護身術初歩編
ゴッと鳴動した。数ヶ月前に起きた地震を思い起こす振動。神の技である。
地は蜘蛛の巣状に砕けていた。
だがそこには何も無い。
粉塵のみ残る。
「あ——」
砕けた地面から離れた位置で声を上げた男が消えて、木の棒を振り抜いたままに不動の盧繁が現れ即座に構え。
「ふぅ……」
盧繁が残心と共に溜息一つ構えを解いて振り返る。すごい遠くからドッポーンと聞こえ続いてザァ......と飛沫の落ちる音。
「だいたいこんな感じです」
「いや、どんな……感じ」
皇帝が白目を剥き弘農王劉辯がドン引きしながら言った。盧繁は当初は自分も思いそして散々言われた感想に苦笑いを浮かべる。今でこそ便利程度な思いしか無いが自分だって異常、というか何このパワー的な疑問は深い。
「まぁコレは本気と言っても殺す気じゃあ当然ありません」
盧繁はスタスタと池へ向かっていく。浮いている兵を棒を使って引き上げた。そのまま焚き火の前に置く。
何かピザ焼く光景を想起しながら。ピザ食べたいなぁと思いつつ。
「その上この方も中々出来る。攻撃を受ける際に自分から跳ねていました。まぁおかげで落下先が池になっちゃったけど……」
「安易に盧繁の強さを知りたいなんて思うんじゃなかったよ……」
「まぁ殿下も陛下も身の危険があれば逃げるが正解です。とは言え身を守る最低限は必要でしょう」
盧繁は少し考え。
「受け身なんかもアレだけど……。まぁ気持ちからかなぁ。陛下?!」
「え? うお?! 協!!?」
二人の驚きの声に白目を剥いていた劉協がビクゥとして。
「し、失礼……いや、すまない。余りにも吃驚しすぎた」
「ハハハ、まぁ受け身とか、相手と距離を取るとか、相手の手を見るとか。まぁ、そもそも戦わないのが良いんですがね。色々ありますが一回俺が本気で殴りかかるんで目ぇ開けといてください」
劉辯と劉協は凄い顔になった。
「まぁ心構えってやつです。一回経験しとくと万が一の時に動けるかもしれない。かもしれない……かな?」
盧繁が困った様に笑って言えば。
「えぇ……。子昌、えぇ」
「それは朕もどうかと思うぞ盧繁」
ドン引きしてた。
「でも幼少の頃怖かった夜の闇も慣れた今は怖く無いでしょ」
「どうしよ……協。納得しちゃった」
「……兄上。まぁ、だが。そうだな、うん。盧繁、朕に逃げる事を教えてくれ」
盧繁は少し考えてから。
「んじゃあ追っかけるんで逃げてください」
そう言って木の棒の束を担いだ。
〓劉協〓
「いやあああああああああああああああ!!」
またチュインと聞いた事もない音がして耳に鋭い風を感じた。次の瞬間には視界の右端に粉塵が立ち上り慌てて左に方向を変える。胸が裂ける様に痛く足も悲鳴を上げているが動く事を辞めれないし辞められない。
「流石は陛下!! そうです!! 逃げる事が何より大事!!」
一寸も距離が変わらない!! 足を緩めて距離が縮むと何かが飛んでくる!! 逃げ方を教えてくれなんて言わなきゃ良かった!!
「良し。十分かな。陛下、ゆっくりと速度を落としてください」
「え、あ、う、うむ」
息さえ、苦しい。
「弘農王殿下も御苦労様です」
ケ、ケロッとしてる……。
「まぁ御両名共に体力は付けた方がいいかもしれません。あとこの練兵場みたいな広い場所は相手を見ておかないといけないとかありますが。まぁ基礎的な鍛錬をした方がいいですね」
「ハァ……ハァ……何を、ゼェ、すれば?」
「超、走る」
……えぇ。
「気持ちは分かりますが大事ですよ走るのは。俺も俺の兵も城の壁に沿って一周する様にしてます。身体が出来てないと何をしても意味がない」
「盧繁は、どこの、城を?」
「俺は基本的には洛陽の城壁で今は長安の壁です。まぁ陛下も練兵場を一周くらいは走れる様にした方が宜しいかと。最初は歩く事から始めてください」
「そうしよう。フゥー。盧繁、今日は済まないが疲れた。下がって良いぞ」
「承りました。では失礼を。……深く感謝致します」
盧繁が足早に帰っていく。……何とかならんものかな。
「協、盧先生の体調。やはり如何にもならないのか」
潰れたカエルのようになった兄上も言う。非常に拙い状況なのは私でも分かる。あのお方は朝廷の支柱だ。
「数多の名医を呼びましたが治療は不可能だそうです。既に肺に水が溜まっていて長くは無いと。また盧繁達が言うところによると人に移る疫病だと」
「そんな……」
「幽州で流行った事があった疫病だそうです。その時の経験から罹った者に会うには口に布を当てるなど用意の必要があると。何でも会った後は手を洗い熱湯で着物ごと洗えば他者に移る事は稀だそうですが……」
「己の父と会うのにそんな儀式が必要なのか」
「はい。また肺に水が溜まると先ず生き残れないとも。医者と同じ事を申しておりました」
「……であれば今日の無茶も頷けるな」
「そうですね。先生の快癒を願う事しか出来ません。あぁ……」
長安への遷都を行いこれからという時。しかし朝廷の支柱が倒れ要が無くなる。天よ漢朝を見放してしまわれたのか。




