岐路
盧植は馬を急かす。
盧植が宦官段珪から何太后を救ってからは怒涛だった。先ず袁隗と袁紹が策によりって樊陵と許相を斬り、趙忠を袁紹と何苗が捕え斬った。そして張譲が逃げている事が分かったのである。
また霊帝の子もだ。
盧植はそれが分かって即座に洛陽の各門に使いを走らせ、北の穀門より逃げたと言う情報を得て、王允に手隙の兵を送る様に頼み飛び出した。
そして車馬の跡を追い小平津の手前で一団を見つけ突貫、そこに閔貢が兵を連れて合流し段珪が入水自殺したのである。
息子も居る洛陽八関に雪崩れ込む盧植の表情は今までに無いほどに切迫していた。若き皇帝と陳留王の、何より息子と其の婚約者を案じてだ。
「おお! 父上!!」
「繁!!」
そして息子と出会した。
「助かりました父上」
「うむ、うむ! 繁よ。無事で何よりだ。待たせたな。まさか宦官共が此方へ逃げるとは思わなかった。
……そうだ宦官を見ていないか?」
「あ、コレの事ですか」
そう言うと盧繁がグイッと紐を引っ張る。凄い見覚えのある宦官が簀巻きにされてた。盧植もそうだが続く閔貢や兵も当に絶句だ。
「あと陛下と殿下見つけちゃって。いやぁ吃驚したぁ……」
全員から皿の様に広げた目を向けられた事に気付かずに心労という意味で疲れたのだろう溜息を漏らす盧繁。そしてコッチコッチと手を触れば家の影から確かに皇帝と陳留王が歩いて出て来た。救援部隊の誰もが顎が地に着く寸前まで伸びている。
「いやぁ父上達が来てくれて助かりました。早く帰ろうにも流石に五人も乗せたんじゃ月驥と星驥が可哀想で。陛下の乗れる馬車か馬の用意を願えませんか」
「う、うむ。良くやったぞ繁」
「いや、まぁ正直言って偶々です。偶々」
息子が酷く疲れた様に言うのを見て盧植は状況が分かって居ない事を察した。少なくとも息子は混乱の坩堝の中心に立つ岐路に立たされているのだ。それが分かっていれば一仕事終えて安堵した様な顔は出来ない。
これは移動中に隙を見つけて伝えねばならないと思いながらも一先ず皇帝と陳留王を休ませ混乱しているだろう洛陽に戻り事態を収拾しなければならないと考え。
「閔河南中部掾。陛下をお願い出来ますかな。私が先導しますので」
「わ、私ですか?!」
閔貢は慮外の事に思わず声をあげる。文字通り天上の御方を相乗りさせるなど卒倒しそうな思いだ。その気持ちは分かるが盧植は頷いて。
「貴方の方が騎馬を操るのは上手い。宦官や兵を瞬く間に三人も斬った手腕もある。陛下の御身の為にどうか」
黄巾の三英雄の一人に此処まで言われては断れる男は居ない。
「は、はい! 尽力致します! 確かに盧尚書が指揮してくださった方が安全だ」
余りにも色濃い敬意に盧植も少々照れくさそうに頷いてから。
「忝い。繁、お前も殿下を御守りしろ。もしもの時は閔河南中部掾の指示に従え」
「承りました。宜しくお願いします閔殿」
「此方こそ宜しくお願い致します」
一先ず南下して陵墓がある邙山の辺りで洛陽の喧騒が酷く、伝令兼物見を出す事にし北芒にて皇帝を休ませる事にした。皇帝と陳留王の疲労に兵を含めて風雨を凌げる場所が此処しか無かった故だ。しかし漢王朝の至尊が身を休める場所が陵墓と言うのは余りにも示唆に富んでいる。
〓董卓〓
「ガハハハハハハハハハハハハ! 駆けろ駆けろ駆けろッ!!! 全てを踏み潰し薙ぎ倒して進め!!!!!」
ああ久々だ。馬蹄の音は心地いい。馬上の風は心地いい。俺に続く連中は竹の長矛を握り木矛と弓を背負い盾板を持ち鏡の様な銅の鎧を纏う気風のいい蛮族だ。
愚直で頑強で朝廷の連中より余程人間らしい蛮族共!! ああ素晴らしい!! 滇零にでもなった様な気分だな!!
ま、それどころじゃねぇがな!!
宦官の野郎共。白ちゃんに指一本でも触れてやがったら生きたまま皮を剥いでやる!! まぁ子昌殿がいりゃあ最悪は有りえねぇだろうが。
「急ぐぞ!!!!!!!」
「見えたぞ友よ!!!」
「おお大人!! 何が見えた!!」
「北芒の麓に軍勢だ!!!」
「流石は目が良いな故軫大人!!」
一里だな、なら。
「義父上ェッ!!」
お!
「おう牛輔、丁度お前さんに頼もうと思ってたトコだ!! 太傅殿と大臣連中だ!! あとは世話させるのに若い連中を!!」
「おう!! 護衛は品の良い連中だな!?」
「ハッハ!! 牛輔ォお前は利口だ!! だが一手足らねぇ!! 品の良い奴等を壁にすんだ!! その後ろに他の奴等だ!!」
「ああ成る程な!! 流石ァ義父上だ!! 安全だなオイ!!」
さて大臣連中は生きてるやがるかねぇ。連れてけ連れてけウルセェから馬車に詰め込んでやったが。面倒な連中は酥になってれば良いのにな。
「前将軍殿! 陛下はいらっしゃったか!」
おお袁太傅はその歳で未だ馬を乗り回すか。
「おう袁太傅。未だ兵を見つけただけだがな。報せの通りだ」
「即座に向かった方が良いのでは無いか?」
「そうしたいが煩いのが居るからな。まぁ盧先生が側に居るんだ。大丈夫だろうよ」
「そうか、そうだったな。ハァ、はぁ。流石に疲れた」
流石に御疲れか。まぁあの後ろの大臣連中よりはマシだ。馬も乗れねぇ足手纏いよかな。
「まぁ一踏ん張りして下さいや。陛下は目の前だ。手ぇ貸しましょうかい?」
「ああ、うむ。すまんが前将軍。頼む」
「あいよ」
さてやっと北芒か。馬鹿供の囀りもようやく終わりだ。にしても墓場だから当然だが辛気臭い事だな。ん、アレがそうか。
さて至尊の顔とはどんな物かな。ああ、流石は閣下の縁者だ。随分と整った顔してやがるなオイ。子昌殿程じゃねぇがありゃ期待ができらあな。
おお、盧先生も居る。流石は兵の統そ……子昌ど、白ちゃん?!
白ちゃん何で?!!!!
まさか子昌殿と逃げてる途中で巻き込まれたのか!!!!!!
「ヒッッ?!」
あ、いけねぇ。陛下を驚かせちまったか。
一先ず情報が知りてぇが陛下が居て盧先生に聞くじゃ陛下の面目が立たんだろうな。
盧先生も困るだろ。あー敬語ダルいなぁ。
「陛下。臣、董卓が太傅様以下大臣の方々と共に御迎えに上がりました。大臣の方々も直ぐにいらっしゃる。一先ず若い連中に世話ぁさせて頂く」
品の良い兵でも刺激が強ぇか。
手を振りゃ連れて来ておいた大事な家臣達のガキ、兵士の一族や縁者の若いのが男女問わず陛下の方へ向かう。
ちと礼儀が心配だが此の際仕方ねぇ。
「それでどういった経緯でこの状況に? 敵は未だ居るんでしょうか」
「ウヒョーーー!! カんワイ子ちゃん一杯だあ!! 董た、顔コワ!!!」
は? オイこの状況でか? 本当に閣下の甥かコイツ……。
「あ、いや董卓。朕が皇帝だ。大義である。本当に助かった」
「あぁ恐悦至極。一先ず」
「雅も白も可愛いが君も良いな!! 君も、君も、君も!! サイコーーー!!」
……あ“あ”ん?
「誰か側室に——ヒュ……」
ダ・レ・デ・モ・イ・イ・ト・?
「兄上!!」
「あ、スマン……」
「盧繁にも言われたでしょう!! 褒め言葉の積もりでも皇帝が言うと意味が変わると!! 良い加減に慣れて下さい!!」
「ハイ。すみません」
「兵士達を見てください!! 警戒しかしておりませんよ!!」
「ヒエ……」
コイツ皇帝じゃねぇ方が良いな。コイツの為にも王くらいの方が良いだろ。まぁそら後での話だな。
「陳留王殿下、状況を教えて頂けるか」
「ああ。張譲達に連れられ訳も分からぬままに洛陽を出た。
小平津まで行ったところで賊が来ているので段珪が殿を務めると。その後に小平津内で食い物を徴発してくると馬小屋に押し込められたのだ。だが帰りが遅いので抜け出した所で幸い盧繁に助けられ盧植と閔貢が加わって今に至る。
董卓、お前と部下達にも深く感謝を。陛下も今はお疲れだが必ず報いてくださるだろう」
……これ何方が兄貴だ?
「陛下!!」
袁太傅殿か。てことは煩いのも来たな。面倒だな。
「御無事で何より——」
「陛下、如何なさいました!!」
うわ劉弘、喧しいなぁ……。太傅殿を押し除けてやがる。属人だからってアホだな。
「それにしても何だ!! この殺気だった兵達は!! 全く!!」
今更急に喚き出して……ハァー。コイツも宦官と協力したか?
あーあー袁太傅が笑ってやがる。罠に掛かった猛獣の顔だな。
「董卓!! 詔である!! 兵を退げろ!!」
あぁ……面倒クセェな劉弘の野郎。振り向いて見ろや。お前がどう見られてるか分かるだろうに。
「と、董殿、陛下は兵を恐れておいでだ。少し気を使って頂けまいか。司空殿もああ言っておられる」
えーと丁宮つったかコイツは。間を保とうってのは良いが現実が見えてねぇな。護衛は如何すんだ。
……ったく。
「此の董卓にハッキリと言わせりゃあ、だ。
テメェ等は国の大臣だってのに王室の乱れを正す事も出来ねぇで天子を都の外で彷徨わせてるじゃねぇか。
兵を退かせるなんて出来るかよ馬鹿供が」
「な、何だと貴様!! 私を何と心得る!! 長沙定王の子、案衆康侯の裔なるぞ!!」
「お前が一番意味がわからん。
袁太傅の様に内憂を排すでも無く他の大臣方みてぇに力及ばずながらも何かをしようとする訳でもない。何なら属人で最も陛下を護るべきお前は俺が到着してからノコノコ出て来ただけだろう。
それとも何かしたのか? ああ!!?」
血の気引き過ぎだろコイツ。
あ。しまった陛下もだわ。本気でしまった。
……まあ!! それどころじゃねぇな!! うん!!
「さぁ陛下、殿下。食事の用意をさせます。その後に洛陽に戻りましょう」
「う、うむ」
よし。飯食ってる間に袁太傅殿と盧先生と相談しとくか。色々と、な。
丁宮・元雄
なんかたぶん司徒。董卓が政権を握ると司徒は黄琬に変わってるっぽい? 董卓の皇帝廃位に賛同した尚書に丁宮が居るらしい。同一人物かは不明。
劉弘・子高
皇帝の血縁者、属人。司空、董卓にクビ(仕事)にされた。
ここまで御覧頂き有り難うございました。




