天水
「北斗っ!!ストップ、ストップしろぉおおおおおおおおおおっ!!」
街までの道を楽しそうに走っている一刀の愛馬、北斗に涙目になりながら制止を掛けようとするが、北斗はそれを無視して走り続ける。
「すとっぷってなんて意味なん一刀?」
「美味しい・・・・・・?」
その様子を十歩ほど後ろから追いかけている二人は聞きなれない言葉に首を傾げながらおいて行かれないように馬を急かす。
二人と街に買い物に行く約束をしていた一刀は近くにある大きな街、天水を目指していたのだ。
「ちょ、マジ、マジで落ちるっ!!」
「すごいわ一刀。手縛ってんのにうち等より速いってのはホンマにかなわんわ」
「北斗も楽しそう・・・・・・・」
「二人ともっ、この縄切ってくれっ!!おわっ!?おち、落ちるって」
一刀は手を後ろ手に縛られたまま北斗に乗せられ、何故かそのまま二人と競争する羽目になったのだった。
結構自尊心が高い北斗は二人が乗っている馬が良馬とはいえ負けることは許せなかったために一刀が落ちない範囲で恋や霞が乗っている馬が追いつけない速度で駆け続けたのだ。
二人も馬の事がよくわかっているだけに、北斗を抜くためにそれ以上の速度を出せば天水まで持たずに確実に潰れるという事を確信していた。
落ちかけている一刀は必死に北斗を腿で挟み込むようにして何とか天水の門をくぐることが出来た。
ようやく縄を切ってもらえた一刀は一息を付いて二人と一緒に天水の街を散策する。
とは言っても恋はアッチへふらふらコッチヘふらふら、食べ物屋があると覗きに行くし、霞も酒屋があると一刀の袖が千切れんばかりに引っ張るのでようやく目的の場所に着いた時には一刀の両手は食べ物と酒の入った瓶で埋まっていた。
目的の場所に入ろうとしても、手に持った荷物が邪魔でどうしようかと困っていると、初老に入りかけた男が手を振ってこちらに近づいてきていた。
「おやおや、親父さんがこんなところにいったい何の用ですかな?」
男は一刀の古くからの知人でこの街の有力者だったらしく、
親身になって聞いてくれた。
「今日はこの二人の買い物に付き合ってんだ。台車かなんか貸してくれないか・・・・・・」
一刀が苦笑しながら経緯を説明すると男は大きく頷いた。
「わかりました。すぐ近くに私の家がありますので」
男は笑いながら近くにあった豪邸に一刀たちを案内し、一刀が両手に抱える程持っていた荷物を使用人に命じてまとめてくれた。
「どなたですか・・・・?」
そんな時、ふと屋敷の中から鈴のような声が聞こえてきた。
「おお、月。こちらに来なさい」
男は門の陰から顔だけ出していた少女を呼ぶとずいっと一刀の前に押し出す。
「娘か?」
「ええ。挨拶しなさい」
「と、董卓です」
固まっている少女に一刀が笑いながら手を差し出す。
「どうも北郷一刀です。こっちにいるのは呂布と張遼だ」
「よろしゅう」
「よろしく・・・・・」
しばらく少女は目を下げたまま固まっていたが霞が恋と一緒に遊びに誘うと表情から硬さが取れ仲良く遊びに出掛けて行った。
「荷物はあとで受け取りに来るよ。俺は行きたい店があるんだ」
「ご一緒しますぞ」
三人が遊びに行ったあと、二人は街で一番大きな雑貨を扱う店に入った。
「らっしゃい。何をお求めですか?」
一刀が店に入ると人のいい笑みを浮かべて店主が飛んできて二人を出迎えた。
「そうだな・・・・・。着物が作りたいんだが、流星の柄があるか?」
「ええ。この前とっても上質な布が入りまして。こちらへ・・・・・」
嬉しそうに店主は店の奥に二人を連れていくとそこには大きく重そうな扉があり、それを潜ると個室となっており、その部屋と不釣り合いなほど大きな机とその上に広げられた大陸の地図が目立つ。
その部屋の隅にできていた暗闇から腰の曲がった老人がゆっくりと現れた。
「これはこれは一刀様」
「情勢は?」
「やはり民の不満が高まっております。国中に私腹を肥やそうとする官僚は多く、次々と取り締まっていますがきりがありません」
「そうか・・・・・・・」
「では次は・・・」
渋い顔を創った一刀に老人は次の資料を手に取って報告する。
「漢中では都にも負けず劣らずの人が集まっております。一刀様の話を元にした農具を漢中に集まってきた職人が作り上げ、それを五斗米道衆が農民を指揮して農法を広めました。
ですので今の数倍もの人口も養えるかと」
「肥料や連作被害の対策は?」
「それももちろん考慮しております。今頃張魯殿がひぃひぃと悲鳴を上げてましょうな」
老人は倒れる直前でフラフラとしながらも貯まっていく報告書を必死にさばいている若い文官の姿を幻視して声を上げて笑う。
「そろそろ帰って書類を片付けるの手伝ってやろうかな・・・・・・」
「そうですね・・・・・。後はこんなのが届いていました」
今までの資料よりもはるかに多い竹簡を老人が持ってきた。
「一刀様へ皆様からの書簡でございます」
「どれどれ・・・・」
気まぐれにドンドン運ばれてくる竹簡を手に取って開いた一刀はそれの内容を見た途端絶句した。
「おやおや・・・・・。これは大変でございますな」
老人が後ろで笑っているがそれを気にしている余裕は一刀にはなかった。
内容は子持ちの弓将軍や酒好きの猛将や江東の虎、名門女子私塾の教師やその他の一刀の知り合いからの会いに来いという催促だった。
しかも見る限りだいぶ前の物らしく、一刀が駐留地を洛陽近辺に移したことを伝えていなかったためにおそらくここに送り続けていたのだろう。
返ってこない連絡にイライラを募らせながら。
「絶対拗ねてやがるなあのじゃじゃ馬娘ども・・・・・・・」
どうやって機嫌を取ろうかと一刀が頭を抱えていると扉の外から店主が一刀を呼ぶ声が聞こえた。
「どうした?」
「お客さんをよ、うぎゃぁっ!?」
「店主っ!?」
いきなり吹き飛んできた店主を驚きながら受け止めて飛んできた方を見ると、そこには鬼がいた。
「かぁ~~ずぅ~~とぉ~~っ!!」
「水蓮っ!?」
「こら一刀っ!!なんでわし等に会いに来ないんじゃ!!」
「祭、お前もかっ!?てか雪蓮と蓮華とシャオはどうしたっ」
「周異に預けてきたっ」
まだ幼い娘たちを友人に預けてきたことに堂々と胸を張る現孫家当主に一刀は頭痛がして、漢中に療養に行こうかなと真剣に悩んでいると、そこに遊んでいた三人が通りがかった。
三人は店の奥が騒がしかったので覗いてみると一刀が二人の女性に問い詰められているのを見て霞と恋が董卓を連れて店の中に入ってきた。
「一刀っ!?どないなっとんねん」
一刀の横まで来た霞を女性の一人がまるで子猫の首根っこを抓むように襟をつかんででプラプラと持ち上げてじっと鑑定するような目で見る。
そしてしばらく見ていた女性はニヤリと笑って一刀を見た。
「一刀、こんなのが趣味な訳?」
「やっぱり若い娘がいいんかのぅ」
もう一人もそれに乗っかったために一刀は苦笑いをする。
「なんの話してんだよ・・・・・・」
一刀は霞を下させると、何とか説得して先に一刀が宿泊している孤児院に二人を行かせた。
「さ、俺の用事も終わったし。お前、ら、も・・・・・・」
後ろを振り向くと霞が不機嫌そうに一刀をにらんでいた。
もうこれ以上ないほどに不機嫌そうに。
その目が一刀に今から付き合えと雄弁に語っていた。
「・・・・・・しょうがないな。一緒に見て回るか・・・・・」
「行くで一刀っ」
「お嬢様の仰せのままに、ってな」
「行こう月」
「きゃっ、恋ちゃん!?」
恋に抱えられて可愛らしく悲鳴を上げた董卓が霞と一刀の後に続く。
この日は孤児院に帰るまで一刀に付き合ってもらって霞の機嫌は一刀の財布と反比例して上昇していた。