色を好むかは英雄によるし、そもそも英雄じゃなくても色を好む者は多いし、英雄が色を好んだ方が何かと都合の良い人は多い
「紹の奴がすまんなぁ小さな賢者殿」
権勢権力を見て後漢において皇帝以外に頭を下げる必要のない老人、袁隗が頭痛を堪える様な顔で謝意と共に頭を下げる。
それを受けた盧繁は自分の悪かった部分もあれば、また袁隗は何も悪く無いと考えている事もあり、何とも微妙な表情で頭を下げた。
「そこまで為されては畏れ多いです。俺の方こそ申し訳御座いませんでした後将軍殿。虎賁中郎将殿を驚かせてしまいました」
「いやぁアイツも兄上に似て壮健なのだが如何にも分限が無い。人品能力は私も目を見張るものがあるのだが……。三十も越えて全く」
「それで何故?」
子供が困惑気味に問えば袁隗は疲れた様に溜息を漏らして。
「君には甥の術、折衝校尉の方だ。アレの娘を紹介しようとしていたのでね。その前に縁を紡いでおきたかったのだろうのう」
「え?」
「ん? やはり嫌かな」
即座に察して困った様に言う袁隗に少年は気不味気に。
「いやぁ……御本人と会った事は無いんで何とも言えませんが、その、あまり良い噂は聞きませんので……」
「……ハァ。だろうなぁ。まぁ何と言うかアレは嫡流だと言う自負が強過ぎてな。加えて兄の基が余り気にせんクチだから変に気負ってしまっておる。
才覚で言えば紹が優れ過ぎているとは言えそう劣る者では無いがのだが、なにぶん楊家の当主と紹の姉妹が婚姻したあたりから暴走し初めてな。だからこそ君との縁を紡いで落ち着かせようと思ったのだが全く。
いやそれよりもだ。紹も術と変わらなんだ事の方が問題か。此処まで来ると軽挙だ……」
子供が微妙な顔になった事で父盧植が出張った。
「後将軍様は虎賁中郎将殿を汝南袁家の棟梁とする御積もりでしょうか?」
「うむ。兄上とそう言う形にしようと決めていた。今は悩ましく思っているがな。そうだ子幹殿、どうか知恵を貸してくれんか? 何でも良い。何か良案が出るかもしれん」
盧植は顎に手を添え少し考えてから。
「申し上げ難い事を敢えて申し上げますが御両名は長幼の序を疎かにしております。今、袁家の後継者の御両名は後将軍殿を見習っておりません。また後将軍の御言葉を聞いていないのは致命的でしょう。
そもそもの話として後継は一人である方が望ましい。ですが、それがすでに不可能で後継として並び立つ両輪だと言うのならばせめて強固な軸が必要かと。そこを繋ぐ役目、貴方の代わりが必要と心得る」
「……それは誰が適任かな」
「貴方の御子息が最も相応しいが……」
「無理だ。あの子らは未だ若い」
「であれば臨晋候の伯献殿がよろしいかと」
「伯献殿か……。楊家なぁ。いや楊家なのは良いが二人が聞く耳を持つだろうか。私の話を聞かぬ連中だぞ」
盧植は思わず言葉を詰まらせた。確かに聞くとは思えなかったのだ。それは噂を聞いただけの反応だったが袁隗の懸念と溜息が答えてなってしまっている。
何とも歯痒く難しい話だった。袁家は後漢に於ける重責を担う家。その分裂は何とも恐ろしい未来を想起させた。
そもそもの話として袁紹の能力を見込み長幼の序を以て出自を脇に置き後継とした事が複雑化し派閥争いを起こすなど問題として拗れ過ぎている。
「後将軍殿が長生きするしか無いでしょう」
袁隗と盧植の困った顔に盧繁は言った。
「若輩者の浅知恵ですがその間に何とか問題を片付ける必要があります。最悪の場合は本拠地である汝南の権勢と袁家の縁故を分けて考えるとか。片方に汝南を継がせ片方に屯田をさせて別家を立てるのも一手かと」
「繁、それは此の窮地に袁家の力を削ぐ事になるぞ。宦官を抑えられる者がいなくなる」
「ええ、父上の懸念通りでしょう。ですので此れは最悪の場合です。一番良いのは折衝校尉殿が諦める事なんですが感情論ほど如何しようも無い物は無い。
袁家内での骨肉の争いになりかねません。それよりはマシってだけの代物です。朝臣としての権勢、豪族としての権勢ですね。
これも軸が必要な家の両輪を割ることに他ならないですから本当に最終手段ですけど」
袁隗は大きく溜息を吐いた。
「ああ、君が連中と同世代、せめて数年違いで産まれてくれればなぁ……」
「過分な御言葉、御礼申し上げます」
盧繁は至って真面目に言った袁隗の言葉を大袈裟な世辞にしても持ち上げすぎだと思いながら一礼して。
「せめて本家を継ぐ以上に権威上見劣りしない軍事的な立場が有れば権威と戦力、それを支える本家という形で協力の道を探れるかと思うんですが」
盧繁の言葉に盧植が目を見開く。
「それだ!!」
二人がギョッとした。戦場に立つ英雄の大声は唐突に挙がると驚く。だがそんな二人を盧植は見て。
「私は尚書として働くので宮中の事は少々詳しいのです。何でも陛下は常々構想していた私兵を得ようとしていらっしゃる。昨今の売官もそれの着手の為と聞きました」
「子幹殿、それは虎賁の増員とは違うのか?」
「ええ。私もそう思っていたのですが思惑は違う様です。宮城の衛兵では無く陛下直属の戦力と言うのが正しい。それも解散させるのでは無く常設させる御積もりの様だ」
「うーむ……?」
「私も良くは分かっておりませんが虎賁はいわば盾です。強者であるが基本的には宮城を守る警護の兵だ。対して新しい軍勢は剣であり陛下の裁量で動く物です」
「成る程? 盾を下す物はいても剣を下ろす者はおらんか。しかも陛下直下の将……」
袁隗は光明足り得るか不確定ながら為すべきことが降って湧いた活力で力強く頷く。
「良し! 先ずは色々と調べてみよう。なに伝はある」
満足そうにそう言うと袁隗は盧植と盧繁に向き直り。
「御両名感謝する」
「いえ、天下を思えば当然の事。御気になさいますな」
代表して盧植が言えば盧繁も頷く。
「さて、では婚約の話を進めよう」
〓盧繁〓
「え?」
「うむ。術の奴の噂がよく無いのは確かだ。だからこそせめて姪孫に会ってからでなければ賢者殿も受け入れ難いだろうとな思ってな。それに奴も娘が見た事もない男の元にやるのは気げ引けると言っている。だから連れて来た」
マジっすか……。
「頌姫、これへ!」
何かこのパターン多くない? 娘さんサプライズ登場させるの流行ってんの? いや未だ二例目で言うのはアレだけどさ。
「失礼致しま、す」
……あらカワイイ。いやたぶん同年代くらいなんだろうけど。何で固まってんスか。
「これが姪孫の頌姫だ。母親の出自もそう悪くない。挨拶を、頌姫」
頌姫がもう一度呼べばピクッとして。
「あ……はい! 大叔父様、申し訳ございません。袁雅、頌姫と申します。以後よしなに願いますわ」
……ますわ?
「御丁寧に忝い。私が盧植、子幹。そして」
「盧繁、子昌です。此方こそよろしくお願いします頌姫殿」
……また固まっちゃったよ。普通に大丈夫かこの子。顔も気持ち赤いし。
「子幹殿……」
「……はい」
「御子息は大丈夫か? アレ絶対わかってないだろ。その、大丈夫か?」
「…………不安です」
「うーむ。妖夫か……失礼ながら納得してしまうのう……」
「面目次第も無く」
何かボロクソ言われてる気がするけどそう言う事なん?
「まぁ此度は顔見せだ。婚約と言っても即座に結婚という訳ではない。私と子幹殿は席を外す故、気楽にしていなさい」
……あの、逆に困るんですが。
「失礼のない様にな繁」
「あ、えっと。はい」
マジか。話のネタなんてねぇけど?
……うわぁモジモジしてる如何しよコレ。
つーか話の主導権オレかよ。女の子にウケる話とか出来へんぞ……。こちとら猪の頭叩き割ったくらいしか話がねぇよ。
「頌姫殿、改めて宜しくお願いします。私はあいにくと汝南へは立ち寄った事がございません。折角ですのでどの様な土地なのか教えて頂けますか」
「は、はい! えっと、汝南は耳を洗う潁水がありますわ。田畑が広々と広がってますの。湖より広くずっとずっと大きな田畑が」
「それは羨ましい。私の故郷は寒く田畑も少ないのです。それに専ら稷や春粟で麦が少々ですね。そちらはやはり麦や米を?」
「ええ、でも此方も稷や粟も食べますよ?」
「成る程、まあ粟や稷は優秀な作物ですから何処でも植えられてますか」
「優秀ですか?」
「ええ、何せ比較的に手が掛からず、その割には取れますから。特に荒地でも植えられますので天下の危機足り得る飢に備えるには無くてはならない物です」
「それは……大事な物ですね」
「ええ、特に私は人の三倍は食べる大喰らいなもので。幽州にいた頃は常に空腹でした。それに飢餓程に恐ろしい物は……失礼。余り楽しい話では無くなってしましますね。
それだけ田畑が広がっていれば秋はさぞ綺麗な事でしょう。雄大な黄金の波が風にそよぐのが目に浮かびます」
「ふふふ、故郷の事をその様に仰って頂けるなんて。では幽州には如何様な美しい光景が? 是非伺いたいですわ」
スゲェな。笑う時お嬢様みてぇな口の隠し方するやん。手の甲で口隠すの初めて見た。
いやガチお嬢様だけど……。ホーッホッホって笑ったらワロてまうぞこんなん。
あー幽州の景色ってーと山か雪か。
「新雪の美しさは並ぶ物が無いかと。酷く冷えますが一見の価値はあります。世界が白一色になったかの様ですよ」
「まぁ!」
さーて他に話せるネタ無いかな……。面白いとか思われんで良いけどせめて話題を途切らせるのもな……。
…………。
父上ェーーーーーーーーーーーーー!!!!
後将軍ーーーーーーーーーーーーー!!!!
はやくきて
くれーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
女の人が喜ぶ話さえわかんねぇのにお嬢様との話とか無理だって!!
袁雅・頌姫
名前も字も適当。孫権に嫁いだ袁術の娘。蔡邕の娘の字が文姫だか昭姫ってので良いトコの出だからエエかってのと子曰く、吾衛より魯に反り然る後に楽は正しく、雅頌を各々が其の所を得たり。から