サプライズって従前十全な下調べの上で行うものであって突発的にやるとマジでダメ
盧繁の目には人と言う津波が敵城に迫る姿が映っていた。それらに並んで進む兵器の前では盾を持った兵と、それを信じて車輪を進ませるために道を均し木を板を敷く兵。投石器などは数十で紐を引き石を飛ばす。
梯子が掛かり兵が登っていく。敵味方の弓が応酬を始めた。時折敵が熱湯や岩を落とす。漸く衝車が門を殴り始め、それに遅れて攻城櫓が取り付いた。光景は純然たる蹂躙。
それに時折だが盧繁が弦を引きこの世の物とは思えない音を轟かせて矢を放つ。喪が開けた際の狩の獲物を人へと変えただけの焼き回しで、蒼天に向かって直進し重力に任せて人を貫く光景は物理に中指突き立ててファッキューって感じ。その手に持つ弓はロングポウでも無いと言うのに異常な距離と威力。
「攻城戦ってやっぱり避けるべきだな。孫子でも読んでたが被害が大きすぎる」
そんな矢を放った盧繁は非常に嫌そうに言った。吐き捨てたと言って良い。
此方を狙って来た弩の矢を意趣返しに射ち返した児戯を思い返して楽観していた己が不快で仕方なかった。
兵士が多く兵器も多い。出来る限りをしたから大丈夫だと安易に思ったツケ。それは兵士の命と生傷。
しかも敵が城に籠るせいで責任をとって騎馬で突っ込む事さえ立場故に許されないのだ。
「閣下。とは言え第一波で城壁に登り切る者がいる状況は非常に好調かと。それにのんびりもしていられません」
賈詡が淡々と事実を言う。
「あー、ね」
開戦と前後して益州で変事があったと朝廷から伝達が来たのだ。戦自体は別に徐栄だけでどうとでもなるだろう。しかしそれでも後詰や援軍は必要なのだ。
また将軍として重石となれる者が徐栄と盧繁しか居ない。特に朝廷は董卓が暗殺された経験から慎重にならざるおえなかった。徐栄か盧繁のどちらかには朝廷に駐屯して貰っておくのが好ましいのである。それは皇帝もそうであるし文官や将軍達もそうであった。
身の安全と言うのもそうであるし朝廷の政争で陥れると言う行為に怯える必要がない。盧繁の前でそんな事をしたらブンブンされてしまうに決まっていた。頭抜けてアレで無ければ誰も政争をする気にならないし、またやっちゃったら、ね? っていう共通認識がある事が安心に繋がっていたのだ。
だからなる早で帰った方が良いし帰る事を望まれてるし賈詡的には合理的にも心理的にも軍事的にもそっちのが良いって認識だった。だが盧繁的には隠居本望みたいな所がある。つーか隠居したい。
「心配し過ぎだと思うんすよねぇ、よっと」
気持ちは分かるけど、と言わんばかり。盧繁は肩をすくめてヤレヤレと。何か降って来た矢を掴んで撃ち返す。
賈詡は最も容易く行われた人外の所業に全く反応しなかった己に慣れたものだと呆れながら。
「しかし閣下。朝廷の懸念は正しいかと。余裕が出来て愚か者も出て参りました」
盧繁の視線が鋭くなる。
「誰が?」
「董承が娘を妃に、と」
「陛下は乗り気じゃ無い感じですか?」
「ええ。強引なやり口を警戒なさっています。故に」
「帰還を望まれている、と。じゃあ急がないとなぁ。というか少しは家でゆっくりしたい」
「私もゆっくりしたいですな」
「ですよね。ん? あ……賈さん。アレ」
「はて、えぇ……?」
盧繁と賈詡の目には制圧された城壁が見えていた。
「また閣下の幸運の一撃でしょうか」
「いやぁ、流石にそう何度も無いでしょ。涼州だと何かたまたま馬騰でしたけど。あんなのは偶然でしょ」
「しかし閣下は鎧を着た物を積極的に狙われるでしょう」
「まぁ目立つし。狙いやすいんで。ですね」
「その様な鎧を纏う者となれば少なくとも指揮者や統率者でしょう。先ず間違いなく、確実にです。であれば統率は乱れます」
「……ですね」
「まぁ被害が少ないのは良い事かと。開墾作業でもさせればよろしいでしょう。田畑は大いに越した事はない」
「ですね!」
下顎の右側が砕け散った劉寵が簀巻きにされた状態で転がされてる光景を見る事になるまであと半刻。
諸将が首を傾げるくらいには賈詡はメッチャ盧繁見てたし盧繁はメッチャ顔逸らしてた。
〓劉協〓
「漢朝の威光を臣は憂いておるのです」
茶番と言うにも酷くないか? 私でも分かるくらいに盧繁が怖いと顔に書いてあるぞ。やり口も雑と言うのも憚る程に急き過ぎだろう。
いや、と言っても遅いが。だいたい兄上に取り入ろうとして失敗した時点で気付いてくれないものか。相手するの面倒なんだがコイツ。
「董承、忙しいから帰ってくれないか」
というか考えてる事が本気で分からない。いや軍事力という自分の立場が急落して焦るのは分かるが牛輔の戦力を全て引き継げ無かったのは仕方ないだろうに何を望んでいる。私など帝位を譲ってしまいたいくらいだぞ。
「しかし陛下。大将軍閣下のなさりようは性急に過ぎます!! 亡き相国様の戦力を全て麾下に置くなど……。
アレほどの軍権と軍事力を持てば本人にその気がなくとも身中の虫とさせられてしまいかねません!
韓信の故事もございます。彼が翻意を抱くとは申しません。しかし何処ぞの愚か者に吹き込まれ万一にも危険を感じ一歩動くだけでどれだけの波紋が広がるか。確かに優れた者では御座いますが漢王朝に取って代われてしまう声望と能力を持ってしまっておりますぞ!!」
愚か者オマエ。と言うか、ふむ。成程、この者がいう事も分かるな。言われてみれば確かに器は十二分にあると思える。......別によくないか? と言うか寧ろ盧繁が帝位を望んでくれた方が良いような気がして来た。
いや、いかんな。昨日、姉上に追いかけられて半裸で逃げ込んで来た兄上を見てから気弱になっている。何やってんの兄上。でもそれを思えば朕や兄上より余程に天日なる見た目してるしな盧繁。
「では聞くが逆に盧繁に兵を任せず如何やって現状並び立つ問題を片付ける積もりだ? 残党は僅かとはいえ盧繁という重しが外れれば異民族と賊が暴れ出すだろう。また盧繁と不和になったと受け取られれば漢王朝は見限られる状況だ」
「我等が居るでは御座いませんか」
「……李傕郭汜は信用に足らん。と、言うよりも盧繁のおかげでアレで済んでいるのであって誰も認め得ぬ。段煨、張済や樊稠は既に忙しい。また彼等も漢王朝の麾下で戦おうなどとは思うまい。
盧繁たっての願いで皇甫家、朱家の両名が喪から帰れば戦力を分ける。そもそも盧繁に戦力が集中する事に問題などないだろう。寧ろ戦力を奪う事の方が問題が大きいぞ」
「し、しかし……」
「しかし?」
「……」
「何も言う事がないなら下がれ」
やっと帰ったか全く。まぁ尋常なら董承の言う事も分かるが。盧繁がそんな面倒をするとは思えない。
絶対アレだぞ。たまに肉とか食べれてたら何も文句ないぞ盧繁。だいたい大将軍も嫌がってるし。相国が居ないから渋々やってる感しか無いからな。どれだけ抑留に気を使ってると思っているんだアイツは。
待った。それはそれで如何だろう……。いや皇帝としては安心出来るが。
いや、父上の最後とか考えるとなぁ。恵まれ過ぎか。皇帝とは、何だろう……。
「おーい協」
ん。ああ……。
「また義姉上を怒らせましたか兄上。今回は何です? また何か安請け合いか、誰かの娘を側女にしましたか」
「ちょっと待って。兄の印象酷くない? 私の事をなんだと……!」
? 急に固まった。何かしてしまった事を思い出したのか……。
「如何なさいました」
「いや。反論出来ない事に気づいちゃった」
「……いや。うーん。まぁ弟としては反論していただきたいのですけど」
「ごめん」
「いや、ごめんて。……まさか董承の娘とか安易に迎えるとか言って無いですよね。流石に問題ですよ?」
「いやいや、流石に。何笑ってるのさ。いや見た目や性格は嫌いじゃ無いけど。ねぇ?」
「ハハハ。良かった。流石に庇えませんし」
「いや盧繁と敵対しかねない事をしてる人間と関わろうってほどバカじゃ無いよ私も……。ちょっと自分で言ってて不安になってきたけど」
「気を付けてください兄上。それで、であれば此度は?」
「あ! そうそう盧繁が帰ってきたよ。呂布の首と劉寵の身柄と共にね」
「え? 呂布だけで無く裏切者もですか」
「まぁ盧繁だし遠出した際の土産みたいなものじゃないかな」
「確かに」
「とにかく面会だ。褒美の事で盧繁と相談しなきゃ。全く、無欲なのも困ったものだよ」
「ですね」
宮殿の城壁に登れば遠い長安の城門近くから歓声が上がる。全くもって軍装の盧繁はさぞ絵になる事だろう。白波や夷狄の騎兵も今や漢朝きっての精兵だ。
おぉ、音曲が流れて来る。勇壮な音曲が。蔡邕の娘が作ったのだったか。私でさえも血が沸る様だ。良い音だな。
「協、そろそろ降りておこう」
「そうですね」
宮殿の門が大きく開く。大通りの中央を進んでいた騎馬が止まり下馬した。遠くから見ても大きい。
「陛下、殿下! 御出迎え感謝致します!」
盧繁はその場で跪く。あ、これは気を使わせたな。しまった。長安の民に格付けを見せつける為に大仰にか。やってしまった。
「いや盧繁。立ち上がってくれ。すまない。居ても立っても居られなくてな。余計な事をした。さぁ」
「いやいや陛下。気持ちは嬉しいです。盧繁、只今帰りました」
門が閉まる。もう良いか。
「で、盧繁。今回の褒美だが」
「呂布の首を晒した後に喪には服しませんが弔いはさせて頂く、では如何です? 一番の望みがコレです。妻も気落ちしていますので」
「難しいな。いや、うぅむ。逆に盧繁には爵位か物的な褒美を受け取ってもらった方が助かるのだがな」
「ですよねぇ……。温情も過ぎれば贔屓。言わば実行犯と言える逆賊ですからねぇ」
「と言うか呂布の首は打ち捨てたと言う事にして弔いは黙殺するでどうだろう?」
「それでお願いできますか。じゃあ陛下が適当だと考える爵位と食邑を頂いて、食邑に関しては朝廷に返すとか如何です? 多過ぎて対応できないって事で」
「いや別に返さんなくても良いのだが。というか返されると困る」
「陛下。立場が面倒いッス。隠居したいッス」
「それはダメ。董承あたりに聞かせてやりたいな。その言葉」
「あ、大丈夫でした? なんか娘を押し付けようとしたとか何とか」
「ああ。まぁ盧繁が居る間は大丈夫だろう。それと盧繁の軍権を分散させるように言ってきたぞ」
「えぇ……出来るならしたいんですが。いや牛中郎将の残党は数が多過ぎて他の涼州勢も困るし無闇にバラけさせるのも無理だけど。て言うか何で董承あんな人望ないん? って話で。
寧ろ兵任せたかったのに。つかアイツの部下だの元同僚だのに直談判されて渋々編入したんですよ? 意味分からん……」
「まぁ盧繁が居ない間は数が多いのを良い事に調子に乗っていたからな。それに牛輔の命令で董越を殺したのも董承だと言う。
躊躇なく戦友を斬り殺した男を信用はし難いだろう」
「あ、そう言う。て言うか牛中郎将の残党が腫れ物になった実行犯アイツかい!
……あ、そうだクソ忙しくて忘れてたわ! 聞いたわそんな事! クソ大変だったのアイツの所為じゃねーか!!」
「まぁだから董承麾下から出奔して盧繁麾下に合流しようとする者が後を絶たん。何せ董承の麾下に居るより功績も上げられる。そして盧繁は飯を気にするからな」
「いや、自分だけモリモリ飯食ってたら気不味くないですか。ただでさえ俺はアホ食わないと力でないですし。それに将軍って如何に兵を飢えさせないかが仕事じゃないですか」
「董承は違うのだろう」
「えぇ……」
「まぁ、盧繁。飯の用意をさせた。その後に論功だ」
「それは有難い。腹減って力入らなかったんですよ。しっかり頂きます」
「うむ。しっかり食べてくれ」
……そうだ万戸候とかに任じたら面白いかもなぁ。まぁ黄巾を鎮めた皇甫嵩などの前例もあるし面倒な連中への牽制にもなるか。そうだ盧植も讒言で食邑を取り上げられてたからな。
うん。決ーめた。万戸候にしよっと。
「此度の功績は絶大である。よって朕は盧繁を大庶長から関内候とし八千戸より一万戸へと加増する事とした。これは漢朝への忠へ報いる姿勢を知らしめる為だ。盧繁は慎み深いが断らぬ様に」
おお。あの盧繁があんな気の抜けた顔を。ちょっと面白いな。だが百官の安堵した顔を見て欲しいものだ。
「はぇ? あ、え。っと。陛下!! 万歳万歳万万歳!!!」
いやそんな泡吹くように言わぬでも良いではないか……うん。先に一言言っといた方が良かったな。反省。




