008 補いましょう
それから、数日が過ぎた。
陽明宮は相変わらず静かだった。
外界から切り離されたようなその空間では、時間の流れすら曖昧になる。
陽明宮――それは名ばかりの宮ではない。
本来は、王宮の最奥に築かれた”守り神のための殿”だった。
だが実際には、神を祀るというよりも、封じ、留めるための構造をしている。
廊はすべて回廊で繋がれ、外庭に直接出ることはできない。
どこへ行こうとも、必ず一度、内へ戻るように造られている。
それは、神のための神聖な環境だった。
そして同時に――神を、この場所から出さないための仕組みでもあった。
つまり、ここは、神のための檻だ。
陽明宮での生活は、長い奴隷生活を送ってきたクウにとって、まるで夢の中にいるかのようなものだった。
何もしなくても食事が運ばれてきて、綺麗な寝床で眠りにつくことができる。
朱雀の相手をしなくてはいけないこと以外は、こんなにも落ち着いた生活は生まれて初めてだった。
だが、そんな生活の中でも、確実に変わっていくものがあった。
クウの身体だ。
最初の一日は、ただ疲れるだけだった。
二日目には、立ちくらみが増えた。
三日目には、歩くたびに足元が揺れるようになった。
そして四日目ーー朝、目を覚ました瞬間から、身体が重かった。
起き上がるだけで息が上がり、指先に力が入らない。
それでもクウは何も言わなかった。
耐えることに慣れすぎていた。
***
「クウ」
朱雀はいまだに幼い姿のままだ。
もしかしたら、ずっとこの姿のままなのではないかとすら思ってしまう。
「朱雀様、どうしました?」
朱雀は眉を寄せた。
「へん」
「……何がですか?」
「クウ、へん」
言葉が単純な分、核心を突いてくる。
クウは無理に笑おうとした。
「私は大丈夫ですよ」
「うそ」
即座に返される。
朱雀はじっと見つめてくる。
その視線から、何も隠せない。
「……少し、疲れているだけですので」
ようやく絞り出した言葉だった。
朱雀はそれでも納得しない顔をした。
だが、それ以上追及する前に、身体がふらりと揺れた。
「……っ」
視界が歪み、次の瞬間、足の力が完全に抜けた。
倒れるーーそう思ったが、身体は床に触れなかった。
誰かに支えられている。
「……やはりか」
聞き覚えのある低い声。
意識がぼやける中でも、それが誰のものかはすぐに分かった。ーー月苑だ。
いつからいたのか、気配すら感じなかった。
クウの身体を片腕で支え、もう片方の手で顎を持ち上げる。
「無理をするなと言ったはずだ」
「……すみません」
クウは反射的に謝った。
「クウ!」
朱雀が駆け寄ってくる。
「……だいじょうぶ、です」
そう言おうとしたが、うまく言葉にならない。
呼吸が浅い。
胸の奥がまるで空っぽになったようだ。
月苑はそれを一瞥し、静かに結論を下した。
「きっと丹が尽きかけているのでしょう」
その言葉に、朱雀が顔を上げる。
「この者はもともと奴隷だったゆえ、体力も気力もないのです。
このままでは、いずれ起き上がることもできなくなります」
朱雀の表情が揺れた。
「……やだ。クウ死んじゃやだ」
「ならば方法は一つです」
「私が補いましょう」
「だめ!それダメ!」
朱雀が月苑の体を叩く。
「ですが、このままでは朱雀様の大切なクウが死んでしまいますよ?よろしいのですか?」
朱雀は今にも泣きそうな顔をしている。
目覚めの日に見た朱雀の姿は、もうどこにもないように思えた。
「……わかった……でも少しだけだ」
「はい。わかりました」
月苑はそれだけ言うと、そっとクウに口付けをした。
朱雀の時とは違う。
奪われるのではない。
何か温かなものが流れ込んでくる。
「……っ」
呼吸が整い、重かった身体が、少しずつ軽くなる。
空だった場所が、少しずつ満たされていく。
やがて、月苑が唇を離した。
「……どうだ」
「……楽に、なりました」
月苑は小さく頷いた。
その表情は変わらない。
その瞬間、朱雀がクウの手を強く引き、強く抱きしめた。
「クウは、俺の!」




