最後の晩餐
司州京兆尹長安。洛陽に比べて無骨で奔放な宮殿で文武百官が座していた。皇帝を前に喧喧諤々とした遣り取り。
「曲禮曰く不敬するなかれ、儼若と思い定まった辭を安んじる。安民かな。
傲を長ずる可らず欲に従う可らず、志を満たす可らず楽を極める可らず。
処罰は免れませぬ。袁紹めの傲を長じさせ欲に従うを許容し悪しき志を満たし反逆という楽を極めた。その責は重い事でしょう」
「苛政は虎より孟なり。袁次陽殿の働きを鑑みれば恩徳を絶無させれば流民も増えます。袁紹は兎も角も一族全てとは苛烈でしょう」
その喧喧諤々たる議論を終えた彼等は皇帝の決定を待つ。
「袁紹の乱に対する対応についてであるが評議を鑑み袁紹を車裂きとする事については同意するところである。
しかし袁紹とその一族はともかく太傅についてはこれまでの功績と忠勤を鑑み、袁隗と袁基に袁紹と通じていた袁隗三子のみ贖いを命じ他の一族は奴婢に落とす事とした。
とは言え朕は未だ未熟で有る。故に群臣の考えを聞きたい。誰か存念はあろうか」
皇帝の問いに誰も声を上げる事は無い。劉協は小さく誰にも分からない程度の溜息を吐いてから大きく息を吸う。袁家の門生故吏さえ罰の軽重に不満がある。
袁隗に恩を感じている者からすれば漢王朝の徳による政治から鑑みて罰が重いと考えているし、袁隗に然したる縁の無い者は汝南袁家の成人全員の処刑程度は必須と考えていたいたのだ。
そうなるのは当然の事で董卓は自分の裁定とするつもりであったが劉協は今回、敢えて自分で刑罰を下す事にした。劉辯が王匡軍を攻撃する為に出陣したという事実で様子を見た上で己も袁紹に対する本心を僅かに発露する為である。
「朕は太傅を信頼している。故に此度の判決は規範が為に仕方のない事だ。乱を鎮圧する者の奮戦を期待する」
文武百官が首を下げる。
「以て南において賊に与した李旻、張安を討ち取った中郎将徐栄。北で凶賊王匡の軍を壊滅させた相国の功は大だ。追って褒美を取らせる事とする」
それだけ言うと皇帝は席を立った。
〓袁隗〓
うむ。皆揃ったな。よしよし。
「さて皆の者。我等汝南袁家の末路は決まった。随分と温情深い裁決じゃ」
辛気臭いのは好かん。これに限るわ。
「さぁさ我が最後の宴。付き合うてくれ」
相国殿と子幹殿に頼んでおるから酷い事にはならんじゃろうがのう。
「さぁさ皆の衆。飲や歌え。食い笑おう」
うむ。これは熊の手か。野味が強いがそれもまた良し。四海の贅を食らう。ふふ、これだけは辞められん。
「おお、これは膾か」
おお、なかなか。まぁこの際せっかくと食ってみたが良いものだな。生姜と合うわ。
「叔父上、鷓鴣の羹は頂きましたか?」
「おお! これは鷓鴣か! 羊肚菌を乾燥させた粉末が入っとるぞ」
「それは、叔父上が食べるのを控えていた。確か関係ございませんが酒と飲むと酷く酔うのでしたね。いやはや香ばしいですね」
「そうじゃ基よ。お前の好きな象抜と駝峰も用意させたぞ。この後出てくるじゃろ」
「ああそれは楽しみだ」
お、音曲が始まるか。良いのう。
……。
…………。
………………。
…………。
……。
「叔父上、叔父上」
む。
「叔父上。お疲れですか」
「ああ、すまん基よ。気が付いたら寝ていたか。良い曲であった故な」
「叔父上は豪胆ですな」
「言うな。ささ楽しもう。一昼夜飲み明かさねば。おお丁度いい」
「象抜と駝峰じゃ」
「ささ叔父上。目覚めの一杯を」
「おお、すまぬな」
あぁこれは故郷の酒か。舌に馴染んだ味よ。うむうむ頭も冴える。
さて子昌殿の言葉を信じて王允を調べてみたが証拠こそ出なんだが怪しいものじゃ。此度の事も司徒に任じてみたが妨害はせなんだが儂を救う事もせなんだ。まぁそれは当然じゃが軍権は与えるべきではないと伝えたし対策は十二分じゃろう。
そも朝廷のこれまでの失政によって政治を担えるものが少な過ぎる。なにぶん長期的に政を担った者が少な過ぎるわ。
「うぅむ……」
「如何いたしました?」
「ああ、いや。何でもない。これも美味い」
まぁ子幹殿が居れば十年は問題は無かろう。そして十年も経てば子昌殿が居る。
優達は子昌殿に下賜され武曲として功を立てる事になろう。頌姫が女子供の世話はしてくれる。であれば憂う事は一つもない。
……ああ、よく飲んだ。よく食べた。良い生であったわ。
もう朝か。
よし。
「長生七十年余り。四海美酒珍味を併呑して喰らう。終生鴆酒を正味す」
随分と強い酒じゃ……。
眠いの、う。
袁珍・仁達
名は適当。袁隗の三男。袁仁達とだけ出てくる。隗は大きい、優れる、珍しいって訓読みがあるんでそっから取った。なんか袁隗が殺された時に三子(三人の息子)も殺されたって何処かで誤字ってるらしいから三子(第三子)的なノリで。状況が近い馬超の反乱の場合も残った親族ぶっ殺されてるから如何考えても三族皆殺しだけど。
袁優・懿達
名は適当。袁隗の次男。上と同じ感じ。




