河東郡の地で
「なぁ華雄。アイツは元気にしてるかな?」
「元気なんじゃないか?むしろ関平さんが元気でないところなど想像ができないのだが」
「それもそうか」
隣にいた銀髪の副官と話しながら一刀は北斗をゆっくりと進ませる。
しかし北斗は走れないのが嫌そうにブルルルルとうなっているのを一刀が苦笑しながらあとで走りに行こうと約束していた。
今、騎馬隊を副官に任せて一刀は歩兵団を率いて行軍訓練のついでにある友人のもとを訪れる為に河東郡まで来ていた。
その友人の名は関平。
かつて一刀の私兵団の一部隊を率いて小規模の賊や反乱を鎮圧していた。
妹、とは言ってもかなり歳の離れた異母妹らしいのだが生まれたらしく嬉しそうに一刀に報告し、そして軍を去っていった男で今はこの河東郡の村で畑を耕して暮らしているらしい。
一刀は兵士を送って周りの村々を尋ねさせていたのだが、焦って戻ってきた兵士の報告に表情が一気に険しくなる。
五百を超える賊が一つの村を目指して移動していたのだ。
一刀は声を張り上げて全軍に檄を飛ばす。
「全軍、駆け足っ!!賊を殲滅して村を守るぞっ!!」
「「「「「「「「「「応っ!!」」」」」」」」」」
戻ってきた兵士たちに案内をさせながら軍勢は村に向かっていった。
「これまでか・・・・・」
燃える村の真ん中で、賊たちに囲まれた男は手に持った、途中から折れている棒を見て呟く。
その体は自分と賊の血で真っ赤に染まり、棒と手は血によって固まって引っ付いている程でその周りに転がった多数の賊の死体や血に塗れた鉄製の鍬の先が激戦を物語っているようだった。
もう手には武器が無くとも先ほどまで手に持った鍬で何十人の賊を打ち殺した男に賊たちは恐怖で動けずに遠目に男を囲んでいた。
「(愛紗は逃げられただろうか・・・・・・・・・・)」
母が急死して今回の襲撃に巻き込まれ父と養母が殺され、たった一人残っている妹を逃がすために自らが囮となって賊を引き付けてきた男は妹の無事を願って息を整えながらゆっくりと立ち上がる。
「青竜があればな・・・・・・・・」
一緒に戦場を駆け抜けた武器は軍を抜けたとき、その軍を率いていた友人に預けたままだった。
もしこの場にそれがあれば男は賊が千人いようとも遅れは取らないだろう、そう思えるぐらいの自負はあった。
ただし武器はすでに無く男は周りを囲んでいる賊たちに素手で立ち向かわなければならない。
「弓だっ!!弓で射殺せ!!」
賊を率いている男がそう叫び、呆然とした賊が動き始める。
武器を失った男には矢を防ぐすべもなく周りから降り注ぐ矢が次々と突き刺さる。
「今だっ!!化け物を殺せっ!!」
賊は矢が突き刺さりハリネズミのようになった男目掛けて殺到し手に持った剣が男の首に振り下ろされる。
多数の村人の血を吸った剣が首を切り落とす寸前、大きな一頭の馬がその賊を蹴り飛ばし、虫のように群がろうとしていた残りの賊も乗り手の剣が纏めて両断する。
「あの馬鹿がっ!!全軍突撃っ、大将を救い出せぇええええええええええええっ!!」
あとからついてきた兵士たちが勢いよく賊たちに襲い掛かり、突然のことに反撃もできなかった賊たちは一気に討ち取られていく。
一刀は馬を下り、がっくりと膝をついている男に駆け寄る。
「おいっ!!しっかりしろ!!」
「ああ、大将か・・・・・・」
男は苦しげに声を出して震える指で自分の家の方を指差すと口をゆっくりと動かす。
「俺の妹が逃げ遅れてまだ家にいるかもしれない・・・・・妹を頼む・・・・・」
「お前もだ!!その子を一人にする気か!!」
「俺はもう無理だ・・・・・。腹にどんどん血が溜まってるのがわかる・・・・・だから」
男の腹には深々と弓が突き刺さっており、たぶん抜いて治療しても間に合わないだろう。
一刀は悔しげに唇を噛みしめる。
「っ・・・・・。わかった、名前は?」
「関・・・・・羽・・・・・。黒髪の・・・・小さな女の子だ・・・・・・」
男は一刀に伝えるとゆっくりと目を閉じて地面に転がった。
「わかった。絶対に俺が見つけ出して保護するから」
眠ったように地面に転がる友人に誓うように呟いて立ち上がると兵士に命じて犠牲になった村人を埋葬させる。
皆、この惨状に暗い顔をする中で、関平の知り合いだった兵士たちは涙を流して関平と村人を埋葬する。
一刀は華雄に埋葬の指揮を頼むと数人の護衛と一緒に関平の指差した方に向かう。
一軒一軒見て回り、ある一軒に入った途端黒髪の女の子が包丁を振りかざして襲ってきた。
「大将!!」
「待て」
兵士たちが慌てるが一刀はそれを制して、女の子から包丁を一瞬の内に取り上げる。
「大丈夫だ、俺たちは賊じゃない。友人の関平に頼まれて迎えに来た」
「嘘だっ!!なら何故兄者が来ない!!それはお前らがっ!?」
賊だからだろう、と少女が怒鳴ろうとするが一刀がいきなり頭を下げたのに驚いて言葉に詰まる。
「なぜお前は頭を下げている?」
「俺が仁紗を救えなかった・・・・・」
「なっ、なんで兄者の真名を・・・・・・」
少女は驚きに目を見開き、一歩二歩と後ろに下がりながらふと血で汚れた一刀の服を見た。
血に染まったそれは真っ赤な染みが大きく付着していたが、ところどころ真っ白な生地が見える。
それに、少し前に誇らしげに語っていた兄の姿を思い出した。
『俺の友人はな、周りが血で汚れるって言っても聞かずに白い服を鎧の上に着てるんだ』
「あ・・・・・・」
『自分が殺した相手を、自分の罪を覚えておきたいからって言い張ってな』
「そんな・・・・・・」
『まあ俺たちはそんな馬鹿な奴だったから付いて行きたいと思ったんだがな』
『その人の名前はなんというのですか?』
『そいつの名はな』
「名は・・・・・・名はなんと言うのですか?」
「北郷一刀、字は無い。俺の出身地には字という習慣は無かったからな」
『北郷が姓で、名は一刀。字と真名は無い海を越えた向こうから来たんだってさ』
「そ、そんな・・・・・。では、では兄者は・・・・・・」
「戦死した。君を守るためにたった一人囮になって賊を引き付けてくれたおかげで殲滅できた。友人として、たった一人の家族を守りきった彼を誇りに思う」
その瞬間、気丈に振舞っていた少女は泣き崩れ、それを一刀はただただ目を伏せて立ち続けていた。