待つ覚悟はあるけどそれはそれとしてマリカやりたい
兗州東郡東阿に官軍が駐屯していた。其の軍勢を纏める糸目の将が顳顬に指を添えて竹簡を眺めている。其の表情は嘆きに染まり非常に難しげだ。
「義父上様、またですか」
十代半ばの青年が己より五つも幼い子の相貌を思い起こして、恐怖に近しい感情さえ抱きながら問うた。
糸目の将は振り返り才ある娘婿に頷いて見せる。才を見込み己の娘を預けるに足る青年を恐怖させる程の戦意を発した子。己の手に握る竹簡を一瞥した。
その竹簡は共に軍を纏め先鋒を任せた護軍司馬傅爕、字を南容よりの前線の事を書いた報告書で相談である。
「その通りです射援。南容殿より例の子の事を如何にかしたいとの要請です。彼も説得を繰り返していますが……」
「未だ陣を離れませんか。孫夏の一族だと言う孫仲を討ったのに。唯ならぬ者だとは思いましたが、何とも」
「ええ。私が陛下に上奏したとも書いたのですが、子幹殿が牢より出されるまでは従軍させて欲しいと」
「何と……護軍司馬殿は?」
「黄巾の矢に倒れた兄君の事も有ると懇願されたようです。南容殿も帰る事を勧めて居ますが家族の仇討ちと言われれば義侠たる彼は強く言い難いでしょう。何より集った兵が孝行者だと肩を持ってしまう有様だと」
「それは……」
「ええ、素晴らしい事です。戦場に出るのが冠礼さえしていない子供でなければですが。全く余りにも痛ましい」
己の語気が少々強くなった事を自覚し糸目の将軍は溜息を漏らして。
「射援、梁中郎を」
「動きますか義父上」
「ええ、倉亭に強襲を仕掛けます。これを見るに敵は倉亭津より河向こうへ撤退しようとしているのでしょう。理に適いあの子を早く帰せるでしょう」
此の糸目の将は倉亭津へ急行し護軍司馬傅爕と合流。そして敵大将の卜己、また張伯、梁仲寧を生捕りその首を叩き切った。上げた賊徒の首級は七千に登る。
姓を皇甫、名を嵩、字を義真。
後漢末最高の将である。
〓盧繁〓
「イウアブ、ダンダンアア……アウエノカタウアウアンアうオオオオオオおおおおおおおおん!!」
「何を言ってるか分かりませんが有難う御座います南容殿。随分と御迷惑と御心労を御掛け致しました」
マージで何言ってんのカワカラン。頑固ジジイって感じの南容さんがバチクソ泣きながら両肩を掴んでる。ただ鼻水は垂らさないで欲しい。
「戦は済んだのだ。兄上の仇は……以下、泣き声だな」
「太守も別格の計らい感謝申し上げます。でも何で何言ってるか分かるんですか」
東郡太守の楊殿は道案内と兵の駐屯地の折衝で来てた人だが、伯献叔父から言われてるからって色々と便宜を図ってくれた。
あの朝廷で父上を庇ってくれた大尉の人が言ってた人だ。
便宜ってのは早い話が飯や住処や武器の提供だ。特に馬とか人間の十倍は食うしメチャクチャ助かった。マジで頭上がらん。
「気にするな破天荒な孝行息子殿。叔父上の言葉だし馬二匹に子供の飯など安い安い。気になるなら出世払いで頼むぞ。その方が見返りも大きそうだ。……あの言葉が何故分かるかは、まぁ何となく、だな」
「非才の身では有りますが御恩忘れません」
「……嫌味になるからお前は非才とか言わない方がいいぞ」
え、すげぇ真顔で言うじゃん。俺は頭は良く無いぞ。いや力はキモいくらい有るけど。
「……承りました」
「……大丈夫かなぁ」
……そんなアホ犬見るみたいに見ないで欲しい。
「ズビっ」
……南容さんは鼻を啜らないで欲しい。んで布でゴシゴシ顔を拭ってっけど……。布ベチョベチョじゃねぇですか。
「子昌、此度の事で君の父君は必ずや救われるだろう。次にいつ会えるか分からんが君の成長を楽しみにしている。我が子も君の様になって欲し、い、うーん……」
「いや護軍殿、そこは言葉を濁すなよ。気持ちは分かるが、あ」
オイコラ恩人テメーら気まずそうに目ぇ逸らすなコッチ見ろコラ。
いや、まぁ、同感だけど。十歳児が戦場って普通に邪魔だろうし。
何より俺は自分の事だから良いけど自分の子供が戦場はヤだわな。
「何か、すまん。子昌」
「悪かった孝行息子殿」
……止めろや。こっちが申し訳ないわ。
「気にしてませんので御気になさらず。それよりも南容殿にも感謝申し上げます。孫仲を討てたのも偏に皇甫郎中の隊に私を入れて下さったが為。
その後の事は本当にすいません。兄上の仇討ちの本懐を遂げられなかったのは心残りですが。とにかく御迷惑を」
「……うむ。もう諦めたが。全く難儀な世に難儀な才を持って産まれたな。心して生きるのだぞ子昌。乱を治めるには豪傑の力が不可欠だ。お前は此度の戦で名を上げ過ぎた。重々気を付けてくれ」
「肝に銘じます」
まぁ三国すんだろーしな。ただ5年くらいは気にせんで良いだろ。黄巾の乱から董卓まで何年か知らんけど。
……まぁ俺の年齢が年齢だし。
ダイジョブダイジョブ。
だよな……?
「一先ず使者が来る筈だ。それまでは俺が世話をしよう」
「お世話になります太守」
うわマジで頭上がんね〜。
「失礼致します!!」
ふぁっ?! あ、伝令か何かか?
「朱右中郎将様の司馬、超子並より至急の伝令を持って参りました!! 皇甫左中郎将殿はいらっしゃいますでしょうか!」
あらエラく立派な。あと声デケー。
「皇甫左中郎将殿は兵の天幕の確認中だ。今、呼ばせるので待って居てくれ。私は護軍司馬の傅南容と言う者だ。失礼だが使者殿の御名前は?」
「張儁乂と申します!!」
「宜しく頼む。すまぬが誰か、儁乂殿に水を持って来い。それと馬の世話だ」
「辱く!!」
随分元気な兄さんだな。
「——そうして冀州河間郡バク県にて募兵に応じ子並様の麾下に置いて頂きました」
「おお、では張司馬と同族か。そうかもしれんとは思っていたが。豫州で共に戦ったが戦の才も然る事ながら文才に驚いたものだ。二つの才を持つとは羨ましい限り。君も頑強な体躯をしているなぁ。頼もしい事だ」
「子並様に代わり御礼申し上げます!! また過分な評価感謝致します!! 傅護軍司馬程の言葉に恥じぬ様に努めます!!」
確かに儁乂さんは強そうだ。
ん? あ。
「お待たせ致しました。私が皇甫嵩です」
その言葉に儁乂さんが即座に拱手しながら跪き。
「御初目に御座います!! 張儁乂、朱右中郎将の司馬、超子並より至急の文書で御座います!!」
そう言って竹簡を出せば皇甫将軍は受け取った。
「御苦労様です」
そう言って竹簡を広げた。眉間に皺を寄せ竹簡を睨む様に読む。まぁ糸目だからアレだけど。
「……これは真ですか。大敗はしないでしょうが、しかし。……いや、状況が悪過ぎる」
え、何そんなヤベーのか?
「ああ、失礼しました。子幹殿の後任に付いて宛城へ向かう前に伝えてくれたのです。もしかしたら、もう負けているかもしれないのですが」
「義真様、一体誰が? いや何が」
南容さんが聞く。マジ勝ち戦に水を注すってレベルじゃねーぞこれ。何事だよ。
「後任は河東太守の董仲穎殿です。羌族と戦った戦歴で言えば並ぶ者は居無いでしょう。野戦にて類を見ない指揮官です」
「……それを広宗に?」
「広宗に、です」
「攻城戦の経験は?」
「ほぼ無いと言って良いでしょう。無論、普通の状況なら問題は無い筈です。しかし不慣れな戦に名将で有ると思われ駆り出されてしまっている。
その上で子幹殿があの様な目に遭った後となっては功を急がざる終えません。何より朝廷も余裕は無く宦官は左豊と言う汚点を多少でも小さくする為に広宗が即座に落ちた方が都合が良い。焦り攻撃し逆撃を受ければ対応が出来るかどうか。
その一度の敗北を朝廷が許すかどうか。仲穎殿は死にますまい。しかし乱は続きます」
うわぁ……。
全員が絶句した。するよそりゃ。バカかな?
……ん?董仲穎。
聞いた事が、あるような?
いや、ンなまさかね。
……違うよね。
董卓の字じゃないよね?!
孫仲
演義に出て来る黄巾賊の将。史実に元ネタが居て孫夏。この話では孫仲は孫夏の一族設定にした。
梁衍
後々に皇甫嵩の長史、秘書参謀長として出て来る人。だから中郎にしても良いかなって。
楊衆
弘農楊氏。東郡太守。何か朱儁の副将格に刺史いたし太守くらいなら良いかなって。ただ普通に皇甫堅寿で良くね?って今思った。
皇甫固・堅寿
名は適当。皇甫嵩の息子。ただ書に出てて来るのは皇甫堅寿。珍しい二字の名なのか字なのか分からんので名前を考えた。
張超・子並
朱儁の下で司馬として戦う。後に別部司馬なのか最初から別部司馬か分からんかった。あとたぶん張郃と同族。