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戦乱の前触れ


「来ました。伝令です」

「ああ」

小高い丘の上で戦況を静観していた一刀のもとに丘の麓から馬に乗った兵士数人が駆けてきた。

その兵士は馬から転がり落ちる様にして一刀の前で膝を着くと息も絶え絶えに口を開く。

「高順将軍より伝令。予定通り後退を開始するとのことです」

「ありがとう。この者に水を」

「はっ」


「鋒矢準備」

伝令兵の報告を聞いた一刀は一言近くに待機していた全身を黒で統一された鎧を着た兵士に告げ、北斗に飛び乗った。

一刀を背に乗せた北斗は興奮からか一度鼻を鳴らし、ジッと一刀の指示を待っていると、間もなくその後ろに騎馬に跨った新兵が緊張した面もちで並んだ。

先ほどの黒い鎧を着た兵士が一刀の後ろに来て一刀に頷くと一刀はもう一度戦塵を眺める。

「頼むぞ北斗」

一刀は北斗の首を数度撫ぜると腰に佩いていた剣を勢いよく抜き放ち、後方にもしっかりと見える様に天に向かって掲げた。


「敵は鍛え抜かれた兵士ではなくただの賊に過ぎん。厳しい調練に耐え抜いた諸君ならばたやすい相手だ。奴らに正義の鉄槌を、奴らに奪われた民の怒りを思い知らせてやれっ!!」



「突撃っ!!」



剣を振り下ろすと同時に飛び出した北斗の後ろに追従する騎兵たちが丘を駆け下りながらだんだんと形を変え、上から見るとまるで一本の矢のように一刀を戦闘に並ぶ。

丘の中腹を過ぎたあたりで賊たちが気が付いて慌てだすが、もう遅い。



「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



一刀の咆哮の直後、グンと速度を上げて一匹の獣と化した騎馬隊が伸びきった賊軍の脇腹を食い破った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「引くな、押し返せ」

歩兵を率いている高順は大半を占める新兵たちを鼓舞しながら、他よりも大柄で声を張り上げている賊の一人を見据えていた。

本当ならこの程度の相手は高順ひとりでも容易いのだが、この戦いは新兵の実戦訓練であるために時折崩れそうになる戦線を時折前に出て繕いながら、歩兵隊を指揮していた。


しかし厳しい調練を乗り越えた彼らは徐々に崩れなくなっていき、今では完全に相手の勢いを押しとどめている。


「頃合いか。伝令を」

「はっ!!」

「作戦通りに後退を開始する。半里、戦線を維持したまま後退せよ。復唱」

「半里、戦線を維持したまま後退します」

「行けっ」

伝令役は馬に飛び乗ると他の将に任せている隊に向かって走り出した。


「では、一刀様に。予定通り後退を開始する、復唱せよ」

「予定通り後退を開始します」

「よし。頼んだぞ」

「はっ!!」

続いて離れていく伝令を見送り、高順は賊を人睨みすると自分の隊に命令を飛ばす。

「全軍そのままゆっくりと後退せよ。敵をわれらに引き付けるのだ」

兵たちは高順の命令通りに賊の攻撃を受け止めながらも徐々に後ろに下がり、賊の集団が縦に伸びていく。


「そろそろか」

高順がそう呟いたとき、丘の上から現れた騎馬隊が勢いよく賊の集団に突っ込んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「か、頭っ!!丘の上から騎馬隊が駆け下りてきやがったっ!!」

山を駆け下りてきた騎馬隊に気が付いた賊の一人がそう悲鳴を上げるが、後ろに下がっていく目の前の敵に釣られた賊の集団はすでに縦長く伸びており、いまさら側面を突いてきた騎馬隊に対処することは出来ない。


何人かが苦し紛れに矢を放つが、馬と乗り手を覆う鎧に弾かれてまったく足止めにもならない。


「なんだアイツ等は!?」

簡単に蹴散らされていく賊たちの姿に頭は慌てて逃げ始めるが、もうすでにすぐ傍まで騎馬隊が向かってきていた。

どうやら頭の存在に気が付いた少年が食い止めようとする側近たちの壁を突破して、頭に肉薄する。

頭も逃亡を諦め、腰に佩いていた大ぶりの片刃の剣を抜き放つと向かってくる少年目がけて跳躍して切りかかる。

あっけにとられたのか少年は防ぐような動作もせずに頭の剣が弧を描きながら無防備な少年の首に向かう。


「(捉えたっ!!)」


しかし頭の期待を裏切るように銀閃が縦に振り下ろされ、頭の右腕と共に剣がゆっくりと地面に落ちていく。

少年の返しの刃が跳ね上がった刹那の時間、馬上の少年の顔が鮮明に目に映った。



「あ・・・・・・・・」



何を言いたかったのだろうか、口を開いたまま地面に転がった首を後続の兵士が槍で突き刺すと高々と掲げた。


「敵将、北郷一刀が討ち取った!!」


少年が高らかに叫ぶのを聞いた賊が槍上の首を見上げ一人、二人と少しずつ逃げ出していく。

それにつられ周りの賊が逃げ出し始めると、戦の素人である賊たちでは戦線を維持することはできずに武器を捨てて背中を向けて逃げ出した。


「今だ、全軍追撃せよっ!!奪われた民の怒りを奴らに示せっ!!」


賊の前衛を引き付けるために下がっていた高順も戦場での気の高ぶりからか声を張り上げて兵士を鼓舞し、抜刀して逃げる賊の背中に切りかかる。

それに続くように兵士たちが槍を手にひたすら前に突き進む。

その猛追に地面が真っ赤に染まり、運よく山の中に逃げのびた賊も隠れていた本拠地に軍勢がなだれ込み、大人しく降伏するほかなかった。



「勝鬨を上げよっ!!」



「「「「「「「「「おおぉおおおおおおおおおおおおっ」」」」」」」」」」

着ている服や鎧を泥や血で汚しながらも元気よく叫ぶ兵士たちの気が高ぶって疲れを忘れている間に死体を掘った穴に埋めて埋葬するなどの作業を終えた後、一刀と高順は兵士たちに少量の酒を許すと先ほどよりも大きな歓声と共に一瞬にして酒瓶の前に長蛇の列ができた。


こうなることを予期して、先に自分の分の酒を瓶に注いでいた一刀は小さく土が盛られた一直線に伸びる戦死者たちの墓の前に座ると杯に酒を注いで一気に飲み干した。

酒があまり得意ではない一刀は度数は低いとはいえ、酒を注いで飲み干すことを繰り返しているうちに酔いが回ったらしく、若干ふらつく体に舌打ちして自分の幕舎に向かう。

あともう少しで寝床に転がれるという所で一刀は躓いてしまい、前のめりに倒れかける。

そこにちょうどやって来ていた高順が手を伸ばして一刀を受け止めた。


「ご無事ですか?」

「ああ。助かった高順」

がっしりとした丸太のような腕に支えられて寝台の前まで行くと、一刀は寝るのに邪魔な鎧だけを外し、木製の台に布を被せただけの雑な作りの寝台に勢いよく座り、その衝撃で台が大きく軋むがそれすらも気にしないほどに酔いが回っているらしい。

「また、悔やんでおられるのですか」

「・・・・・・・ああ。アイツ等だって最初から賊だった訳じゃない。生活が回らなくなって堕ちるしかなかった奴もいるだろうし、な」

「ええ。ここ数年は特にそう思います。そして民の不満の限界に近づいている、とも」

すこし躊躇しながらもそう言った高順の言葉にわずかに頷きながら水を差しだすと一刀はそれを口に含むようにして水を少しずつ飲んでいく。

ようやく落ち着いたのか一度器から口を離すと、小さく呟くように一刀が口を動かした。

「おそらくだが・・・・・・・」



「あと数年のうちに大きな反乱がおきる。それも全土を巻き込むほどの規模で」



その言葉は普段あまり感情を表に出さない高順でさえ驚きを隠せないほどであり、同時にそれがどういう意味かをすぐに理解した。

「それは」

「ああ。まだ秘匿されているが、すでにアイツの体の内に不治の病魔が住みついている。診察した五斗米道の医者が教えてくれたんだ、たぶん間違いない」

すべて飲んで空になった容器を高順に渡して寝転がると高順と逆の方を向く。


「ああ、あとこれは寝言だが。その時までに将や兵に準備をさせておいてくれ」

「・・・・・・よい夢を」

高順が幕舎から出て行ったのを気配で確認すると一刀は目をゆっくりと瞑り、意識を手放した。


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