大人の取り敢えずナマ、子供の取り敢えずコーラくらいの感じで出さんとなって思いました。
冀州魏郡平恩県は黄巾の籠る広宗より南西にある地だ。此処に兗州より進軍した左中郎将皇甫嵩の軍勢が駐屯していた。盧植の後任たる東中郎将が敗北し免職された為である。
「二つの河川を用いて兵糧物資を運びます。運ぶ先は盧植殿の建ててくれていた川に連なる陣営を利用しましょう。元々の造りからして堀も多く守りに不安がない」
皇甫嵩は地図を指しながら淡々と言う。物見や内通者の情報を統合した情報を元に立てた作戦。それを諸将は口を挟まずに見ていた。
「敵陣の盛況な様を鑑みるに敵兵は精強でしょう。故に良い事と悪い事が一つずつ。良い事は敵は打って出て来る事、そして悪い事は此れに当たらざる負えない事です」
その言葉に諸将の反応は疎だ。納得する者、盲信する者、奮起する者、驚愕する者、困惑する者。故に皇甫嵩は続ける。
「先ず敵は此の戦いが一旦の区切りだと思い込んでいます。
何故ならば戦役は長期化し荊州の戦いも続いている上、子幹殿を退け続く董東中郎将を打ち負かした。半ば事実として漢朝の高名な将を前に城を守った実績を、その実態は兎も角得てしまっているのです。故に兵は此方に余裕が無いと見て、加え誰が来ても勝てると思い込む。
それこそ私を下せば勝ったも同然と考えているでしょう」
困惑が消えた。
「しかしその実そもそも敵は此の戦で勝たねば物資兵糧が危うい。子幹殿が包囲をしていた為に城内の兵糧は然程余裕が無い。何故断定できるかと問われれば敵は当初から略奪をしていたからです。その様な物資の集め方をして同じ拠点に居続けるのは不可能だ。寧ろ賊将は打って出て兵を減らす事さえ考えるでしょう」
驚愕が消えた。
「故に我等は被害を覚悟して敵の攻勢を受け止め、敵の気勢と自身を粉々にヘシ折り、その後に強力な反撃を加え撃滅すれば勝てます」
諸将が皇甫嵩の説明を吟味し割り切った頷きを返す。
私財を投じた私兵という理由もあれば人として必然的に戦場で縁を結んだ兵も多い彼等は損害を嫌う。故に兵の命を削る作戦を用いても最終的に兵の被害が少なくなるならばと納得したのだ。
それは皇甫嵩と言う男の言葉を信じたが故だった。
さて、そんな名将の陣営に異物が一つ。糸目の上の眉の間、眉間に皺を寄せて名将皇甫嵩が視線を送る先、十に満たぬ子供。尋常ならざる戦意を発して立っていた。
顳顬をグリグリと指で推し名将皇甫嵩は考える。何とか此の戦の才に呪われた子を、此の死地より逃せられないかと。それこそ皇甫嵩は将として、臣として漢朝が最後に勝てるなら己が死ぬのは構わない。一族を背負うものとして息子や甥も本人が望んだ事ならば許容する。将として戦友や兵が死ぬのは覚悟の上だ。だが子供が死ぬのは御免被る。
「皇甫将軍、無茶を申します。どうか敵の後方に送る騎馬隊に俺を入れてください。せめて張梁に一矢報いたく思います」
歴戦の皇甫嵩を以てして此の言葉には舌を巻いた。敵の攻撃を受け止めるのに、その補佐に機動力のある部隊を敵後方に置く。敵の勢いを挫くも良し、崩れた敵を追撃するも良しと被害に目を瞑れば必須な一手。それは背水の陣を知れば思い付くが成すには覚悟のいる危険な策。幼子が好機とさえ捉えてそこに加えて欲しいと言葉を発す。
「兄上の仇が手の届く所にある!!」
歓喜の言葉に騎兵を率いる者達が覚悟を決めた顔をした。子供が言っているのに大の大人が拒否は出来無いどころか、その忠孝と豪胆ぶりに感嘆さえして戦意を激らせている。それを狙っていっているのならば最早人では無い。
皇甫嵩は思わず痛ましさに口を噤む。孝徳を後押ししてやりたいと言う思いと子供を戦場に出し続け死地に送る事への拒否感が心中で暴れ争うのだ。何より目の前の幼子の波乱を確信していた。
「っあ“〜〜ったく!!」
其処に不満そうな声。皆が発生源に目を向ければ大きな溜息を漏らして男が一人前へ。皇甫嵩に拱手して。
「中郎将殿、突然申し訳ない。俺は校尉の鄒靖、字を鎮定と申す幽州の者でございます。此のガキの事で少し宜しいでしょうか」
「……ふむ。確か子幹殿の元で多いに手柄を立てたと言う。それで鎮定殿。何を言いたいのでしょうか?」
「コイツは少々付き合いがあるが此れと決めた事に関しちゃ酷く頑固な奴です。ですんで敵将の一人でも斬りゃあ、せめて割り切れると思って手を貸した結果、何の因果かこんな所まで来ちまっていた。だから此のガキを暴走させちまった元凶は俺なんです」
「成る程」
「その後で子幹先生と朝廷に連れてかれて案じちゃあいた。無茶な問答を聞いた時なんざ腰を抜かしました。だが敵の首を取ったと聞いて安心してりゃあ此処にいてコレだ。
だからその責任を取らせてください。ウチの部隊は騎兵もそれなりにいて機動力は高い。最悪ガキ一人逃すならやって見せます」
「……良いでしょう」
そうして平恩より皇甫嵩率いる軍勢が進発し広宗の戦いが始まった。
〓盧繁〓
「って訳でよろしく」
「愚弟、帰ってくんない?」
うわ国譲の兄貴スゲェ嫌そうな顔。全く照れちゃってなー、もー。証拠に荷積みの手は止めねぇし。
「まぁまぁ賢兄。そう言うなって。俺もう後に退けねぇから」
「自業自得だろバカ。これ重いな。フン!」
全く酷い言いようだな。マジでグウの音も出ねぇけど。まぁ元気そうで何よりだ。
武器を置いて手を払ってから。腰に拳を当てて指弾き。うお、デコに衝撃が。
「だいたい繁。お前は昔から無茶苦茶だったが遂に極まったな。この馬鹿が」
そんな言わんでも良く無い? 国譲の兄貴は一休みだと声を掛けて腰を下ろす。ヤベェこりゃまた説教だな。
「何だその不満そうな顔。国家の重要事に首突っ込んで皇甫将軍や鎮定殿を困らせてるんだぞお前。それを自覚しろ此の馬鹿」
「バカバカ言うなって国譲の兄貴。そりゃ自覚はあるけどさ。その事はもう悩み尽くしたし気にして如何にかなるもんじゃ無いって思う事にした。此処まで来るとも殺るしかねぇんだ。兄上の仇の張梁の野郎をな」
「まぁ、子長さんの仇は俺も討ちたいがな。開き直って良い事じゃ無いのは肝に銘じろよ? 何よりお前が死んじゃあ意味がないんだ。盧公にも確り怒られちまえ」
「ああ、そうするよ。賢兄の言う通りだ。先ず死なないことにする」
「そうしろ。さ、繁。お前の馬鹿力を役立ててくれよ」
「ほーい」
稷だの粟だの麦なんかをポイポイ担いで船に乗せていく。積み込むのが塩とかになると重いが超大事だ。俺たちも馬も塩がないとやってられん。
「お前ほんと馬鹿力だな」
「これくらいしか取り柄が無いんです。任せて下さいよ。それだって飯食わなきゃ死にそうになるし」
「それだけは本当に同情する」
そうやって国譲の兄貴や兵士さんと荷積みをしてると人集りが来た。無駄に派手な真っ赤な服の男を中心に仲良しイキリ大学生みたいな連中だ。いや悪い人って感じでは無いんだけどイメージのギャップ的にちょっと、何かこう、うーん。
いや嫌いじゃないんだけど。
「どうかな? 二人共」
中心にいた20も半ばの無精髭な男が澄まし顔と澄まし声で言う。エグいぐらい明るい赤の服に黄色い帯を巻いてる。ほんで頭巾は真っ白だ。
あとクソ長これみよがし髭。まだ二十代でしょアンタ。何でそんな伸びてんの?
ほんで髭の逆側に立ってるは特に言うこと無し。髭が足りないけど年齢考えたら、まぁそんなもんよねって言う。寧ろ筋肉エグいよねって言う。ギリ十代だよね?
それと後は四人程だ。
「玄徳殿。もう直ぐ終わります」
国譲の兄貴が嬉しそうに拱手して言った。合わせて拱手しとこ。
「お久しぶりです玄徳殿」
二、三頷くと無精髭は先ず国譲の兄貴の方を向いて拱手し。
「御苦労だったな国譲。気にせず休んでいてくれ。荷積みをしていた皆もだ」
言われた者達が返事をすれば俺に向かって拱手を返し。
「子昌殿、御無事な様で何よりだ。色々と話は聞いた。大変だったな」
「いやぁ……父上に怒られ殺されなきゃ良いですけど」
そう言うと目を見開き。
「先生とは会ってないのか?」
「ええ、何せ父上とか会った瞬間に即説教開始でしょうからね。それだけ怒られる事をしてしまいましたし張梁ブチ殺せそうなんでメチャクチャ駄々捏ねて付いてきました。それに確認したい事も有りますし」
「……うっそでしょ」
……オイ。全員ビックリし過ぎだろ。絶句は止めろよ。
いや、それどころじゃねぇわ。
「ところで董東中郎将に付いて伺いたいのですが。どう言う人物だったかとか特に名を。父上の後任だったと伺いましたが」
うわメチャクチャ嫌そう。
「名は卓だそうだ」
玄徳殿が苦虫を濃縮して噛み潰したような顔で言う。うわマジかよもう董卓じゃねぇかフザケンナ。つーか何したら此の顔になんの?
「簡雍」
周りを固めていた一人が片眉を上げる。いつの間にか皆が立っているのに一人だけ積荷に腰を下ろして欠伸をしていた男だ。妙にちゃっかりしてる。
「何だ劉備、俺に言えってかい?」
「子どもに聞かせられる程度にな。喋るのは得意だろ? 頼むよ」
「しゃーねーなー」
そう言うとのっそり起き上がって頬を突き。
「坊ちゃん。初めましてだな。俺は簡雍って者だ。字は憲和、よろしくな」
「盧繁、字を子昌です。よろしく御願いします憲和殿」
「こりゃ礼儀正しい坊ちゃんだ。気張って話ますかね。さて東中郎将に付いてだったな?」
「はい」
「基本的には剛気で豪胆な猛将だ。力が強く常に陣頭に立ち敵を屠って褒美を惜しまない。精強な異民族の騎兵を縦横に用いて全てを突破していく。
だが何度目かの戦いの時に成果を出せなかった部下を惨殺してな。確かに酷い負け方をしたんだが、一昼夜に渡って全軍に罰を受けた将の断末魔が響いた。しかも漢族羌族問わず晒し首だ。
確かに朝廷が免職させなければ広宗は落ちていただろう。だが同時に官軍の半数が死んでいたと思うな。酷く有能で異民族を帰服させる器を持つ男だが何より恐ろしい男だよ」
有りえねぇくらい董卓じゃねーか! 最悪すぎるんですけど!! あーもう乱世まで早いよコレェ!!!
「俺、仇ブチ殺したら幽州で隠居します」
「本当にそうした方が良いと思うぞ」
脇から玄徳殿が言った。
「もう当分の間は治世には戻らない。どうしたって乱世になる。畑を耕し私兵を雇い身を守った方が良い」
「……でしょうねぇ。陛下も何か狙ってるみたいですし。鴻都門学と名士は、まぁ大丈夫かな。でも外戚宦官が居ますし袁家も次代が怖い。俺は弟の世話でもしてますよ」
「どれが良い。さ、我等も荷積みを手伝おう。此方は済んだからな」
おっしゃ運ぶか。仇ブチ殺せりゃ良いなぁ。あ、コレはまとめて運んじゃお。
「丸太を纏めてなんて子昌殿は相変わらず力持ちだなぁ……」
「見ろよ兄上、祝郎。雲長殿も益徳殿も凄い顔だぜ。憲和さんは、笑ってんな」
「良いから手を動かせ展。先生の御子息が働いてるんだ。俺達もやるぞ」
……劉備の親族衆は何見てやがりますかね。
劉亮・祝郎(?〜187)
正史にも演技にもいない劉備の同母弟。張純の乱で死亡。簡雍の母方の従兄弟?
劉義・徳然(?〜187)
劉備の従兄弟。上と同じノリ。
劉展・徳公(?〜187)
同上。