殺虫剤二刀流の由候 床ベタベタなるくらい撒き候故 蚊マジでテメェこの野郎
激戦だった。質に勝り指揮に勝る官軍と数に勝り士気に勝る賊軍。その戦いは二刻を越える。
昼頃に拠点の確保から会敵を経て開戦と共に怒涛の勢いで迫る黄色い津波。それは官軍の中で常勝と言って良い皇甫嵩の軍勢を以てして受け止められる物では無い。だがその勢いの為に先鋒を務めた黄巾軍の精兵は広宗から見て最奥の位置に固定されていた。
官軍は好機だが攻め手が無い。皇甫嵩こそ後方に構え指示を出し情報を伝えているが直下の兵も交戦している。故に後退の開始を決断を下す。
「ム……?」
その筈だった。遠くに狼煙。いやさ黒煙。
皇甫嵩が握り拳を突き挙げる。その糸のような目が見開く。黒い水晶の様な英雄の眼が必勝の確信と共に輝いた。
「伝令!! 味方が敵の兵糧を焼きました!! 全軍に伝え吼えさせてください!!」
伝令達が応答も短く拱手さえおざなりに返し走り出す。各地各所から兵糧は焼いた兵糧は焼いたと声がし始める。それに合わせる様に土塊が崩れる様に兵が離散を始めた。
黄巾にて人公将軍を自称する者の軍が、その人々がボロボロと逃げていく。皇甫嵩はその戦場を見て読み解き始める。敵の勢いの減衰と敵兵の闘争への渇望。即ち敵の切先にして弱点の攻め時を。
敵の横陣が瞬く間に薄くなっていく。遂には左右から中洲の様に崩壊が始まる。中央の背には万の敗残兵が道を作り始めた。
「今こそ敵の中央!! 此れを両翼包囲します!! 即座に鮑騎都尉、及び宗烏桓校尉に通達!! 雑兵は一切無視!! ただ直進して敵本体を包囲撃滅して下さい!!」
伝令二人が力強い拱手と返事を返して走り出す。それを見送った皇甫嵩はゆっくりと深呼吸をする。状況が変化するまでは何も出来ない。
「鄒校尉には別格の恩賞が必要ですね……む」
だが敵とその屍があまりにも多過ぎて騎馬の勢いが失われた。敵は逃げる事しか頭にないが渋滞に巻き込まれた形である。あと一部隊あれば殲滅は可能だが半月状の包囲となってしまっていた。
「うむ、仕方がありません。勝ちは勝ちです。被害を減らす算段を立てなければ」
そう己を納得させ水を一杯頼もうとして。
「あ、あれは!!」
皇甫嵩は驚き思わず立ち上がった。
〓盧繁〓
唯一官軍を押し留めてる敵がいる。撤退をするにも官軍の勢いが激しく、また背には逃惑う兵達が邪魔で退くに引けない。そんな連中が目の前に見える。
「オッシャ見つけたぞコラァアアアア!!!」
居た!! アレだ!! アソコだ!! アソコに仇がいる!!
「月驥、星驥、すまんが頼む!!」
二匹は嗎き馬足を上げる。良い子だ。とっても良い子だ!!
大斧を振り回す。叩き割り、切り飛ばし、撫で斬りにする。
クソ程邪魔だ!!
「退け失せろザコ供ォッ!!! テメェらに要はねぇ!!! 張梁オオオオオ!!!」
黄色いボールがバラバラと飛ぶ。鬱陶しい。邪魔だ。邪魔だ!! 邪魔!!!
赤が視界を覆う。
どうでも良い。
興味もねぇ。
「ミツケタ……」
黄色い頭巾とえらく立派な鎧。隆々の体躯に槍を握った男。驚愕の顔だが。
「テメェが張梁だな」
「……相違ない。私が張梁、字を季甲。人公将軍だ」
「覚えたぞ兄上の仇。此の盧繁、子昌に殺されろ。張季甲」
「ふむ。状況が状況。それも悪く無い」
あ?
「だが!! 子供に負けたとあっては兄上と散っていた友柄達にに顔向け出来ん!! 皆一人でも多く撤退を!! 此処は俺が囮を務める!! 来い盧子昌!!」
……良いだろう。嫌いじゃねぇぞ。兄上の仇じゃなけりゃあな。
星驥に乗り移る。大斧を軽く振りゃあ良い感じだ。負ける気がしねぇ。
「いくぞオラァッ!!」
「掛かってこいッ!!」
ほぼ同時、互いに馬を走らせる。槍を脇に構える人公将軍。俺の斧は振る分遅い。
「ッシ!!」
背負った手斧をブン投げる。
「だと思ったわ!!」
悠々弾かれる。想定通り。だが。
「一発だと思うなや!!」
腰に巻いたもう一本を、続いて最後に背負った一本。
「な!! く、捌ききれん」
言いながら頭を狙った二本目は弾いたが三本目が人公将軍の馬の足に直撃した。
「グアッ?!」
馬が崩れて勢いのまま馬上から落ちる。慌てて立ち上がった所に大斧を叩き込んだ。その首を兜飾りを掴んで天へと上げる。
「人公将軍張季甲!! 盧子幹が子にして盧子長が弟!! 盧子昌が討ち取ったァッアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
声を張りゃあ蜘蛛の子を散らす様な離散を通り越して狂乱しながら逃げ出す。マージで長かったわホント。さて、父上連れて幽州に帰るか。
張梁・季甲
字は適当。黄巾のスローガン蒼天已死黄天當立、歳在甲子天下大吉から取った。