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不幸中の幸い

 弘農郡に駐屯し東方に備えていた涼州勢は大混乱に陥っていた。


「どういう事だ!! ありゃ援軍だって李粛の野郎の軍だろ!! 裏切りやがったか!!」


 牛輔が恐怖と憤怒を合わせた顔で吼える。視線の先には自軍に襲いかかる李粛軍。余りの事に混乱し血の気が引いて頭が回らない。


「牛中郎将!!」


 牛輔が振り向けば革鎧を纏った討虜校尉。ぱっと見は非常に細っこい三白眼の男だ。その三白眼には切迫と理知が巡っていた。


「ッ!! あ、ああ。文和さん。って、なんで入って来てんだ!!」

「申し訳ない!! だが今はそれを酌量出来る状況にありません!! 即座に軍を動かし敵へ逆撃を与え、散っている味方に合流する様に伝令を!!」

「い、いや、だが……」


 牛輔は動転して唯敵軍を見ていた。だが一刻一瞬を争う事態である。討虜校尉こと賈詡は煩わしそうにしてから敵に手を広げ。


「落ち着いてご覧下さい!! 我等は気勢で劣れど兵数では勝る!! 敵に反撃を与えれば勝ち、与えられなければ殺される!!

 さぁどうか号令を!! 今すぐに味方を集め敵を殺せと御下命ください!!!」

「あ、ああ……クソが!! 誰か李傕、郭汜、張殿の所へ伝令を出せ!! 全軍で迎え討つぞ!!」


 牛輔の発言が終わる前に賈詡は外に出る。困惑する兵達を高所より見下ろして。


「牛中郎将の命である!! あれなる造反者を殺せ!! 前へ進み敵を殺せ!!」


 その動きは荒ぶる猛牛の群れの様だった。大将でさえ訳の分からぬ内に攻撃を受け訳の分からぬ内に攻撃をする。狂乱怒涛の猛進が奇襲側の対応力を飽和させたのだ。


 問題はその後。夕食の最中に兵の一人が言った。言ってしまったのである。


「ありゃあ李粛の軍だ。俺達は朝敵にされるんじゃねぇのか? 奴ら長安に逃げたぜ」

「バカ言うんじゃねぇよ。コッチは相国様の軍だぜ? 并州の謀反人なんざどうって事ねぇさ」

「東中郎将も来てくれたしな」


 そんな話がいつの間にかだ。


「自分達は朝敵にされた」

「見捨てられた」

「帰路を封鎖された」


 こんな余りにも最悪の形で情報が削れ湾曲し広がってしまう。それは此の状況の所為で伝播を早め混乱から狂乱へと移り変わってしまった。

 何より拙いのは東中郎将の董越を牛輔が殺してしまった事である。元来臆病だった牛輔が此の事態に猜疑心を爆発させて占いに頼った迄はいつもの事。だがその占い師が董越を恨んでおり牛輔に流言を流し込んだ。

 いや此の場合は牛輔は本人は漠然とだが意図的でさえあっただろう。何せ董越は東中郎将であり僅かばかり牛輔より立場が上と見られる状況だったら。

 結果として董越麾下の部隊が逃散してしまい牛輔の軍勢にそれが波及したのである。


 董卓の娘婿。牛輔は逃げ出した。


 〓賈詡〓


 あぁあああにぃ?! 此のクソッタレなジョーキョーはあああああ!! ッザっけんナ牛輔ボケェ!!!


 死ね!! 死んだら困るけど死ね!!


 いや、文句言ってる場合じゃない。同士討ちが発生している。兵の数こそが生命線だと言うのに四方に逃散していく。


「私では落ち着かせられない……クソ!!」


 何せ私みたいな陰険なのは信用なんてされませんからね!! このクソ!! ああ如何しましょうか。もう面倒だから勝手に帰りたいが状況的にそれをすれば残党として殺されて終わる。一先ず麾下の兵達で固まるとして張校尉が居てくだされば兵を取りまとめられたと言うのに!!


 いや、希望的観測を捨てろ。何より状況が分からん。今は憶測でいい。


 私達を殺すには少なかったが李粛の個人の謀叛や造反と言うには軍の規模が大きかった。そもそも援軍として来たのだから朝廷が掌握されたと見て先ず間違いないだろう。


 ……ッ!!


 と、すると……。


「ど、如何しました校尉」


 しまった。兵士を不安にさせてしまうとは熟く愚かだな。よりによって、だ。


「ああ、済まない。郭校尉の軍を見つけた。皆で迎えに行こう。一先ず騒乱を止めねば」

「流石です校尉。急ぎましょう!!」

「ああ。皆、苦しい状況だが耐えろ!! 私は死にたくない!! 皆で生き残るのだ」

「「「お、おおお!!」」」


 よし。これなら何とか。


 しかし考えたくもない最悪だが、あり得る。

 いや可能性は極めて高い。考えれば考える程に可能性が高まる。下手人は并州勢だろう。


 ……そして、クソ。


 相国様は殺された。


 ……感傷に浸っている場合では無いか。


「郭校尉!!」

「ああ? おう。賈の先生さんじゃねぇか」


 ……諦念。いや、それも有る。有るが呆れ、か? この状況で!! この状況で?! 何を呆れてんだこのバカ!!


「郭校尉。即座に声を上げ兵を纏めていただきたい。一刻を争う」

「あー。あー? わざわざ腰抜け供を引き止めるのか? 要らんだろ。兵糧の事を考えりゃあ邪魔だし単純に如何しようもねぇ。だいたい牛さんは如何したんだよ」


 兵糧は腐るほどあるだろうに……。いや無駄遣いする物では無いが。あ……違う、寧ろ単純に将軍としての考え? 

 ああ、悪い癖だ。また無駄に考えてしまった。


「牛中郎将は行方不明です」

「は?!」

「これは状況からの推察。仮定の、おそらくと言うべき状況ですが謀叛人に長安が抑えられた可能性がある」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

「申し訳ないが無理だ。援軍と言う話だった李粛の軍勢から攻撃を受け退けた。それは退けたものの兵が錯乱し牛中郎将が董東中郎将を殺してしまったのです」

「あの、腰抜け!! それでか!! いや、謀叛人に長安がってのは……」


 ああ、ゆっくり説明すべきだろうが、暇が無い!!


「もし長安が抑えられて居た場合は身を守り敵の動きを単純化させ攻撃を躊躇させる為に兵数を多く集めておく必要があります」

「なぁ……そらぁ本当かい? 先生さんよ。間違いねぇってのか……」

「ええ。外れて欲しいですが奇襲をかけて来た敵の数を鑑みれば可能性は高い。少なくとも相国様が動けない状況なのは確かでしょう」

「!!……。おいおい。思ったより拙いじゃねぇか。いや大将に限って遅れはとらねぇだろうが、クッソ!! 子昌の坊ちゃんがいりゃあな……」

「さぁ郭校尉は軍中で名だたる猛者の一人。貴方の言葉であれば兵達も一先ず落ち着く。その一瞬が生死を分けます」


 頷いてないで早よ。


「慌てふためきやがって喧しい!!! ブチ殺すぞテメェ等ァッ!!! この郭汜が来てやったぞ!!! 

 それ以上に安全なとこなんざ余りねぇだろうが!!!」


 そこは無いって断言しとけよコイツ。だが矢張り兵の注目が集まった。


「皆、聞いてください!! 討虜校尉の賈詡にございます!! 既に牛中郎将の伝令によって味方が此処に集まっている!! 張校尉と李校尉が集い此処に居られる郭校尉も居られれば我等を襲える敵も追える敵も無い!! 

 諸兵!! 落ち着いて飯を食おう!! 落ち着いて集え!! それが安全に繋がる!!」

「おー。あんた将軍もやれんじゃねぇの」

「過分な御言葉感謝致します」

「詳しく頼むわ。李傕も直ぐに来るぜ。誰か、伝令に行け!! 他は兵達を纏めとけ!!」

「どうぞ校尉。何も無いですが」

「ああ」


 さて、奪った兵糧は多い。ただ兵糧の余裕はあるが時間は無いな。残存兵力を統合して長安へ帰還するのが第一義。

 陛下の身柄が在れば何物にも変え難いが、まぁ先ず有り得んだろう。我等を攻撃する様な手を打つ者がそれを手にして居なければ既に終わっている。

 如何考えても私達は長安を抑え元より優位な兵数で他を圧倒する他かない。涼州勢と相性は悪いが朱将軍を此方に引き込めれば戦力的な不安は払底されるが。難しいだろうな。


 盧北中郎将が居れば……。

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