ep3 父ベオルフ最愛との邂逅
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※《ベオルフ・フォン・マカダミア》
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忌々しかったフローラルの女狐が馬車の事故で死んだ。
その清々しい報告に私の心は浮き立った。
私は偶にパーティーで会う伯爵令嬢へ密かな思いを寄せて居た。彼女は、儚げな佇まいで碧の瞳が愛らしいヒトだった。
婚姻しても中流の伯爵令嬢で我が家に得るものは何もなかったが、マイナスになる事も無い。当主だった父は政治的野心もないことから、私は意を決して、彼女にプロポーズしようとした。そんな折り、陛下と父に呼ばれて、王宮に参内すると、フローラル王国のクロノア公爵家の令嬢と私との婚姻の打診があった。
打診と言うが、ほぼ決定事項であり、王命のようなものだった。
マカダミア侯爵家の次期当主として、それを拒絶することなど出来ようはずもない。
父ウィレムが、この婚姻に付いての意図を説明していたが、心の中は秘した彼女への想いと後悔で千々に乱れ、私は感情に蓋をするのが精一杯だった。
(騎士学校を卒業して直ぐ、彼女にプロポーズして居れば。)
どうにもならない後悔を抱えて、私はクロノア公爵家の公女モルガーナと1年の婚約期間を置き、王宮の聖堂で厳かな式を挙げ結婚した。
酷薄そうな顔付をしたモルガーナは、大国フローラル王国を笠に着て、私を冷たく見下していた。
上品ぶった所作に高飛車な物言い。
共に暮らすように成って、私は益々、モルガーナに嫌悪感を持った。
唯一、彼女と結婚して良かったと思えることは、侯爵家の嫡男とは言え目立つ存在でなかった私が、王宮で立派な名誉ある官職を得られた事だろう。
父ウィレムは、社交シーズン以外を領地で静かに過ごすことを望んでいたが、モルガーナとの婚姻が決まってから、国王陛下より商務省長官の補佐を任じられ、婚姻して長男であるクラウスが生まれてからは、21歳で商務省の副長官に任じられた。役得が多い割に実務は下位貴族の部下に任せられる名誉職だった。
父が侯爵位を引退するまでは、王都や諸外国で自由に好みの愛人を囲う生活を楽しもうと、妻のモルガーナとの接触はパートナー同伴の式典のみで必要最小限にした。それが私の初恋を葬ったモルガーナへの見せしめだった。
笑顔を見せる訳でもなく、放置されても哀しむ素振りも見せず、冷ややかな水色の瞳で私を見上げるモルガーナが、太々しく思えて忌々しかった。
「凛として気高い奥方だ。」とモルガーナに社交辞令を囁く奴も多かったが、私からすれば、とげとげしく気取っただけの不愛想な妻でしか無かった。
そして銀でも金でもないくすんだフローラル人の髪色は、ラダリア王国の社交界では浮いていた。
嫡男のクラウスは、私と良く似た目鼻立ちで、マカダミア家で良くある銀髪と私の瞳と同じ翠眼だった為、親子としての情愛が湧いた。 しかしクラウスより4年後に生れた娘のオレリアは、妻モルガーナと髪色も瞳も顔立ちもそっくりで、我が子だと言うのに嫌悪感を抱いた。オレリアは、モルガーナと同じで混りっ気のある白金の髪と酷薄な水色の双眸。モルガーナの雛形は、私が気に掛ける存在で無いと、彼女が生れて怱々に気付けた。
当主だった父が、モルガーナへ対する私の態度に苦言を幾度も呈したが、「命令通りの結婚はしました。妻に対して最低限の礼儀は弁えているつもりです。それ以上を臨むのであれば、弟に継承権を移して頂いて結構!」と父の発言を封じた。
父が手続きの難しい継承権移譲を実行する筈がないこと。
そして他国から嫁いできた王家の血を引くモルガーナが居る限り、国王陛下やフローラル王国の威信を傷つける行いを取らないと理解した上での言葉だった。
妻に情を抱かない事ぐらいで、嫡男である私をマカダミア侯爵家から追放など出来ないだろう。 次の後継者も確りと生れている。家門に連なる者たちから、スペアの子作りを要望され、渋々、酒に酔ってモルガーナと交わり、オレリアを作ったが、眼も口も開かぬ無反応なモルガーナを二度と抱く気が起きなかった。
マカダミア領地や13歳から18歳まで通っていた厳しい騎士学校での生活とは違い、王都アムスや仕事で出掛ける諸外国の社交界は自由で楽しかった。
ずっと国境や海での戦いが単発的に続いているラダリア王国では、13歳から18歳までの貴族子息は、騎士学校に通い、馬術、剣、槍、弓、船舶の操術、魔法を学ばなければならない。南の大国フローラル王国では、13歳から16歳まで学ぶ男女共学の貴族学院があるそうだ。モルガーナに付いて来たフローラル王国の2人の護衛騎士は、我が家に居る騎士よりも弱そうだったのが、私の自尊心を擽った。
我が国と制度が近いのは、長年敵国として戦っている東のプロメシア王国なのは、仕方が無い事なのだろう。
所用で町屋敷に戻ると不愉快に成るので、普段は王宮に用意されている部屋か、王都にある別邸で寛いでいる。決まった愛妾を囲う訳でもない私は褒められても良いと思うのだ。そもそも妻に初めから情愛を持たない私が、有閑を持て余す人妻と女遊びをしても浮気とはならないだろう。これでも貴族として弁えている心算だ。
だが、娘のオレリアが第三王子のヨハン殿下と婚約することになった。
私の父は、側近と遊んでばかりいる8歳のヨハン殿下に懸念を示し、オレリアの将来を心配する姿が、妙に腹立たしかった。
私とモルガーナとの婚姻が決まった時は、私に何一つ気遣いをせずに「どうか?」と声すら掛けなかったと言うのに。父は、当主命令で「婚姻せよ。」と素っ気なく命じただけであったのに。そんな焼け付くような思いが過去の秘した恋情の傷を刺激し、苛立った。そこで私は、腹立ちまぎれに「陛下の御心の侭に。」と、ヨハン殿下とオレリアの婚姻を受け入れた。
オレリアが11歳、ヨハン殿下が9歳で、2人は婚約の儀を執り行った。
それから肩の力を落とした父ウィレムは、当主の座を私へと譲り、領地にある保養地の別荘へと移り住んだ。
口煩い父も領地へと引っ込み、此の侭、私は可もなく不可もない人生を送って行くのだと思って居たら、何と!目障りな妻が馬車の事故に巻き込まれ、死したのだ。神は居たのだ。憂鬱で重苦しいモルガーナを私の人生から取り除いて呉れたのだ。
そして、清々しい気持ちで近しい者たちが催す夜会へと参加した日、私は運命的に最愛と出会ったのだ。
噂では知っていたジョアンナ・ラウル伯爵未亡人。
その純粋で華麗な美しさに私の全神経が奪われた。
豊かで滑らかな金髪。
私の初恋の令嬢よりも煌めき輝いている碧の瞳。
小さく形の良い唇から発せられる声は、甘い調べで私を惹きつけた。
全身が熱く燃え上がるのを感じ、私はジョアンナに傅いた。
華奢な躰に似合わぬ豊かな胸は、私に押えられない官能の焔を灯し、一刻も早く自分だけのものにしたいと言う激情に飲まれていった。
「ラウル伯爵未亡人と呼ばれても、ワタクシは唯の商人の娘。ラウル伯爵家を追い出され、お友達の優しさで生き延びているだけの平民ですわ。ベオルフ様と身分が違います。どうぞ諦めて下さいませ。」
大きな碧の瞳に涙を滲ませ、小さく細い両肩を震わせるジョアンナ。
その頼りなげな姿に胸を打たれて、思わず抱き寄せれば、豊満な双丘が私の身体を柔らかく押し、激しい私の情欲を掻き立てられる。
思わず、唇を寄せようとするとジョアンナは夜会用のレースの手袋を着けた小さな手で、口元を隠し、「無体は勘弁なさって下さいませ。」と、よよと扇で顔を伏せ、美しく滑らかな金髪で私の顔を愛撫する。甘く魅惑的なジョアンナの香りが私の脳を蕩けさせる。
絶対に、ジョアンナを他の男に奪わせるものか。
焦燥感に苛まれながら、パーティーでは彼女をエスコートし、彼女を伯爵家の養女へと書類上、貴族令嬢とし、1年以上の時間をかけ、やっとジョアンナを私の妻にした。
鬱陶しいモルガーナの呪縛が解け、今日この日、やっと最愛の妻ジョアンナをマカダミア侯爵家に迎え入れることが出来た。教会で立会人と私とジョアンナ、そして司祭だけの簡素な婚姻式だったが、愛し合う2人には華美な式典は不要だ。この婚姻に反対し、親族を立ち会わせない父ウィレムの妨害など気にする事はない。現当主は私なのだから。
さあ、私の愛の人生の始まりだ。
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