めんどくせぇ事全部飛ばしたれ
「ならん!! 絶対にならん!!!」
天幕の中に猛烈な勢いで子供に猛烈な。既に人を殺せそうな勢いで怒鳴り散らす鎧姿の男が居た。
だが子供の方も大概である。いや寧ろ子供の方が異常。異常で異質だ。
身なりは頭に白い鉢巻を巻き鉄板を縛り付け手に長柄の斧を担いでいる。腰の剣は鉈の様で背負う弓は大きい。そして途轍もない形相で鎧の男を見上げて一歩も仁王立っていた。
此処まで身一つで来たのだから大概だ。齢十でこれは狂人の類である。
その年齢故に完成には至っていない筈の言語を絶する様な美貌を含め最早、異形の類でさえあった。
「父上。分かっています。分かっていますが俺は戦います。張梁の野郎をブチ殺して兄上の弔いを果たさねばならない」
激烈で鮮烈だった。孝徳、それが悍ましい物に見える程に。誰もが一瞬、気圧される。
ただ一人。父を除いて。
「ならんものはならんッ!!!」
ズンと鐘を叩きつけた様な声ではなくその覇気を発し全てを圧しながら涙を浮かべて子を睨み付ける。
「繁!! 貴様は此の父に!! 延を失った此の俺に!! 更に息子を喪えと言うか!!」
「俺は死にません。死ぬ訳が無い」
十に成らぬ子供の戯言。その断言が並み居る者達の呼吸を奪う。一片の疑いも無い確信がそこにあった。
「父上、お気遣い辱く。しかし御案じなさいますな。此処にいるのは貴方の子。此の俺なのですから」
十の子供はそう言うと掌に拳を叩きつけ、その拳を掌で包む様な拱手を突き出し一礼。
「失礼する」
天幕から出ていった。その小さな、余りにも大きい背中が消えると屈強な男達が困惑気味に口論をしていた鎧の男に視線を向ける。誰もが視線を向けていたが特に大柄な男が前に出て。
「盧北中郎将殿。あの子は、いったい……?」
その問いに鎧の男。盧植、字を子幹と言う名の知れた男が大きなため息を一つ吐いて腰を下ろし。見た事もないような疲弊した様で。
「お騒がせたな宗護烏桓中郎将殿。皆もだ。申し訳ない」
そう頭を下げてから。
「アレは私の愚息、繁。我が盧家の次男。稀代の狂人にして麒麟児だ」
そう言ってもう一度ため息を漏らした。
〓盧繁〓
あーあー父上には悪ぃ事しちゃったなぁ。まぁでも兄上の仇は取らねぇとよ。俺がおかしくなっちまうよマジで。
兄上はアレだ。俺の理解者だった。何せ俺は転生者だ。1800年も後の異国の野郎。そりゃあなかなか馴染みゃしねぇ。大抵の連中は異物を見る目を向けてきやがる。そんな俺を弟として見てくれたのは兄貴だけだった。
駆けっこして負けて弟の癖に生意気だ。だなんて俺に言う奴は居なかったからな。いや、それどころかやっちゃいけない事を教えてくれる大人さえ居なかった。母上は病気がちだったし。
しかも異民族の連中と絡んでるだけで気狂い扱いだ。文化の違いも1800年後からすりゃドングリの背ぇ比べだぞ。
やってらんねぇよ。
……いや、まぁチート臭ぇ力の方が理由かも知れねぇが。
「てな訳で一兵として戦わせて頂きたい」
「帰れ」
……あれー?
「そこはバカみたいに何と言う孝徳の精神とか何とか適当にホザいて従軍させるところでしょ」
うわスゲェ嫌そうな顔。まぁ、そらそうだけど。俺だって嫌だけど。
「お前はアレか。喧嘩売ってんのか」
「建前を間に受けて建前を盾にして他人を誹謗中傷するしか出来ない連中が多いんだから良いでしょ。儒教の孝徳も政敵の活動阻害する為の物に成り果てたんだから、ちゃんと孝徳の精神で戦おうってガキの背中を押してくださいよ」
「ねぇお前の家って儒家じゃん。何、死にたいの? イカれてんだろ」
「イカれてませんよ。親を敬え年上を敬えって孝徳は良い。そりゃあ大事な事だし分かりますよ。でもってその孝徳を広げようって考えも分かります。が態々、親がくたばったら無駄に荒屋建てて飯も食わずに泣けって最初に始めた金持ち暇人のカスは死んだ方が良い。その荒屋建てる金と人と時で畑の一つでも広げるべきでしょ」
「いや、まぁ……うん。ホント黙れ。頼むから」
グデってしてるのは鄒靖、字を鎮定。義勇軍とかを取り纏めた都尉だ。こんなんでも千人くらい率いる凄い人オッサン。てか此の戦いで一二を争う手柄を立ててる主力だ。
丁度、父上と縁があるし此の人の下で戦いたかったんだが。
……うーん。
常識人過ぎて困る。
「大体な。居ねぇ訳じゃねぇが十やそこらのガキを戦わせたい様な官軍の人間は居ないの! 帰って本でも読んでろ」
「ヤですよ。劉北軍中候みたいに自称清流派の連中に担ぎ上げられるでしょ。このままだと綺麗事を言うテメェに酔ったカスがこびり付いてくる。で身の安全を守ろうと宿主を食い殺す寄生虫に殺されます。一族郎党纏めてね」
「寄生虫ねぇ。虫下しはあるのかよ。此の天下に」
「無いでしょ。特に外戚とか。どうしようも無いですよ」
うわスゲェ。絵に描いたようなギョッとした顔だ。おもろ。
でも否定しねぇって事は何太后が王美人を毒殺したのはマジか。
それが起こるのもそうだが一都尉が知ってるとか終わってんだろ此の国。
「バッカ!! バカ何だお前。あの、えーと宦官が正しいとでも?」
おお、辛うじて誤魔化したな。
「いや、竿無し供は死ねば良いと思ってますけど? まぁ宦官だからと下に見る気も有りませんが。下らねぇ権力争いに精を出す連中は清流濁流問わずに農奴になれば良い。噂が本当なら大将軍が不憫だ」
ゴメンって兄上殺されて気が立ってるんだって。悶絶しないでよ。エグいな溜息。
「お前さ。ガキの内だけだからな。その直言」
そう言ってから溜息一つボリボリと頭を掻いて。
「劉備は、アレか。バレるな。お前馬に乗ってたよな」
「はい。替え馬も一応。あと劉北軍中候のトコも出来ればですが勘弁願います。あそこ馬射声校尉とか父上の知り合い多いんで。あと袁折衝校尉は、何かヤダ」
「オイ急にガキみてぇな物言いすんな」
「袁家の諍いに巻き込まれるとか死んでも御免です」
「あー。大将軍掾か。うん。まぁ、そだね」
「……注文多くてすいません。なんか」
「ホントそだね。だがまぁ、ホレ。紹介状」
「有難う御座います」
手渡されたソレを受け取れば劉北軍中候の屯騎校尉鮑鴻への物だ。
「お前ホント所作は礼儀正しいよな。悪いが俺が出せるのはソレくらいだ。鮑鴻の野郎は強いが軽々な奴だから気を付けろ。実際無茶やって兵が足りてねぇから紛れ込ませられるのはそこくらいだ。サッサと適当な手柄を立てて子幹殿に認めて貰え」
「御礼申し上げます。鄒校尉」
「死ぬんじゃねーぞ」
良いオッサンだよなぁマジで。
「御安心下さい。俺ですから」
「どっから来るんだかその自信。って言えたら良いのに。だがホント気を付けろよ」
「確と。それでは改めて失礼致します」
拱手をして拱手を返され一礼し天幕を出る。
「さて、ブチ殺すか。仇」
盧植・子幹(?〜192年)
父親。劉備の先生。
盧延・子長(169〜184年)
ほぼオリキャラ。黄巾の乱との戦いで広宗包囲の初戦、張梁軍の雲梯設置妨害を防ごうとして流れ矢に当たって死んだ。とても良い兄だった。
盧繁・子昌(175〜?年)
主人公。ほぼオリキャラ。タイムスリップだか転生だかした。
盧毓・子家(183〜257年)
実在の弟。
宗員・仲喜
字は適当。仲の字が使いたくてノリで次男にした。盧植の副官で護烏桓校尉。烏桓鮮卑の監視を担う役職。
鄒靖・鎮定
字は適当。靖めると鎮で合わせて黄巾の乱で義勇軍率いてっぽいから鎮定にした。劉備の上司の都尉。