彼等は荊州に戦争しに来てました
「行けええええええええええええ!! そこだッ!! ゲホッオエ!! 進め、ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
皇帝が絶叫していた。ただ盧繁だけがドン引きしている。匈奴、烏丸、鮮卑、羽林の代表者が騎馬を疾駆させる様に盧繁以外の全てが熱狂していた。マジ狂ってるとしか言えない感じ。
だって皇帝は賭けても良いが、賭けてる事がバレない様にと良い含めていた。それは色々な配慮からだったが、あの劉協がそれを忘れて絶叫しちゃってるのだ。
お終めーだよこんなん。我を忘れ過ぎた上に過ぎている。もう超過してるから重ねないといけない。
「いや……未だだ。馬術であれば匈奴が最も優れている。馬の質では大差がないが。あの馬は持久がある馬と見た。気候のことも鑑みれば。私の見立てに間違いはない!!」
しかも賈詡さえこのザマだ。竹簡の紐を解いた掛けの証明たる牘。札を握りしめてる。
てかもう言っちゃうと陣中の全てがそうであり、賭け金を増やしたいとか、個人で賭けたいとか、想定以上の問題を何とか片し実行した盧繁は、その興奮の坩堝の中で一人蒼天を見上げ。
「……やっちゃった」
明確に己の失敗を自覚自認した。いや此の場合は成功しすぎたと言うべきか。ともかく想定を越えてってか超越していた。
そして匈奴、鮮卑、羽林、烏丸の順序で勝敗がつく。崩れ落ちる皇帝、拳を突き上げる賈詡、陣中の喜悲交々。そして気分的に吐血しそうな盧繁。
竹簡の札を叩きつける者や放り投げる者がいて盧繁は人間って変わらないなって思った。なんか昔の有名な馬を特集したテレビが前世の小さい頃に流れてただけだけど。
「もう劉表とか如何でも良くない? 早く首切って弓馬神事しよう。次は勝てる気がする」
「陛下……。恐れながら。もう少し勝てそうな馬を選ばれるべきかと」
「しかしだな賈詡よ。勝った時すごいんだ。もうなんか、本当凄いんだ」
「……陛下」
盧繁は困った。たぶん縄でグルグル巻きのまま放置されてる劉表以上に困ってる。皇帝と賈詡の話とは思えないやり取り。
これが陣中で普通のことになっている。何か段々まぁ良いっかってなってきた。
諦めとも言う。
盧繁は誰にも分からない程度に溜息をしてから布を広げて。
「えー、では逆賊劉表は斬首。一族の爵位食邑は剥奪とし属人としても認めぬ。姓はそのままとするがこれは陛下の温情である。以上」
「……なっ?!」
劉表の驚愕の声に布に落とされていた盧繁の瞳がヌッと向けられる。
「何か?」
「ま、待たれよ!! 盧子昌よ、いや閣下。私の首は良い。覚悟は決めて来た。だが息子達までと言うのは……!!」
「何か問題でも?」
「君は盧家。学問の家だ。私もそうだ。であるからこそ言うが恩徳という物がある!! 当然これは後の事も鑑みれば度が過ぎれば君の首を締める事になるぞ!!」
劉表は覚悟が決まっていない。盧繁はそう認識した。と言うかアレだけ言われて宗族として言葉を発しようと言うその認識がナメている。
何なら今の発言で一番キレてんのは劉協だ。実際に競馬の話をやめてしまっている。だから盧繁は溜息を堪えて口を開く。
「劉表。貴方の学問の師は王叔茂殿だったな。彼は苛烈に罪人を罰し、後に恩徳を持って治めたと聞くが」
劉表は目を彷徨わせる。盧繁は淡々と。
「顔を合わせられますか?」
劉表は言葉を失った。
「さて此度の事は大逆である。
先ず朝廷を脅かす袁紹橋瑁へ加担した事、これは敵への帰順ないし内応に他ならない。
次に加担の上で援助をした事、これは陛下の身を危険に晒す事である。
最後に劉氏として反乱軍に加わった事、これは陛下の廃立未遂であり簒奪だ」
「ま、待ってくれ!! 私は、仕方無かったのだ!! 袁術がいた!! だいたい何故奴は許されているのだ!!
それに簒奪など思いもしない事で!!!」
「貴方と同じ状況で陛下を裏切らなかった襄賁候が居られる。また袁太守は示し合わせての事。刑場に連れていけ」
「ん、ングーッ!! ンッグググーーー!!」
劉表の巨体が引き摺られていく。盧繁の背から大きな溜息が聞こえた。
「お疲れ様です陛下」
「いや、ああ。すまないが疲れた。盧繁に代行して貰ったと言うのにな」
「いえ、曲がりなりにも一族です。罪が罪とは言え罰するのは気持ちの良い事では無いでしょう。少しお休みください」
「そう言ってくれると助かる。言葉通り休ませて貰おう。すまないが後は任せた」
「は」
このあと劉表の首は長安に直送されて城門に晒された。まぁ正直それに関して感傷を抱く余裕はないのだ。
「帰りも遠いんだよなぁ……」
盧繁にはメッチャ仕事があった。
〓劉備〓
「曹操。お前は功罪が甚だしい。呂布を止めた事、劉寵と戦った事、また劉表が降った事。これらに関しては朕はお前を評価する。だが仕方がなかったとは言え逆賊袁紹に与した事、徐州での事。これは看過し得ぬ。
よって朕はお前を中郎将とし袁紹征伐の先鋒とする事とした。冀州へ行き樊稠の指揮下に入り功を立てるのだ。また引き続き荀攸を探し出す事を忘れるな」
「は! 陛下の御高恩に身命を賭して応える所存に御座います!!」
……まぁ、そんなもんだろう。孟徳殿は。許への移住が実際の褒美だろうからな。
私は、さて。如何なるか。
簡雍は言った。格が違うと。確かにそうだ。陛下が座す。これは当然だ。子昌殿に並ぶ事など呂布との戦いを、荊州の戦いを見れば考えようもない。しかし栄達そのものを諦め切れてはいないんだ。
諦められる訳がない。諦めて良い筈がない。そんな訳ないじゃないか。アイツらの死んだ意味。それが高々一州牧如きで終われるか。
「劉備」
「は!」
「朕はお前に選択肢を与えようと思う」
どう言う……? いや。一先ずは。
「感謝致します!!」
「うむ。一つは衛将軍に任ずる事。数少ない兵力を保持した劉姓だ。劉和は文人故な」
……!!!!! 比公の位! 私が?!
「もう一つは徐州牧」
……公的に認められるのは大きいが衛将軍と比べるとな。三段も落ちれば、これで終わりでは無いのだろうが……。
「また琢郡のお前の従叔父を亭候とし張純の乱で散った劉亮、劉義、劉展に校尉の印綬を追贈する」
……ッ!!!
「陛下!! 臣劉備!! 感謝の念に耐えませぬ!! 我が従叔父上とその子等、また我が弟への御高恩に感謝致します!!! 臣劉備はそれだけを望みます!!!!!」
こんなもの選択でも何でもない!! そして成る程、劉の姓。その強みがあった。そして少なくとも朝廷と陛下は衛将軍にしても良いと此の劉備を認めてくれている。
で、あれば急く事はない!! 寧ろ急いては仕損じる。見てろ三人とも。
「であれば劉備を徐州牧とする。徐州には段煨が駐屯し青州への備えと徐州での開墾を行う故に連携する様に。確と徐州の民を慰撫する事を第一義とせよ」
「臣劉備!! 父祖と従叔父に誓い成し遂げます!!」
「うむ。励め」
「はは!!! 必ずや!!!!!」
「次は——」
評定……終わったのか。
「玄徳殿」
ん?
「おお閣下!」
「ああ、いやいや頭を下げずに願います。五体投地とか絶対ヤメテ下さいホント」
「……あ、ハイ」
「少し茶でも飲みませんか」
「願っても無い事で御座います」
……宮中の庭か。長安は無骨だな。
「ウメエエエエ!! たまんねぇな!! 何て酒だこりゃあ!!」
うん? この声は。簡雍……? 何故、というか何をしてるんだアイツ。
「あ、こぼしっ……勿体ねぇ。まぁ、誰も見てね——あ」
何してるんだこいつは。子昌殿が顔背けてるぞオイ。本気で気を使わせてるぞ大将軍に。伸ばした舌しまえこのアホ。ここどこだと思ってんだこのバカ本気でバカ。
「い、いやぁ。流石は宮殿。卓一つとっても素晴らしい出来で。この平で艶やかな表面も凝り過ぎ、あ、いや、の様な何かもこう、良いよねって感じで」
殴りたいコイツ。
「え、ええ憲和殿。職人が丹精込めて設えた物です。それと酒のお代わりはあるので気にせずお飲みください」
「本当ですかい?! ッシャア!!!」
閣下の爪の垢を煎じて、いや。もう頂いた爪を食えコイツ。煎じて薄めずいけバカ。
侍従殿が持ってきて、飛びつきやがったコイツ……!! いい加減にしろ!!!
頬擦りやめろォッ! 侍従の顔見、気付いた上でかオイ!!! 閣下が苦笑いしてんぞオイ!!!!!
「侍従殿。すみませんが下がってください。玄徳殿、さぁ」
「失礼致します!」
さて、何の話か。
「玄徳殿。私が喪に服していた事は?」
「存じて、あ」
……。まさか。その竹簡。
「察された御様子ですので此れを。今回の事は余計だとも思いました。不快に思われたのなら申し訳御座いません」
「ああ、いや劉備。閣下には俺が頼んだんだ。ゴチャゴチャ言う割にお前さん目ぇ逸らし続けてやがったからな」
……情け無い。気を遣われたな。はぁ。
「いえ陛下。感謝致します。簡雍もな。
ここまで骨を折っていただいては何もせぬ訳には参りませぬ。故郷に向けて今から書を、認めようと思います。
簡雍、帰るぞ」
「あ、俺は酒を頂いてから帰るグエ!!」
「良い加減にしろアホ!! 閣下!! 失礼致します!!」
「殴るこたぁねぇだろバカが!!! 明徳気取りバカ!!!」
「煩い!! 帰るったら帰るぞ!!」
「イヤーーーー酒ェーーーーーーーッ!!!」
恥ずかしいったら無いわ!!!
「失礼致します!!」
「あ、え、ええ。玄徳殿。お気をつけて」
クソ!! コイツの所為で一礼する時間さえ恥ずかしさで死にそうだ!! 切実に爪貰っとこうかな!!!




