ビビデバビデブー
紅い流星を古来蚩尤旗と呼ぶ。日の出前の薄明の空。其処に流れるのは閃光燃える様な赤の中に残る暗闇の残滓。藍色にも似た深い紫色だった。
その代わりなのか転じて黒い大地には蚩尤旗が伸びていく。朱くて赤い紅一条の隊列が轟音と和声を発して進んで進む。
先頭には人である。断じて銅で出来た獣の身体に角の生えた牛の頭と鳥の蹄を持つ怪物などでは無い。ただ彼の後には赤旗と明松が伸びていた。
「全部カチ割れ!! もうマジ許さん!! ドイツモコイツモ邪魔シヤガッテ!!!!!」
先頭の男が片腕で大斧を振り回しながら壊乱する敵の背を斬り飛ばし殴り飛ばし人馬の亡骸をもって骨肉を混ぜた血の津波を暗闇に産む。
回転する大斧は時折人を巻き込んで前方へと屍を斬り殴って射出し、飛んで跳ねては弾けたり叩きつけられたりして戦友を巻き添えにした。
重鋭な斧の刃に当たった者は幸運だ。直ぐに絶命が出来るのだから。
長大な斧の柄に当たった者は悲運だ。激痛と共に死を待つのだから。
斧の一撃、斧の射出、それらから逃れても矢と鉄騎の馬蹄に踏み躙られる。
流石の麴義軍も恐慌に陥り総崩れの状態となった。
惑う万軍を横断して一条の赤い流星。
その様は正に蚩尤だった。
「逃げろ!!! 一人でも!! 生き残ってくれ!!!!」
そう叫ぶのは総大将だった。今や雑踏の中で己の家臣達を一人でも生き残らせる為に声を張る悲しい将軍。栄光の絶頂から絶望の奥底へ叩き落とされた男。
千にも満たない兵を率い公孫瓚と白馬義従を壊滅させた天才的猛将たる麴義。そんな彼の前に絶望が雪崩れ込んできた。直ぐ麴義を守ろうと兵達が集まる。
周りの兵は壊滅して壊乱した。騎馬隊が止まっても何も出来ない程に錯乱して錯綜。蚩尤が大斧を担ぐ。
「せめてさぁ……俺が洛陽帰るまで兵動かすなっつったじぁゃん……!!」
ガチガチと麴義の葉が音を立てる。それ程の声色とそれ程の怒気。精兵達が武器を構える事しか出来ない。
ゆっくりと蚩尤が乗る馬が前に。その覇気と怒気は静かな動きに反して激烈で。
「一つ。降伏か鏖殺。どっち?」
「降伏!!!!!」
麴義が即座に頭を地面に叩きつけ精兵達が続き波の様。教本に残すべき最善の奇襲と人では無い怪力に心は折れていた。まぁだいたい盧繁の警告を周りがガン無視したのが悪い。
「いいよ」
その光景を見ていた者が居る。歓喜に震えながら絶叫を上げて。そして易京の城の門が大きく大きく開いた。
「盧繁よおおおおおおおおおおおおお!!!」
叫ぶのは公孫瓚。白馬に跨り唯一人。助けの無い籠城。敗北の後の窮地に来た師の息子。天佑と言わずして何であろうか。
公孫瓚は盧繁の元まで進み大きく息を吸い。
「よく来てくれた!!!!!!」
バッと大きく両手を広げ固まった。
「煩ぇ逆賊ボケェッッ!!!!!!!!!!」
「ゴボェ——」
そして斧の柄の一発をくらって地平に沿って真横にブッ飛ぶハメになった。
「劉虞殺すのだけは止めろっつたろうがコんのタァコ!!!!!!!!!!!!!!!」
そりゃ公孫瓚は劉虞を宗室ぶっ殺したから完全にアウト。しかも一番頼りにされてた宗室だし。何なら父親の弟子だったと言う関係があるせいで盧繁も疑われるからしゃーない。
「何でドイツもコイツも人の話きかねぇのマジで!!! せめて襄賁候を殺さなきゃコッチで穏当に済ませられるっツったのにコノボケカスがよお!!!!!!!!」
盧繁は溜息を一つ。
「易京を抑えろ!!!!!」
天下に激震が走る。
公孫瓚が盧繁に捕まった!
創業未だ成らずして 公孫瓚ついに逝く。
(未だ逝ってない)
〓盧繁〓
あー。勢いで行動するもんじゃ無いなマジ。なんコレ……。
「匈奴、烏桓、鮮卑との交易は地は分けて。頭目の一族を人質として預かる場合のみに限り異民族の城中へ入れて良い。何かあった時は双方の納得出来る状況かどうかが大事だから県令じゃ無くて郡守の管轄で」
竹簡多いよ。いや公孫瓚の一族を勢いで捕らえちゃったからアレだけどさ。何コレ。
「人攫いを等しく殺すのは勿体無いか。なんか適当に労役させといて。食料生産と河川の手入れとか中心で」
「は……」
……ビビりすぎだろ。未だ二十の青二歳に。確り働きゃ公孫瓚だけで他に類は及ばねぇ様にするっつったんだけどな?
いや、それよりだ。
に、しても困った。
「あのオッサンふざけんな。何で政務官が碌に居ねぇの此処。
幾ら軍ってのが街の経営みてぇなモンだって言っても限度があるだろ。そりゃ拡大解釈で多少はやれるが場当たり的なモンにしかならねぇってこんなん。
そもそも足りねぇから取るくらいの話しかしてねぇじゃあねぇか」
いや幽州なんて他と比べりゃ人口カスカスだから何とかなるけどさ。時代的にしゃーないで済まない丼勘定ヤメロや。
……いや待て。
コレ……正直キリがねぇ。
……仕方ねぇ。
「全軍招集だ」




