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夜明けの空に乞う  作者: 桔梗


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007 クウだけ

「ほかの者を下がらせろ」


月苑が言った。

神官が顔を上げる。


「ですが、殿下――」


「聞こえなかったのか?」


一言だった。

それだけで、部屋の空気が凍る。


侍女たちは青ざめたまま平伏し、神官もそれ以上は何も言わなかった。

やがて三人は足音を忍ばせて退出し、重い扉が閉じる。


陽明宮の奥には、クウと朱雀と月苑だけが残された。

朱雀は月苑を見上げた。


「なんで、クウにさわる」


幼い声音なのに、はっきりとした不機嫌さがあった。


「その者が倒れそうだったからです」


「クウは俺のだ」


月苑は一切表情を変えない。


「ええ、存じております。ですから、壊れてもらっては困るのです」


クウは少し落胆した。

やはり、自分はあくまで道具なのだ。


月苑らしい言い方だった。

朱雀はむっと唇を尖らせる。


「こわれない」


「いまにも倒れそうですが」


「……ちょっと吸っただけだ!」


言い返すように朱雀が言う。


その声には、言い訳じみた響きがあった。

まるで自分でも、さっき何をしたのか完全には分かっていない子どもみたいに。


月苑の目が細くなる。


「どこまで吸えば、どうなるのか。朱雀様はご存じなのですか?」


「しってる」


 即答だった。


「クウは、だいじょうぶ」


月苑はしばし沈黙し、それからゆっくりとクウへ視線を落とした。


「どうだ」


問われて、クウはすぐには答えられなかった。


身体は重い。

さっきまで自分の中にあったはずの何かが、少し持っていかれた感覚だけがある。


血を流した時の眩暈とも何か違う。

もっと芯にある何かを抜かれる感じだ。


「……立って、はいられます」


「苦しいか」


「……少し」


「どこが」


「……分かりません。ただ、力が入りません……」


言葉にすると、余計にその感覚がはっきりした。


「朱雀様」


今度は月苑が朱雀に向き直る。


「その者の丹でなければならぬのでしょうか?」


朱雀は一瞬、何を問われたのか分からないような顔をした。

やがて、当然だというように頷く。


「うん」


「他の者では?」


「いらない、ダメ」


「なぜでしょうか」


「クウしか好きじゃないから」


あまりにも率直な答えに、クウは思わず目を瞬いた。

月苑も一瞬だけ沈黙する。


「おまえ、うるさい。嫌い」


朱雀は、こちらを見る。


「クウは、しずか。好き」


それは褒め言葉ではないはずだ。

だが朱雀にとっては、たしかに何より大事な性質なのだろう。


「クウのなか、あったかいの、まっすぐくる」


そう言って、自分の胸元をとん、と叩く。


「ほかのは、汚い。嫌い」


「そうですか、わかりました」


月苑はその言葉を受け止めた。


***


「しばらくは様子を見ましょう」


月苑が言った。


「今日のところはもう丹を吸うのはおやめください」


「……やだ」


朱雀がすぐに不満そうな顔をした。


「もっとほしい」


「一日に何度も吸えば、この者は死んでしまいます」


月苑は平然と返す。

幼子の姿になった神へ向けているとは思えないほど、扱いが冷静だ。


朱雀は唇を尖らせたが、それ以上は言い返さなかった。

月苑はそんな朱雀をひと目見てから、クウへ向き直る。


「お前は休め」


「……はい」


クウは自分の身体を自分で支えながら、寝台の端へ腰を下ろした。


柔らかな寝具が沈む。


こんなものに座るのは、奴隷になって初めてだった。

にもかかわらず、その贅沢さに感動する余裕すらない。


ただ、疲れていた。


朱雀はすぐ隣へ寄ってくる。

肩が触れるほど近くに座り、じっとクウを見つめた。


「クウ」


「……はい」


「死ぬの?」


「……大丈夫ですよ。死にません」


そう答えると、朱雀はようやく少しだけ安心したように目を細めた。

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