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軌跡と行方  作者: ろく
3/8

大蔡紀3年 4月 午前2時

 もう帰れだって? まだ良いだろうがよ、俺ァまだ何杯も飲んじゃいねえよ。

 酔っちゃいねえさ。赤ら顔は元からだ。

 ……うるせえ女だな。細かいことばかり言いやがって。

 へいへい、酔ってやす。酔ってやすよ。俺ァ元々は色白の別嬪さんでござんすよ。ひひっ。

 ああもう、うるせえうるせえ。本気でそんな事思っちゃいねえさ。別嬪さんてのは、あんたみてえな奴にこそふさわしいよ。

 ……何だ、照れてやがんのか? こんな場末の酒場の女衆のくせしてよ。案外あんた、可愛い奴だな。ひひっ。

 ……いってぇ! 殴ることねえだろうが!

 ほれ、もう一杯頼むぜ。なみなみ注いでくれよな。

 ……うめえ酒だなあ。何だ、鉱貴酒っていうんだっけか? 俺ァこんなうまいもん、飲んだことなかったよ。

 それもこれも、大帝国サマサマだなあ。ひひっ。

 ……何だったんだろうなあ、俺たちのやったことは。

 いっちょまえに、お国を護りてえって俺ァ思ってたさ。俺だけじゃねえ。戦った奴ァみんな、そう思ってたろうさ。

 けど何だ。今のこの皇国……いや、もうそう呼んじゃいけねえか。……何なんだろうなあ、この、今のお国の、ご発展ぷりは。

 大帝国サマのおかげで、こんなうめえ酒も飲める。あんたもそうやって、髪をきれいに結い上げられる。その服も似合ってんぜ? 腿がちらちら見えるのがそそってくれるよ。ひひひっ。

 いってえなあ! だから、殴るなっての!

 ん?

 ああ、そうだよ。俺も戦に出てたよ。辺境で戦ってた。

 ちがう違う、俺ァそんな立派なもんじゃねえさ。俺ァただの傭兵だ。しかも途中で、脱走してきた腑抜けの傭兵だ。

 獣衆のお偉いがたは、みんな死んじまったさ。みんなみんなみーんな。……ひひっ。

 なっさけねえなあ。なーにが皇国精強最強の獣衆だ。あいつら、……ひひひっ。

 ……うるせえよ。ほっとけ。

 …………強かったなあ。みんな。すごかった。俺ァあの時ぁ二十そこそこの糞野郎だったが、憧れたよ。

 憧れていたよ。

 みんな、死んじまったがな。

 あ?

 違うさ。俺ァ憧れて傭兵になったんじゃない。金が欲しくてなあ。そうそう、酒を買うための金が欲しかった。金が欲しくて傭兵になって、怖くなって逃げ出した。

 ……何だよ、嘘じゃねえよ。

 酒は良いもんだぜ? きもちよーくしてくれる。酔ってりゃあ、怖いのも忘れちまう。消毒にも使えるしな。ひひっ。

 傭兵団のみんなもなあ、今頃どうしてんだか。きっと死んじまってんだろうなあ。俺ァここで酒飲んでるけどよ。ひひっ。

 あー、うめえうめえ。うめえ酒だ。うめえ酒だなあ。

 ……ああ、別に構いやしねえよ。何でも答えてやる。あんた、優しい女だな。

 逃げ出したのに深い理由なんざねえさ。ただ、朝焼けが綺麗だったんだ。

 そりゃもう綺麗でなあ。俺ァびっくりしたよ。

 丘の上から野原見下ろしてな。こう、ぜーんぶが見えるんだ。だだっぴろーく、な。

 いやあ、あの立ちションは気持ち良かった。

 ……何だよその目は。あんただって小便くらいするだろうがよ。

 お日さんが昇ってきて、俺ァ小便してて、空が眩しくなってな。薄もやがだんだん消えてって。

 ……綺麗だったよ。イチモツしまうの忘れてたくらいだ。

 そりゃもうほんとに綺麗でなあ。……綺麗で、俺ァ、……。

 烏がな、飛んでたな。たくさん。

 ギャアギャアやかましいんだ、あいつら。いくら払っても、すーぐ戻ってきやがる。捕まえて食ってやろうかと思ったけど、あいつらなかなかすばしっこいんだ。

 目玉とかなあ、腸とかなあ、柔らかいから。喰らいやすいんだろうさ。

 ガキがうろちょろしてんだ。どっかから小火が出てる。俺ァイチモツぶらぶらさせてる。朝焼けは馬鹿みてえに綺麗だ。ひひっ。

 ……小便してくるっつってな。出てきたんだよ。仲間置いてな。

 別に、逃げるつもりなんざなかったさ。ほんとに、小便しにいくだけのつもりだった。

 でもなあ、朝焼けが綺麗だったんだ。

 ……さあな。どうなったかは知らねえよ。壊滅したとは聞いたけどな。

 まあ、壊滅にもいろいろあらぁな。全員死んだのかもしれねえ。全員逃げたのかもしれねえ。俺みたいにな。ひひっ。

 ……どうなったんだろうなあ。俺の後は、多分宗吉が纏めてたんだろうなあ。

 ん?

 ああ、宗吉はなあ、真面目な奴でなあ、……あー、うるせえうるせえ。酔っちゃいねえっての。

 真面目な奴だからなあ。カッチカチだぜ。毛の生えたてのガキの頃によ、後家さんに遊びに来なさいって言われて、手土産心配するくらいの奴だ。手土産よかてめえの息子さんのご心配をして差し上げろよ、なあ?

 ひひひっ。ま、そういう意味じゃあ兄弟だよ。あこいら一帯、全員兄弟だったろうけどな。ひひひひっ。

 あー……。あの頃は、楽しかったなあ……。ああ、楽しかった。

 ほれ、もう一杯注いでくれよ。あーもー、うるせえうるせえ。俺ァ客だぞ。心配しなくても金ならあるぞ。ほれ酒だ酒。

 そうそう良い子だ。……何だよその目。あんたも飲むか? 

 ……ふん。ま、良いさ。後で欲しいっつっても飲ませてやんねえぞ。

 ふーん、そうかい。歌か。中々殊勝な心がけだな。ひひっ。

 なあ、何か歌ってくれよ。あ? 恥ずかしい? んじゃ小声で頼むよ。

 ほれ、三・二・一!

 お、あんた、なかなかうめえな。褥の中でも良い声してんのかい? ひひっ。

 ……いってえな!! すぐ手ぇあげんじゃねえよ!! 酔っ払いの戯言だろうがよ!!

 ったく……。

 ……羽姫様のお歌だな。俺ァ会ったことねえが、猫殿の話じゃあ綺麗な姫様だったらしいな。

 ……そうだな。ああ、そうだな。そう、信じたいな。

 お、この店も結構繁盛してんだな。……へいへい、詰めやす詰めやす。いちいちうるせえなあ……。

 んあ?

 おー、うめえ酒だぞー。お前さんも飲め飲、め……、

 …………ひひっ。

 何だ、お前……。そのでこっぱちの傷ァどうしたよ……。腕も、おい……。

 ……っるせえ、俺ァ小便のキレが悪いんだ。お前も知ってんだろうがよ。

 あ? うるせえうるせえ、……うるせえよ、馬鹿野郎……。

 ……ちょっと小便行ってくらあ。

 うるせえな、今度はちゃんと戻ってくるよ。心配すんなって。

 なあ、宗吉。



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