青州 白虹貫日 来盧
青州平原郡平原城。袁紹の籠る城は落ちた。投石と掘穴によって城壁が倒壊してそのまま占領されたのだ。
正味アレ。だいたい十万対三千とかどうしようも無い。朝廷も許す気無いし成るべくしてな感じだ。降伏の使者の首を切り落とし前進しただけ。当然の事。
失火で燃えた中央の屋敷を盧繁が進む。警戒が薄いのは賊の悉くが既に縄に縛られるか首となっていたから。まぁなってなくてもあんまり関係無いけど。
「この先?」
「は」
「警戒よろしくお願いします」
「はは!」
盧繁は見張り番に目礼してから地下に向かった。そこは牢屋であり一室に横たえる酒太りのオッサンが一人。ビクリと震えてさっきまでしていなかった寝息を漏らす。
「起きましたか」
オッサンが起き上がった。
「お久々ですね本初殿」
袁紹は喋らない。
「俺は今回、勅使として来ました。端的に言えば貴方の刑死が決まったのです。まぁ貴方も既に覚悟の上でしょうが」
「ああ、ふふ。私は逆賊だろうな。それで若き大将軍殿は何用だ? 死刑を宣告された相手を嘲りに来たわけでは無いだろう」
「覚悟は決まっていらっしゃるようで何より。
曲がりなりにも山東の諸将を纏め上げただけの事はありますね。用件と言っても一つ聞いておこうと思っただけです。
なぜ何大将軍を嵌めるような真似をし、叔父上を見捨てられたのですか?」
袁紹の顔が歪んだ。暗闇で見えないが、しかし確信できる。柵の向こうから負の感情が漏れていた。
「何大将軍がいらっしゃれば貴方は袁家の当主になる事は当然だった。そして閣下は宦官への対処は遅れたでしょうが無策だった訳でもない。
また洛陽から逃げ出さなければ貴方は逆賊になる事はなかった筈だ。少なくとも忘恩にして不孝な敗残の朝敵にまでは落ちなかった。董殿の精強さはご存知の事だった筈です」
盧繁は心底不思議そうに。
「私は貴方が分からない」
「ああ、なるほど。賢者には分からんだろう」
袁紹は心底楽しそうに言った。
「簡単だ。袁家は叔父上の年を鑑みれば袁術と私で割れる状況だった。そして、そうなれば宦官を止める術は無い。だから急いだ。
張譲と言う化け物がああも短絡的な真似をするとは正直言って思ってもみなかったが丁度良いと思った。何せ張譲と何進は縁組をしていたからな」
袁紹は自嘲気味に笑った。
「叔父上は失望させてくれた。何より董卓と組み帝位の挿げ替えようと言うのだ。だから悪い事をしたと思うだけの——」
袁紹は気付いた。盧繁の見透かす目に。侮蔑さえなくなった双眸に。
「あー、そう言うのいいんで。帝位の挿げ替えどうこうと言う割に董殿が亡くなった後に兵も送らなかったでしょうに。あの時に兵を送って帝位に関して言及していれば貴方の言い分も多少は頷けた。実際に養父殿は師に敗北しましたが陛下の元へ参じようとしたのですよ?
はっきり申し上げて貴方が如何取り繕おうと漢朝への忠誠のある人間の行動とは言えないでしょう。貴方の行動を端緒に天下は乱れたと誰もが考えている。理解の上での事と思っていたのですが」
興味が失せて盧繁は立ち上がった。
「では、さようなら」
地下牢から啼泣の音が響くが振り返ることもなく。
〓盧繁〓
あー……。終わったわ。やっとだ。喪が明けてから三年? 長かった。
青州から撤収する兵達の列が永遠と続く。青州の復興は屯田で何とかするとして。異民族騎兵は商いでもさせるか? 要相談かな。まぁでも洛陽に帰ったら早めに隠居だ。軍人なんてもういらねぇだろ。
つか無駄に発言力得ちゃったし。狡兎死して走狗煮られちゃかなわん。まぁ陛下は大丈夫だろうけど。
「閣下」
「賈さん。如何しました?」
「青州の状況。中々に酷いようです。高長史が逃げ出そうとする事十八回となりました」
「それは酷い。文礼先生がそこまで逃げ出す余裕があるとなると想定以上だ。青州でちゃんとした戸籍が万戸残っているかどうか怪しいですね。後二回逃げ出したら此方をお願いします」
文礼先生も鄭先生の周礼の注釈に用いた書物の写本なら喜んでくれるだろ。
「さてじゃあ報告を確認してからだけど青州兵の帰還を早めるか。それと戸籍を確定させるなら混乱してる今だな。青州諸豪族も朝廷を頼らざるおえないだろうし。
ほんと徐州で虐殺さえしてなければ曹殿に駐屯して貰うのに……。曹殿麾下の于文則を青州屯田都尉に出来ないか相談してみようと思うんですが如何でしょう?」
「それがよろしいかと。青州兵の移動にかかる費用は穎川の豪族に供出させる形で?」
「ええ。荀攸を匿っているかはこの際、もう如何でもいい。反省の色も無いので知ったこっちゃ無いです。
もうここまで来たら荀攸が見つかるまで穎川の豪族には圧を掛け続ける。それによって一罰百戒を知らしめる、ですよね?」
「ええ。閣下は甘いですからな」
「あ、それと孔融。進軍中に思ったんですが此の青州の状況を理由にアイツは曲阜から出さないようにしましょう。屁理屈が鬱陶しい」
マジで孔子の子孫って色眼鏡評価しか無いのおかしいだろ。青州メチャクチャにしやがったくせに直言居士気取りだし。知識は有る上に中途半端に弁が立つ所為でメッチクソにドヤ顔が腹立つ。
いや割と正論もあるけど正論なだけなのが一番嫌われるて。と言うか皆んな分かって泥を被る覚悟でやってる事を止めんなや。
「……本当に。心底それがよろしいかと」
あ、賈さんが一番の被害者だったわ。他の人の意見もって言っても孔子の子孫ってだけで弁護されるんだよなぁ……。普通に邪魔だとは皆んな思ってるっぽいけど。
「ただ孔子廟の管理に関した免税はせざるおえないですよね。そうでなければ陛下と朝廷の体面が悪いですから。が、それ以外は何と言われようと確りと税を取ります。
それと廟の管理から離れたりするなら孔家一族でも免税は無し。取り敢えず孔融には儒学を用いて他者を中傷するならせめて儒学に則った生活をして貰いましょう。祖霊を祀るのは儒教の礼として重要ですからね。
ったく思想は蔑ろに出来ないと思いますが生活に則って無いなら害悪だ。青州でこんな有様になる統治をしてどの面下げて人の進言を妨害すんだか……如何しました賈さん?」
なんかメッチャ見てくるじゃん。何時も考える時は大概虚空を見つめて顳顬に指を当ててるのに如何したんだろ……。
「…………いえ、何でもございません」
「? そう、ですか。豪族や孔融に関して反発はありますかね。朝廷で孔融が好き勝手したおかげで割と学者派閥は小言程度。あとは演技的な反発で済みそうなんですが」
「問題ございますまい。豪族も閣下が居るうちは問題ないかと。ただ脅しは必要かと。
また豪族と同じく異民族も一先ず乱の収束した今、対応が必要と心得ます」
「成る程。……じゃあ異民族は、そうだな。ああ交易で縛るか。出来れば双方が得をするように。言い方は悪いけど分断統治の旨みにするのが良いな。
それと異民族対策としての食料と兵力が大事だと思います。異民族が飢えた時の威徳の準備を欠かすのは拙い。屯田都尉を各州に設置して、それだと反乱が怖いか? けど食料の増産と兵力って問題があるから如何したもんか。
都尉の任期を法で定めて、いや緊急の場合の対応、妥協も必要か」
「その構想、天下の州全てに置くべきかと」
「ああ、豪族対策にも使えますか」
「は、また任期は短くすべきと心得ます」
「確かにそうですね。出来れば兵も隣州から移動させたな。少数にはなりますが」
蔡の養父上とかにも意見が聞きたいな。
「繋ぎ止めねば……」
「ん? 済みません。聞き逃しました賈さん」
「ああ、いえ。独り言です。州ではなく郡単位という手も一考の価値があるかと」
「そうですね。一郡百人の武役。出征した戸はその年は免税。男児が十以上くらいが目安かな?」
「その辺りも考えるべきでしょうな」
「ですね」
さーて次の議題は。




