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ep16 入場





 前日、私は、ジジの招きでホウエン公爵家の町屋敷に行き、星渡り祭当日、ホウエン公爵家所有の渡船へ叔父と共に乗せられ、其の侭、王宮へと登城した。


 アムス河を東から北西へと分流させた9世運河から、水面を飛び立つ白鳥に見立てて建立させた優美な白亜の王宮。


 王宮に登城するには、3カ所ある跳ね橋から運河を渡るか、船を利用するしかない。しかし私たちは祭で混み合う跳ね橋を避け、ジジの強い勧めで、2大公爵家のみが運行を許されている渡り船で、直接に王宮へ向かうことにした。


 流石は、ジジ、ホウエン公爵家のお坊ちゃまです。




 先日、叔父さまとジジにヨハン殿下との婚約を解消したいと言う私の想いを打ち明けた。そして混み合う星渡り祭当日を避け、前日からホウエン公爵邸へと叔父と共にお邪魔した。








 ドレイクさんに動いて貰っているから、本当はもう少し表面上、大人しくしているつもりだったのだけど。 出来るなら義母のジョアンナと襲撃犯たちとの繋がりを示す証拠のような物を得て、ドレイクさんから証言と一緒に祖父へ渡して貰えれば、父たちを遣り込めて、少しは回帰前の仕返しになるかもと考えた。


 マカダミア騎士団の本体を率いて居るのは、今でも実質祖父のウィレムだしね。


 当主に逆らうのかと父や兄たちと揉めるだろうけども、今更ね。


 私が殺された後の酷い噂を放置しま侭だった父たちに私が気遣う必要などないでしょう?




 そんな私の気持ちを察したように、ジジは私と叔父様に、星渡り祭の前日からホウエン公爵家の町屋敷に来ればいいと誘ってくれた。


 「当日、ヨハン殿下はジャンヌを迎えに来るかも知れないのだろ?そんなフザケタ婚約者の態度を大人しく見送る必要なんてない。」


 きっぱりとジジは、そう断言して呉れた。


 叔父様は、回帰した私たちのことを知らないから、未だ起きていない星渡り祭のヨハン殿下や家族たちの行動を断定して、本気で怒るジジに戸惑っていたけれど。




 「それでリアは、ヨハン殿下がジャンヌをエスコートした後、どう婚約を解消するつもりなの?直接、ヨハン殿下に告げる?僕が主催者の王太子殿下に頼んで話して貰う時間を取って貰おうか?」



 涼やかな青い目を真っ直ぐに私へと向けて、ジジは気遣うような優しい声音で問い掛けてきた。



 王家と公爵家は親しい間柄で、王太子殿下から実の弟のように、ジジは可愛がられていたそうだ。流石は二大公爵家の一翼であるホウエン公爵家ね。


 でも今の段階でヨハン殿下は、私と二人で話し合いの時間など持ってくれない気がする。


 そもそもの話、私がデビュタントを迎えて以降、ヨハン殿下の傍にはいつも3人の側近が付いていたし、30分位の短い顔合わせの席でも彼らと雑談していて、私は居ないモノとして扱われていた。歴史が浅く野蛮なフローリアン(フローラル人)だと、母の血を引く私は、ヨハン殿下たちから侮られていたもの。王妃殿下から幾度か注意されていた様だけど、ヨハン殿下たちの言動が正されることはなかった。



 「パーティーが終わってから、王妃殿下に話そうと考えているの。今は噂だけだけど、その頃には、流石にヨハン殿下とジャンヌの仲を確実視されていると思うの。きっと星渡り祭では、ダンスを2人で踊る筈だから。」



 私は、ヨハン殿下の側近たちが、王太子殿下夫妻を足止めし、煌びやかなホールで楽し気に2曲連続で踊った回帰前の二人の姿を思い出していた。



 嫉妬心はなかったが、人々の好奇や憐れみ、侮りを込めた視線に晒されて、耐えがたい苦痛を抑え、壁の花に徹していた。走り去りたい衝動を抑える時間の長かったこと。と、まあヨハン殿下とは、碌な記憶が無いのですが。


 そんな訳で私は、王妃殿下への謁見を願い出るつもりであること話すと、ジジは「任せて」と、笑顔で答えてくれた。


 叔父様は、私の行動が不敬だと咎められ無いかと色々と心配なさっていたけど、ジジの強気の説得で、不承不承頷き、父への愚痴を呟きながら、了承して貰えた。





 町屋敷に滞在中、義母ジョアンナに対する父と兄の腑抜けっぷりに叔父が明けれ果てたり、

 ホウエン公爵邸での歓待ぶりに叔父と私が焦って、右往左往したりするのは、また別の話に為る。






 さんざめく煌びやかな黄水晶の間で催されている王宮のパーティー会場には、既に華やかなドレスや礼装を纏った貴族たちが集っていた。案内係に連れられ、私は叔父と共にホウエン公爵家の人々と会場入りし、珍しい組み合わせに、周囲を驚かせてしまったようだ。両陛下が参加されないラフなパーティーのせいか、入場順位があるだけで席次を指定されない為、自由な空気が満ち、給仕たちはあちこちに出来たグループへとシャンパンやワインを運んでいた。




 昨年の星渡り祭は、私が早い時間から王宮入りして、ヨハン殿下たちが出入りする王族専用の奥の扉の前でずっと待たされ、渋い顔をされているヨハン殿下に厭々エスコートされ、遅れて会場入りしたわね。


 回帰前の此の年は、ヨハン殿下にエスコートされたジャンヌの後ろから、父と義母ジョアンナ、そして兄、その後ろを私が付いて行き、王宮騎士や案内係たちに唖然とされながら、会場入りをして皆を驚かせたわ。非常識なヨハン殿下や父たちが腹立たしくて、そして顰められていない人々の嘲笑で、私は羞恥心を押さえつけるのが、精一杯で、その後の2人の言動の記憶が余り残っていない。


 思い返せば、あの日から夜会や舞踏会に行くヨハン殿下のパートナーはジャンヌになったのよね。

 

 それ以降の正式なパーティーは、父から参加を禁じられてしまったし。もしかしたら星渡り祭辺りから、私を排除する計画が始まったのかしら。






 (あら、ホウエン公爵ご夫妻よ。)

 (あの方たちが星渡り祭のパーティーに参加なさるなんてお珍しい。)

 (小公爵夫妻の隣にいらっしゃるのは、弟君のジスラン・ホウエン様でなくて?)

 (まあ、一緒にいらっしゃるのは、オレリア・マカダミア侯爵令嬢ですわよね?どうして?)

 (オレリア様が?何故ホウエン公爵様たちといらっしゃるのかしら?ヨハン殿下とは?)

 (やっぱりあの噂って本当でしたのね。)

 (噂って何ですの?) 



 ヒソヒソではなくザワザワとした声に混り、良く通る声で淑女達の会話が、彼方此方から聴こえて来る。



 「リア、大丈夫?」

 「ええ、平気よ、ジジ。ジジのお陰でスムーズに宮殿の敷地内に船で入れたから、疲れずに済んだわ。ありがとう。城内に船で入るなんて初めての経験も出来たしね。」

 「ふふ、リアに喜んで貰えて嬉しいよ。」



 白金の髪に合わせたような青みを帯びた白灰色の光沢がある礼装は、彼に良く似合っていた。


 涼やかで凛々しい目元に合わせた深く青いブルーサファイアのカフスや飾ボタンが、上品にジジを飾っていた。


 私は、母の着ていた淡い藤色のドレスを仕立て直したモノを着ていた。


 噂にはなるだろうけど、なるべくジジとペアに見られないように気を付けたつもり。

 ジジと私がペアに見えないように気を使った叔父様が、私の瞳の色に合わせた薄い水色のジレを着て、隣に立ってくれていた。



 


 着替えた後に、「いつかリアにブルーサファイアをプレゼントしたい」と照れながらジジに言われて、胸が撥ねたのを思い出し、私は火照って来た頬を白いレースの手袋を嵌めた右手で押えた。




 そんな中、入口の方でどよめきが起こった。




 「第三王子殿下」「ヨハン殿下」「養子の・・・」


 波が広がるように、そんな言葉が聴こえて来た。



 声の震えを慌てて抑え、第三王子ヨハン殿下とマカダミア侯爵家の入場のアナウンスが告げられた。



 比較的若年層が多い、建国祭の前夜祭的な星渡り祭が、こうして始まった。






 針の筵のような会場内の視線から守って下さるようにホウエン公爵家の皆様が私を囲んで下さった。


 本来なら最近始まった格式の低い星渡り祭などには、参加為されないホウエン公爵家の皆様に申し訳ない気持ちになる。



 「息子のジスランの・・・「弟のジスランの」初めてのお願いだから。」と、ホウエン公爵ご夫妻さまと次期公爵ご夫妻さまたちが嬉しそうに声を揃えて仰る様子に、すっかり甘えてしまった状況だ。



 偶に宮廷で挨拶をさせて頂いていた時とは違い、柔らかな表情で話して下さるホウエン公爵に、私は驚きを隠せなかった。


 ホウエン公爵たちが、ある程度の事情を察していて下さったのにも驚いてしまったけれど。





 ホール中央の人混みがサッと割れて、悠々と進むヨハン殿下とジャンヌ。



 豪奢なシャンデリアの眩い光に照らし出された仲睦まじい二人は、まるで物語のヒロイン・ヒーローのようでもあった。




※  ※  ※







──────国王ラダリア13世の執務室



 「陛下、ヨハン殿下がご懸念通り、マカダミア侯爵家の養女ジャンヌをエスコートされ、入場されたようです。」


 国王13世は、その報告を3歳上の筆頭秘書官から聞かされ、酸っぱい物でも口に放り込まれた様な顔をした。


 王宮内に潜ませている影からの報告で、今日の星渡り祭のパーティーに婚約者のオレリアでなく義妹のジャンヌをエスコートする予定だと知っていたが、それでも「もしかして」と第三王子のヨハンに父親として期待する部分があった。


 しかし現実は虚しく「そんな愚かな真似はすまい。」と筆頭秘書官に否定した言葉を砕き、父である13世の期待は崩れ、ヨハンは愚か者の行動を取った。


 「はぁ。オレリアの実父であるベオルフは、何故養子のジャンヌを止めぬ。マカダミア侯爵家とすればオレリアを守る事こそ、家の為に成ると言うのに。」


 「デミル公爵家とホウエン公爵家の双方からん報告では、後妻であるジョアンナ夫人の言いなりだそうで。下世話な言い方ですとマカダミア侯爵は、ジョアンナ夫人を溺愛なさっているようですな。陛下。」


 「余には全く意味が分からぬ。貴族が家の名誉より大切なモノがあるとはな。」

 「ハハ。元より昼行燈と評されてきたベオルフ侯爵閣下故、私共とは考え方が違うのでしょう。」

 「まあ、運良く老マカダミア前侯爵も未だ健在。彼と話しをしよう。遣いを出せ。」

 「はっ。ヨハン殿下は?」

 「暫くは王子宮で軟禁だ。役立たずの3人の側近は家に戻せ。そして王妃にも報告を。」

 「畏まりました。」



 ヨハンは、34歳で生れた3人目の息子だからと、甘やかし自由にさせ過ぎたと今更ながらに反省する国王だった。


 ふとフローラル王国から訪れた外務卿が、今年の年賀の挨拶で、「ヨハンの婚約者に王女が居ります故、何かの際にはお声がけを」と笑っ目を三日月に細めた顔が、13世の脳裏を過った。


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