
「明日も一刀様は休まれるみたいですのでお願いしますね?」
「はぁ・・・・・・・・・」
二日後、一刀がまるで木乃伊のようになって仕事場に出てきて張魯が驚きの悲鳴を上げたのは言うまでもない。