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バイーン

 陣屋の中は殺意に沸いていた。ソレが向けられるのは朝廷からの使者。髭の薄い首が埋まる程に肥えた輩だ。

 だが殺意の中で平然とナヨナヨしい気持ちの悪い声で笑っている。それはもう醜悪な匂いを撒き散らす気持ちの悪い顔でだ。

 誰もが皇帝の側に侍る小黄門を称す者への警戒を解かずにいた。皇帝の権威を傘にきた余裕の笑みで拱手一つ。


「いやはや何とも申し上げ難い。が、しかし単刀直入に申しまして陛下は北中郎将殿の進軍が止まった事を憂いております。故に此の左豊めをここへ使わしました」


 盧植は不動。それをニヤニヤと片目のみを開けた目で見る。高みの見物と言わんばかりの顔。挑発だった。


「ですが御安心を北中郎将殿。此の左豊めが確と陛下に事実を申し伝え御安心頂きますので」

「そうか。宜しく頼む」


 盧植は淡々と言葉を返した。慇懃無礼の一歩手前である。宦官に対する嫌悪。また謀略であると察していたからだ。何をするかは予測出来ている。


 宦官を中心とした濁流派とはそう言う連中であるし露骨に政敵であった。


「ええ、御任せ下さい北中郎将殿。しかし斯様な所まで参るのは難儀いたしました。いつ黄巾の連中に襲われるかと身も震えまして。帰りの安全の為に兵を雇いたいのですが賂を頂けませぬか? まぁ私としては銅臭でも構いませぬが。いや寧ろ銅臭こそ嗅ぎたいもので」

「そんな物は無い」


 此処は戦場である。戦と言う無限に物資を飲み込む場で賄賂の要求など通る筈が無い。左豊は満面の硬い笑みで。


「……成程、なぁるほど。では失礼を。御武運をお祈りしておりますぞ。北中郎将殿」


 その怖気立つ笑みのまま拱手一礼し身を翻した。


 が、その前に子供が立った。


 左豊の額に青筋浮かぶ。


「何用かな? 孺子よ」


 がニコニコと問う左豊。


「いや、戦場を御案内しようかと」

「無用だ。私は帰る。何分、勤めに忙しいのでポッ——?!」


 気が付けば、だ。色白な肌色が飛んでいた。ポとか言う奇声を残して。それはもう鞠のようにポーンと。そしてピパピパの様に壁にベチって叩きつけられる。最後に贅肉の塊が某ヤムチャの如くドチャっと落ちた。


「孺子がああああああああああああああ!!」


 ガバッと甲高い絶叫と共に激昂して立ち上がれば。


「皇帝陛下の使者を語る賊だな?」


 首を覆う贅肉に斧の刃が添えられていた。


「はえ?」


 血の気がサーっと。ブヨブヨの白い顔が青く変わる。少年は淡々。


「陛下の目となるべき主命を受けて戦場を見ないなど有り得ない。どう考えても敵か使者を名乗る狂人だ。八つ裂きにして都に送りましょう。ああ、その前に黄巾との繋がりがあるか吐かせなければ。馬元義に諭された様な連中も居ますし」

「なな、何を言う!! 私は印綬を」

「うん? こりゃ使者を殺して奪ったか。なら車裂きですかね。舌は回らねば困る。首はともかく四肢を捥ぐか?」

「ま、待て!! おい!! 誰か此の気狂いを止めろ!!」


 叫んで気付く。周りに助けを求めた悲鳴の答え。嫌疑の眼差し。


「確かにあんな露骨に賂を求めるか?」

「馬元義に協力したのは宦官だったな」

「此の状況であれば敵が策を巡らせよう」

「有り得る。一先ずは尋問すべきか?」

「少なくとも洛陽に使者を出すべきだ」

「皇帝の側にアレが侍る訳が無いだろう」

「ああ豚の様だが。流石に確認は、な」

「いるか。一先ずは引っ捕えるべきか」


 首から冷たさが消えて見上げれば十前後の子供と言うには極寒の眼。


「じゃあヘシ折っておくか」


 長柄の大斧が振り上げられた。


「……待て繁」


 ピタリ肩に当たって斧が止り。


「……承りました盧中郎将」


 しかしゾワリとする目で宦官を見下ろしたまま硬質な声で返す少年。そして襟を握りその大きな眼を見せつけて投げ掛ける。身の毛もよだつ執拗な獣を思わせる様な相貌で。


 オマエを決してニガサナイ、と。


 ソノツラをオボエタ、と。


 宦官は漸く理解した。


 最も機嫌を伺うべき者に。


 宦官は震えて揺れて泣き出した。


 〓盧繁〓


 泣き出したデブがボンレスハムにされて連れてかれた。マジ小便クセェ。ほんと汚ねぇんだけど。手洗いたいわアイツ。本当マジでクソボケがよ。


 何が小黄門だよ。


「ああークッセェな。小黄門ってのは宮殿の門で小便垂らすからか? 服も門もそこら中が黄ばんでんだろ。小便門だろ」

「ブフォッ……?!」


 何の音?


 あ、父上が吹いたのか?


 ……。


 いや……父上ツボり過ぎでは? 他の人とかスゲェ驚いてるよ。いや笑いを我慢してる人も多いけど。


「ちょっと手を洗ってきます。ションベンの臭いが付きそうなので」

「……ック……ック……ああ、ああ。うむ」


 いやもう笑っちゃえよ父上。取り敢えず手を洗って帰ろ。


 さて、でもヤバいよな。


 父上にエグい悪意を向けてたんでついカッとなっちゃったがどうしよ?


 ん? まだ他の人も居んのか。軍議って感じでもねーけど。まぁ丁度良いか。


「只今戻りました。申し訳御座いません父上。ついカッとなってしまって。宦官連中の策謀と心得ますが如何致しましょう」


 何で皆さんそんな呆れ顔?


「お前は頭の周りは早いが行動が早すぎるな」

「全くもって申し訳なく思います」


 いやホントすんません。


 まぁ色々聞いた話なんでどんだけ正しいか分からねぇんだがマジヤベェ。


 父上は馬融って人の弟子だったらしい。この人は優れた儒者だが外戚の出だが何か濁流扱いされてた。だがその馬融って人の娘は現在の司徒袁隗の妻。

 この袁隗ってい人は汝南袁氏の出で袁紹の叔父に当たる。んで父上は中央で働いた際は竇武って言う宦官ブッコロマンと縁があった。まぁ馬融って人と竇武って人は故人なんで此処までは良い。竇武ってのが宦官殺戮マシーンだが諫言を述べた程度の関係だ。


 だが黄巾の乱の起きた二月程前に父上を呼んだのは四府。これは大将軍府、大尉府、司徒府、司空府の四つの府だ。

 当時の大将軍は何進、大尉府は楊賜、司徒は袁隗、司空は張温。袁隗は馬元義に宦官が協力したこともあって何進側に片足突っ込んだ中庸で張温は宦官と関係があるが他は宦官ブッコロマンだ。父上は特に袁司徒殿から助力を請われてた。


 要は派閥的にだ。父上は宦官ブッコロ派だと思われてる。まぁ強ち間違っちゃ居ないが。


 だから宦官連中が足を引っ張って来やがったんだろう、たぶん。特に今の所は父上が一番に功績を上げてるんで有り得る。あの雑なやり取りも焦ったんだろ。今年ブチ殺された宦官でも真っ当だって呂強って人がブチ殺されたのが痛いな。


 いや聞いた話だけど何か手はねぇか。


「まぁ構わん。繁、父は出来るだけの事をする積りだ。仇討ちは兎も角、皇甫左中郎将殿に陣中に居れるよう頼んでみよう。皆、陣営を固くする。郭都尉はすまんが南門の柵を二重にしておいてくれ」

「承知」


 え? 父上なんか覚悟決めてね?


 ……ヤッベ。最悪殺される気か?


「お待ちを父上、この愚息の愚かな提案をお聞きください」

「何だ?」

「大将軍閣下に妙な使者が現れたと伝えられませんか。先程のやり取りは余りにも敵との内通をしていてもおかしく無い。疑われて当然の行動と物言いにございます」

「当然だ。此の戦線が乱れるのは天下の為に許容できん。後任を推挙せねばならんしな」

「いえ。それと同時に朝廷にも上奏して頂きたいのです」


 父上は黙った。黙って俺を見て。クソデカ溜息。


「宦官に対する疑いの目を陛下に持って頂く積もりだろうがな。それをしては宦官連中が窮鼠になったと錯覚し朝廷が荒れ乱の鎮圧が遅れ民の窮乏が長引く。閣下や三公の方々とて出来る事には限度があるのだ」

「しかし!」

「そもそもお前が激昂せずとも起こっていた事だ。召集を受けた際に親族や同輩に類が及ばぬ様に願っている。此れには天地神明と名に賭けて誓ってくださった」

「……では」

「ああ。俺は最初から捕まる気だ。事前に説明も受けている。俺もお前も死にはすまい。少なくともお前は温情を受けられる。俺が死ぬとて乱が鎮まるなら安いものだ」


 マジで余計な事しちまった……。


「気にするな。お前の行いは小便供への良い掣肘となった。それには意味がある。宦官連中が戦場に出て来れなくなるだろう。奴等が怯懦となれば戦場の皆がやり易くなる」


 そして凡そ半月程後に勅使が来た。


「勅命である。使者を捕える此度の事、真に以て暴挙である。しかし盧植、盧繁の功績もまた朕は認める処である。盧植、盧繁は朝廷に参内せよ」


 ……俺も? いや行くけど。俺の功績って一体何?


 まさか黄巾の将軍を自称してた馬何とかをブッ殺して父上にクソ怒られたアレ割と手柄なんか? 


 だとしたら黄巾の将とか前提として自称だから手柄になるとは思わんかった。いや名前が知れてる様なのは兎も角としてだけど。つーか父上には問答無用で牢屋にブチ込まれる覚悟しとけって言われたんだけど。


 ……参内ってアレか。審問でもすんのか?


 えぇ……。

左豊

小黄門の宦官


郭儀

たぶん皇甫嵩の後任の左中郎将。鄒靖がたぶん都尉から中郎将っぽいから此の時期は都尉でいいかなっていう。

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