ep8 スパイ物語は始まらない
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ドレイクさんが飄々と訪れ、私たちのいる談話室で、腰を落ち着ける成り、ミレイユのスパイ物語を一蹴した。
「それはねぇな、嬢ちゃん。」
「ええー。プロメシア王国のスパイと考えたら、シトロン男爵が豊かに為った理由や他国の外交官に会う理由が付きますのに。礼拝堂なら密談に持ってこいでしょ?マカダミア侯爵夫人がいらっしゃるのは、相手を信用させようと、あの美貌と侯爵夫人から後ろ盾があると見せつける為ですわ。」
「ならミレイユ。4~5人の下位貴族の御婦人方が、参加されている理由は?」
「そこまでは分りませんわ、リア。だってドレイクさんの報告には書いて居ませんでしたし。面白そうだと考えただけですのよ。」
「一応、シトロン男爵邸の噂を集めてみたぜ。あの旧礼拝堂で、占い好きが集まり趣味の占星術を行って居るらしい。あの場所は、神経を集中させるのに良いのだそうだ。」
「占いですか?」
「ああ、お茶会に参加しては、同好の士を集めているようだぜ。マカダミア侯爵夫人は。」
「まあ。あの方にそんな趣味が?リアは御存じだった?」
「いいえ、まさか。義母のジョアンナにそんな趣味があったとわ。」
「マカダミア侯爵夫人は見掛け通り、乙女チックな趣味だよな。クックック。」
「「ええー。」」
私たちの否定の叫びを聞いて、ドレイクさんはニヤニヤと口元を緩める。
ジョアンナが、そんなロマンを求めるタイプでないことを、私はつい断言したくなってしまう。
自制心、自制心。
此れは、儚げで可憐な美女のジョアンナへ対して湧きおこる、狭量な私の醜い嫉妬心かしら?
「まあ、そんなタマで無いのくらいは、オレにも分かる。そういやマカダミア侯爵夫人は、義理の母親だろう?お嬢ちゃんは、誘われないのか?占い。」
「無いですわね。誘われたとしてもお断りしますわ。私が、参加出来るような集いでは無いでしょうから。」
「ああ、家格の問題か。チッ。」
舌打ちの無礼さに遂、私は自然とドレイクさんを強く睨みつける。
当たり前のことを私は言っただけだわ。
「もうリアたら。ドレイクさんの言動には、一切目くじらを立てない約束ですわよ。」
そうだった。
ドレイクさんに会わせて貰う前、ミレイユと約束したのだった。
平民のドレイクさんが、礼を逸した言動を取っても、敢えて私が行いを正そうとはしないことを。
始めは、ドレイクさんからの報告書だけをミレイユから渡して貰う予定だったのだが、何でも屋と言う職種に興味が湧いて、無理を言って会わせて貰うことにしたのだ。
そしてドレイクさんの纏う雰囲気のお陰で、襲撃犯は傭兵崩れの破落戸ではないかと、私にも推論を立てられたのだが‥‥‥‥‥。
その事を思い出し、私は力無く両肩を下げた。
(庶民の方のと付き合い方は難しいわ。)
初回は観劇での報告。
次は、お茶会のメンツの報告。
そして、今日が突然の3回目になる顔を合わせての報告で、呼びつけられたミレイユの推理を一蹴している最中だったのに、‥‥‥‥‥何やってんだか私って。
「悪い悪い。ふざけ過ぎだった。しょぼくれないでくれよ、お嬢ちゃん。」
ドレイクさんは、ミレイユを嬢ちゃんと呼び、私をお嬢ちゃんと、器用に呼び分けている。
「嬢ちゃんの言うプロメシア王国のスパイの線は無しだ。敵国であるプロメア人の入国は長期で厳しく制限されている。特に東側の国境警備は厳しい。シトロン男爵領も流通の要の場所からかなり外れているから、連絡の取りようがないだろう。街外れのあの場所を借りたのが6年前位だ。元はミラボー伯爵家が得ていた区画の一部だった。」
「ええー、あのミラボー伯爵家ですか?」
「そうそう。」
うんざりした表情と声で、ミレイユはドレイクさんに問い直した。
歴代賢王を輩出するラダリア王国で、5代前のラダリア国王は、珍しく女好きだった。
本来、公妾は2人までと定められているのに、正妃に許可を得ず、愛人を幾人か囲い、その中の愛妾の1人が身籠り、その子供に爵位と領地、そして王都の一区画に土地を与えた。それがミラボー伯爵家の興りである。愛妾は後ろ盾を持たない流浪の踊り子だったとも伝えられている。
血と歴史を重んじる私たちラダリア王国の貴族からすれば、とんでもない話だった。しかし、女好きで愛妾に甘い国王だったが、賢き王であったのは確かで、アムス大河の運河計画に着手したのも彼である。
過去の王城は、かなり山寄りに聳え立ち、海への流通が不便な場所にあった。
今は、海へと繋がるその運河網のお陰で、貿易国としてラダリア王国は成り立っている。
賢き王の唯一の汚点としてミラボー伯爵家の名が残った。
いや他の国王でも落とし種が存在するのかも知れないが、あくまで秘されて養子に出されるか、始末されるかだ。
表舞台に堂々と出された稀な話。
比較的広く現在の王都の土地を与えられていたミラボー伯爵家は、王都都市整備計画を利用し、細かく分割して、50年単位で土地を貸し出しているそうだ。
浮き沈みの激しい貴族社会で、没落もせず豊かな伯爵家を保っていることに、母親である踊り子の手腕を私は密かに賞賛したくなった。
賛否はあれど。感覚的には『否』だけど、感情的には『賛』で、複雑だけど。
「なあ、お嬢ちゃん。この調査って、本当にマカダミア侯爵夫人の浮気調査なのか?」
「えっ!?」
不意に、真剣な口調でドレイクさんから問われて、私はポロリと令嬢の仮面が外れた。
ドレイクさんには、義母ジョアンナの浮気調査として、屋敷外での素行調査も兼ねて、追跡調査を依頼していたのだ。
「もしかしてお嬢ちゃんは、特定の誰かとマカダミア侯爵夫人が会うのを待って居るのかい?」
「えっ!!リア?」
「‥‥‥どうして、そう思われるのですか?ドレイクさん。」
「うーん。勘かな?」
「‥‥‥‥‥。」
「てのは、半分冗談。後は、追跡調査報告をした時、誰と会っていたかとは聞かずに、どんな雰囲気の男性と会っていたかを2回程、質問された。その時、アレ?って違和感を覚えたのさ。で、さっきも嬢ちゃんのスパイ物語に余り興味を示さなかっただろ?オレの前で口には出さないけど、義理の母娘を追い出したいように思える。普通、お嬢ちゃん位の年齢なら、嫌な人間の尻尾を見付けたら、僅かでも引っ張り出したいと考えるモノさ。でも嬢ちゃんが興に乗ったスパイ談義には、醒めてたしね。」
「そう言う訳では‥‥‥‥‥。」
(まあ、死へのカウントダウンを感じ始めているから、私に余裕がなくなっているのは事実だけど。)
「それで考えて見たら、初対面の時に、お嬢ちゃんはオレを見て、凄く驚いていたよね。それこそ息を飲む程に。」
「‥‥‥‥‥その節はドレイクさんに失礼な態度を‥‥‥‥‥。」
「いや別にいい。こんななりの男を見るのは初めてだろうし。だから、お嬢ちゃんが吃驚したのかと、勝手に考えちまった。違ったんだなあ、今更だけど。お嬢ちゃんは、オレに似た雰囲気の男が、マカダミア侯爵夫人と会うコトを知りたかったのだな?」
「うっ!」
す、鋭いわ。
図星過ぎてドレイクさんに、何て答えれば良いのか分からないわ。
下手な言い訳も思いつかない。
「あ、あの。あぅ、詳細な説明は、ご容赦願います。えと、ドレイクさんの仰る通りです。義母のジョアンナが、傭兵のような方と会ったら、知らせて頂きたいのです。漠然としていて申し訳ありません。」
「あははっ。了解だよ。」
「ええー!!シトロン男爵邸の旧礼拝堂の謎は?そっちの方の調査費はわたしが払うから、引き続き調べて下さる?ドレイクさまぁ。」
「うわっ、気持ち悪っ!嬢ちゃんが、媚びると項に鳥肌が。」
「どういう意味ですか、ドレイクさん。もう!!」
元気で可愛らしいミレイユの拗ねる声と、お道化てワザとらしく怖がるドレイクさんの声が、開いた窓から入る風に乗り、私の心に広がっていた暗雲を僅かに払って行った。
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