ep6 『何でも屋シャロイック』王都アムス支店店長ドレイクさん登場
※少し長いエピソード
ラダリア王国の婚姻事情
国教であるユリウス教では原則離婚を禁じている。
一夫一婦制。離婚は不可だが、王族のみロベリア教皇の許しを得て特例が認められる。
但し、妻側の不貞があった場合、夫側から教会へ離婚の申し立てが出来、教会側での裁判になる。
通称、婚姻裁判
その際に審問官が調査した内容を妻へ尋問する。妻側が「否」と言えない裁判となる。
夫側と教会の許可を得た者のみ傍聴可。
婚姻関係が3年過ぎても子供が産まれない場合、夫側の訴えで、審問なしで離婚出来る。
※
父と兄が、すこぶる愛らしい母娘に首ったけになって居る頃、私は、友人であるミレイユ・ポワロ伯爵令嬢が滞在する町屋敷へと訊ねていた。
アムス川にダムを造成し、放射状に運河が作られた。其処を中心にした広大な低地に王都アムスがある。その為、王宮は別にして水害を懸念し、再建しやすい煉瓦造りの建物が王都に立ち並ぶ。
運河沿いには舗装された街路や水面の反射を防ぐ柳やマロニエ、ポプラの街路樹が植えられている。
貴族でも小舟で水路を使った移動が多い。
貴族たちの本館は、各領地に在るので、王都アムスは春から夏までの社交シーズンに滞在する人が多いのだ。
ポワロ伯爵邸は、緑の溢れる白亜の王宮に程近い場所にある2階建ての瀟洒な貴族屋敷だ。
今日は以前に、ミレイユへ頼んでいたことの報告が上がったと連絡があったので、マカダミア侯爵邸から少し離れたポワロ伯爵邸まで侍女のロザリー達と足を運んだのだ。
川面から反射する光を防ぐ為に、長い庇が或る窓の近くに置かれた優美な籐の長椅子に座り、直角に置かれた籐のゆったりとしたソファーへ腰掛け、優雅にティーセットを持ち、クリーム色のふわリとしたデイドレスを着たミレイユの言葉を待つ。
「ドレイクさんからの報告だとあの女狐っ、コホン、失礼。ジョアンナ・マカダミア侯爵夫人は、街外れにあるシトロン男爵邸敷地内の旧礼拝堂に訪ねていらっしゃるそうよ。」
「旧礼拝堂?」
「ええ、かなり昔に西方ユリウス教会が手放した建物ですって。幾度かの教会再編で、荘園と共にラダリア王国へと譲り渡した場所に有るらしいの。運河が整う以前にね。」
「なぜ旧礼拝堂?シトロン男爵邸ではなく?同じ敷地内ですわよね?」
「そうなのよ。其処に公国やフローラル王国の外交官もいらしていたみたい。」
「益々分からないわ。外交なんて、義母には縁遠いでしょうに。父の仕事関係かしら?」
「さあ?フフ。リアは律儀ね。わたしと二人だし女狐と呼んで良くない?リアのお父様、マカダミア侯爵閣下と再婚なさるまで、金髪の娼婦とか、女狐って呼ばれていたのだから。流石にマカダミア侯爵夫人になった今は、露骨にそう公言なさる方は、いらっしゃらないけれど。」
「心の中では当然呼び捨てにしているわ。彼女のことは、お義母様とは呼びたくないし。私に飛び火しないなら教会の婚姻裁判に、かけたい位よ。」
「あらあら苛烈な。ふふっ。淑女の仮面を被り忘れているわよ、リア。」
「だってあの人って不潔なのですもの。。」
私は、ジョアンナへ摺り寄り傅く父と兄の姿を思い出して、ゾワリと怖気立つ両腕を掌で上下に擦る。
ミレイユには、ジョアンナやジャンヌに纏わりつく父や兄を「情けない姿。」と愚痴ってはいる。
今は未だ愚痴レベルだけど。
回帰前は、10歳のお茶会で我が家より、少し家格が下の侯爵令嬢たちに、絡まれていたミレイユを助けたのを切っかけに仲良くなったのだ。
柔らかなピンクブロンドの長い髪に、お日様を集めたような黄玉の瞳。少し垂れた目元が小動物のようだった。儚げなジャンヌとは、また違った可愛らしさを持つ美少女だった。
調度、王宮で催された王妃殿下主催のお茶会で、ヨハン殿下が突然、特別参加したのだった。(私はヨハン殿下と出会いたくなかったが。)
ヨハン殿下より、年齢が2~3歳上下する高位貴族の令息令嬢が、王妃殿下から招待されていた。
告知されて居なくても解る側近候補と婚約者候補の顔見世会であった。
前回の私は気が付かなかったが、この時、既に婚約者として私が内定していたのだと思う。
しかし、それは内密でのお話。
会場での熱気は凄いものがあった。
お茶会なのに、眼が血走った肉食系令嬢が集結していた。
其処で件の侯爵令嬢が、似たような色味とデザインのピンクのドレスを着たミレイユを見付け、「伯爵令嬢の癖に。」と因縁を付けたのだ。
淑女と言っても、感情のセーブが未だ甘い10歳前後のお子ちゃま同士。
色々あるよね。
しかもミレイユは一見気が弱そうな垂れ眼の美少女。
釣り眼気味で無表情な私と違い絡まれやすいのよね。それは16歳になっても今だに絡まれている。
一瞬ミレイユが泣きそうに見えたので「王妃様主催のお茶会で、はしたない声を出さない方がよろしくてよ。」と、侯爵令嬢とお仲間たちの間に私が割って入ったのだ。
それが、今回も起きて、同じく助けに入りました。ハイ。
今回ミレイユに「あの時泣きそうだったよね?」って訊くと、「クシャミが出そうで我慢したただけ」と(何言ってるの?)って顔で、キョトンとして答えられた。
確かに好奇心旺盛なミレイユなら、アレくらいでは泣かないなと気付く。見かけによらず、意外と気が強い。可愛らしい栗鼠が意外に狂暴なのと同じ?爪と前歯は凶悪。
ポワロ伯爵家は、東のプロメシア王国との国境付近にある伯爵家で、それなりに家格が高い。
辺境伯と呼ばれる程は武力がないけども、備蓄や運河の運航の要も担って居る。
そろそろ王家から王女様が降嫁して、叙勲されて侯爵家になるのでは?と噂されている。
ヨハン殿下の姉で、私より一歳年下。
そしてポワロ伯爵家の末娘がミレイユである。
そのミレイユに紹介されたのが、何でも屋のドレイクさん。
年齢不詳は本人の談だが、一瞬見た時は息を飲んだ。だって纏う空気が襲撃犯と良く似ていたから。
思わず「何でも屋って殺人依頼も受けるのですか?」って聞いて(しまった)と失敗に気付き、慌てて私は両手で口を押えてしまった。
「酷いなあ、お嬢さん。グレーなことを引き受けることもあるけど、明らかにブラックなことは遣らないよ。」
日に焼けた顔をクシャリと崩して、ニッカリ白い歯を見せ、カラカラとドレイクさんは陽気に笑った。
私の身近には居ないタイプの年齢不詳の30代過ぎの男性。
決して紳士には見えない栗色の短髪ヘアーで、ラダリア王国では珍しい奥二重のきりりとした目元に、アンバーな瞳。そして笑顔を浮かべたドレイクさんは、目尻に深い横皴が刻まれ、人が良さそうに見えた。
会話の合間に、時折り見せる真顔が、襲撃犯と同様な雰囲気を纏い、ヒヤリとした恐怖を本能的に感じる。
《何でも屋のシャロイック》本店がポワロ伯爵領に在り、ドレイクさんが店長を勤めて居るのが、シャロイックの王都アムス支店なのだとか。
仕事は《早い!高い!巧い!》の3拍子。高いのは技術料で応相談。 迷い猫から人探し迄、何でもござれらしい。
私が「義母のジョアンナが、外で浮気しているのかを知りたいわ。」と呟いたら、ミレイユが伝令を出して、何でも屋のドレイクさんを呼んでくれた。
但し、ドレイクさんは平民だから無礼でも責めないことをミレイユから固く約束させられた。
「何でそんな人とミレイユは知り合いなの?」
「まあー、国境の領地付近だと色々あるのよ。ヤバネタなんかがゴロゴロと。」
‥‥‥‥‥らしい。
「侯爵令嬢の箱入り娘には、判らないことが多いのよ。」
「いや、ミレイユだって伯爵令嬢で箱入り娘しょうが!」
思わず私が、そう突っ込むと唇の端をクイっと引き上げ、悪い顔をしてミレイユは「ニッシシシ。」と笑って誤魔化した。
そんなドレイクさんに依頼した義母ジョアンナの追跡調査。
父が町屋敷に居ない昼餐の後から馬車で約40分かけてシトロン男爵邸の旧礼拝堂に行き、3~4時間滞在してから帰宅する。 しかも、調査を始めて約3ケ月。一ヶ月の間に2回の割合。
昼間は、下位貴族の御婦人方とのお茶会や観劇、ボート、競馬の観戦など有閑マダム生活をエンジョイしているご様子。
夜は、父か兄と私室で歓談??
義妹のジャンヌは、前回と同じで私に突撃して絡んで来るけど、今、昼日中は、王宮でヨハン殿下と側近候補たちと親交を深めている真っ最中。夕暮れには帰宅しているようだ。一層、王宮敷地内にある使用人宿舎にでも引っ越して欲しいくらいだ。
私は、自らの死を防ぐ為、ヨハン殿下との婚約破棄を阻止!!する気は、毛頭ない。
婚約破棄阻止の努力と、女狐母娘との関係構築改善の努力だけは、したくない。寧ろ、正々堂々と真っ向から敵対したい。
そして父や兄に媚びる気も全くない。
どうぞ私抜きで、仲良くなさって下さいませ。
上手い死の回避策が見付からなかった場合、今回は祖父を頼って「婚約者チェンジ!」と、ヨハン殿下に言われる前に、祖父の居る領地へ避難しようと思っている。そして祖父に頼んで小隊分くらいの護衛を確りと付けて。前回を思い出して領地へ向かう表街道は、未だ未だ恐ろしいのだ。
私は、本能でビビるドレイクさんの真顔について何気なさを装い遂、尋ねてしまう。
「真顔のドレイクさんて怖いのだけど、そんな空気を出す知り合いが、他にもいらっしゃるの?」
「うん?オレに似た雰囲気か?よくわからんがオレに似た雰囲気ねぇー。オレの前職は傭兵だぜ?」
「傭兵?」
「そそ、戦争で徴募されてアッチコッチに回され、其の侭、田舎に戻らずに傭兵組合に入るんだ。田舎に戻っても親兄弟に邪魔にされちまうしな。大きな駅舎がある町には傭兵組合があるよ。其処で仕事を請け負う。荷駄や馬車の護衛とかね。中には傭兵くずれの破落戸になっちまって、人数が集まって追い剥ぎや盗賊団とか危ない集団になってる奴もいる。追い剥ぎと護衛する傭兵が同じ人間だった、てのは良く或る話だぜ。」
(そっかそっか私を襲ったのって傭兵と言う職種の男たちだったのか。騎士や従士とは違うのね。3人の護衛騎士を倒すのだから、戦闘のプロになるのかしら?)
こうして新たな世界の1ページ目を知りながら、私は義母や義妹が何処でそんな連中と知り合ったのかと思案する。ミレイユは家の関係でドレイクさんと知り合ったみたいだし。考え疲れて、首を思い切り斜め45度に捻って、反対に頭を傾げてみる。
グリグリと首の体操をしても頭の血のめぐりが変わらないことに、私は軽い衝撃を受ける。
(ハァー、何も想い付かないなんて。)
だが、それはそれとして──────
屋敷内で擦れ違っと時のねっとりと絡み着いて来る義母ジョアンナの視線の敵意が不可解だ。
(アレが好意でないことだけは、断言出来る。しかし何故に敵意?)
母娘を拒絶した前回なら分るが、今回は作り笑顔であるが、歓迎の意は表せたはず。
そもそもジョアンナは、直接私に関わって来ないし、私も関わって居ない。
敢えて辱めて殺される程、前回、彼女から恨みを買った覚えは無い。
何方かと言えば母の部屋や遺品を奪ったジョアンナに私が恨みを持っても良いハズよね?
義母のジョアンナの行動原理が理解出来ずに、私は小さく溜息を吐いた。
「でもリア。シトロン男爵って王都に屋敷を借りられるほど資産がある家だと思わなかったわ。」
「?」
私の脳内迷走に気付かずに、ミレイユは訥々とシトロン男爵について語りながら、アマリリスを描いたティーカップを持ち、艶やかな薔薇色の唇へと優雅に運んだ。
※ ※ ※
ep6※登場人物
ミレイユ・ポワロ伯爵令嬢。末娘で16歳。ピンクブロンドに黄玉の瞳。オレリア・マカダミア侯爵令嬢《一応ヒロイン》の友人。
ドレイクさん・30代半ば。栗色短髪奥二重のアンバーアイ、何でも屋シャロイック勤務王都支店店長
シトロン男爵邸の旧礼拝堂?




