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2 使ってしまったギフト

 校舎内で足を運んだ場所はほぼ全て探した。残りはエントランスと校門前の馬車留めから校舎内へ入るまでの経路を探すだけとなった。


 学園は小高い丘のあった場所に建てられた名残もあって、校門から校舎まではゆるい坂道や石の階段がいくつかある。私は階段の段差に気を付けながら目を皿のようにして地面や階段の上を探したが見つける事ができなかった。


 午後の授業が終わってからかなり時間が経っているので、この時間まで学園に残っている生徒は委員会や生徒会等の用事があったり図書室で自主的に勉強をしていたり、どこかでおしゃべりしていた等、個人的な理由で遅くなってしまった生徒くらいしかいない。


 もうすぐ夕方になろうとしている時間なので陽は傾きかけいて、帰ろうとしている生徒の姿もまばらだった。


「これはもう諦めるしかないなあ……」


 階段の途中でそう呟きながら何となくこれまで自分が降りてきた20段ほどの階段を見上げたら、ふと視界の上方に見える木の枝にきらりと光る何かを見つけた。


 急いで降りたばかりの階段を掛け上がってみたら、頂上近くに張り出ている木の枝に私のペンダントが引っかかっていたのだった。


(そういえば登校の時は早足で歩いたのだったわ。その時に落としてしまった?)


 確か今朝は図書室で本を借りてから授業を受けたいと思い、馬車を降りてから校舎に入るまで急いでいた事を思い出した。


 もしかしたら、私が落としたペンダントを鳥が拾って木に引っ掛けてしまったのかもしれないし、あまり考えたくはないけれど、ペンダントを拾った誰かが木の枝に向かって投げたのかもしれない。


 私は真下からペンダントの引っ掛かっている枝を見上げる。階段が始まってすぐのところなので足場は悪いが、何か長い棒のようなもので枝を揺すればペンダントを落とせるかもしれない。

 

 こういう時は先生にお願いして誰か男性に取ってもらうのがいいのだろうけれど、ペンダントの事はあまり人に知られたはくない。それにこの位置でこの高さなら私でも何とかなりそうだ。


 私は前に校舎の裏庭を一人で散策していた時の事を思い出していた。確か裏庭の隅には小さなクロゼット程度の大きさの用具入れがあった。あの用具入れには梯子が立て掛けられていたし、中には箒や草刈り用の長い柄のついた道具があるかもしれない。


 急いで裏庭に行って用具入れの前に行ってみたのだが、用具入れの扉の取っ手にはしっかり鎖が巻かれていて、掌ほどの大きさの錠前でしっかり固定されていたのだった。


(もう私だけで何とかする事は無理だわ)


 木の枝に引っ掛かったペンダントの下でそう思いながら私は木の枝と幹を見る。しっかりした太さの幹は階段の降り口そばに植えられており、私の身長より低い位置から伸ばされた一番下の枝は太く、その枝の先にはペンダントがある。


(あの高さなら登れそう)


 ふとそんな思いが私の中に生まれ、私はそれを試すべく木の枝の根元に手を掛けてみると、私一人分の体重なら充分に支えられるくらい枝はしっかりしていた。


 木登りなんてした事は無かったが時刻は夕方となり、そろそろ帰らないといけない。多分今から教師の誰かを頼っても明日にするように言われる。明日になってここに来てもペンダントがこのままであるという保証はない。


 私は思い切って木の幹に足を掛けてよじ登ってみたら、何と枝の根元まで登れてしまった。


(すごい!私木に登れちゃってる!)

 

 初めての木登りに少し興奮しながらも私は慎重に枝先へ向かう。枝の根元は低いところにあったがそこから上へ伸びている枝先の位置は高い。私は枝から分岐した細い枝をうまく使って葉の茂った枝の先へと登っていく。


 枝先までもう少し、手を伸ばして枝先の方を揺すればペンダントを落とす事が出来るかもしれないというところまで何とか進む事が出来た。


「あと、少し……」


「そこで何をしている!」


「えっ、きゃあ!!」


 突然真下から男性に鋭く声を掛けられた私は驚いてしまい、身体のバランスを崩してしまった。


 そしてそのまま私は木の枝から落ちてしまった。


 落ちた先は幸いな事に階段ではなくその手前の通路であったが、石畳で舗装された通路だったので、人の身長ほどの高さからでも落ちたら痛い。衝撃と痛みを予測した私は、咄嗟に目を固く閉ざしたが、何か柔らかいものがクッションとなってくれたお陰で予想していた痛みは無かった。


「……いてて」


 耳元で人の声がした事と体から感じる感触から、私は枝の下から声を掛けてきた相手の上に落ちてしまった事を察し、瞳を開いて起き上がろうとした。


「えっ……」


 思っていたよりも相手と私との顔の距離が近く、私が瞳を開いて最初に目に映ったのは相手の深い青色の瞳だった。


 太陽が沈みかけて辺りが薄暗いからだろうか。彼の瞳はちょうど今の空色のように静謐で、引きこまれるような夕闇のように美しい色をしていた。


(……すごい綺麗な色)


 私は彼の瞳に思わず見入ってしまい、彼の上から退くのも忘れて動けずに、ただ彼の瞳を間近で見つめていた。


(この美しい瞳が欲しい……)


 そんな衝動が私の中に湧き上がると同時に、自分の瞳に強い力が宿った事を私は感じた。


 まずい、これは多分魅了の力だ。そう思った時にはもう遅かった。


 彼の瞳が大きく見開かれる。その時彼の青い瞳の色に一瞬だけ夕暮れのような赤みが差したようにも見えたが、そんな光の変化すら美しいと私は感じ入っていた。


「大丈夫?」


 頬を赤らめた彼が先ほどよりもずっと優しい声色で私に声を掛ける。


「ごっ、ごめんなさいっ」


 木の上から落ちた私の下敷きとなった彼の上にまだいた私は慌てて彼から離れようとしたら彼に手首を軽く掴まれてしまった。


「キミ、かわいいね。名前は?」


 サラサラの明るい栗色の髪をした彼は初めて見る顔だった。頬を上気させた彼がその青い瞳でじっと私を見つめる。


 恥ずかしくなってしまった私は彼の手から逃れるように自分の手を引く。少し距離を取ってからもう片方の手で彼に掴まれていた部分に触れる。頬が熱い。


「アネット・フォール……です」


「何年生?」


「に、2年生です」


「じゃあ同級生だね」


 自分の胸の鼓動が強く早鐘を打つのを感じる。彼の問いかけにもうまく答えられず私はぼんやりと彼の顔を見つめていた。


 栗色の髪と深い青色の瞳を持つ彼は、そばに落ちていた眼鏡を拾って掛け直す。


 私には不思議と彼の顔がキラキラ輝いて見える。それは彼の顔立ちがどうとかそういう問題ではなく、ただ彼に引き込まれるように彼に魅入ってしまう。


 眼鏡のレンズで美しい瞳がよく見えなくなることをもったいないと思いながらも彼から目が離せない。


「家まで送るよ」


 そう言いながら彼はまだ立ち上がれない私に手を差し伸べてくれた。そんな彼をすごく優しい人だと思いながら私は彼に差し出された手を取る。


 強い力に引き上げられながら、私は恥ずかしさのあまり彼の顔が見れなくなってしまった。


(どうなっているの、私の気持ち)


 彼に手を引かれながら私は校門そばの馬車停めまで彼と一緒に歩く。


「どうして木の上にいたの?」


「枝に、失くしたペンダントがあって……」


「ああ、それを取ろうと思ったんだね」


 私は彼の問いに頷きながら繋がれた彼の手の温かさを感じていた。


 そんなたわいもない会話をしながら馬車止めまで着くと、私の家の馬車の他にもう一台の馬車が停まっていた。彼はもう一台の馬車の方へ向かおうとしていたが、私の家の馬車にいた御者が私に頭を下げた事で私の家の馬車だと察してくれたらしく、繋いでいた手を離してくれた。


「じゃあ、またね?」


 そう言いながら彼はおどけた表情を作って笑った。


 そんな彼を私は可愛いと思い、更に胸の鼓動が高まってしまった。


 名残惜しくも名前も知らない彼と別れた私は、翌日になってから肝心のペンダントの事を忘れてしまった事と、自分が魅了を掛けてしまった相手に恋をしてしまった事に気付いて愕然としたのだった。


(あああっ!どうしましょうっ!こんな事ってあるのっ?)


 彼の事を思い出すと今でも胸の高まりが抑えられないのだが、私は彼の名前を聞きそびれてしまった。会話を思い出して彼と私が同年なのは分かったが、もしも彼が1組の生徒だったら彼は高位貴族だ。


 高位貴族にはほとんど婚約者がいる。昨日見た彼の馬車の大きさや装飾から見ると高位貴族の可能性が高いし、低位貴族であったとしてもウチとは違って裕福な家庭だろう。そしてそういった家の令息たちのほとんどには、既に婚約者がいるのだった。


 彼が乗っていた馬車の家紋は私の記憶には無い。私の覚えている家紋なんて王家と公爵家と有力な侯爵家くらいだから、彼の家はそこまで高位ではない。でもおそらくは私とは身分が違うだろう。


「はあ~~~」


 恋をしてしまった途端、失恋をしてしまった。


 気分が重い。学園に行きたくない。


 彼は昨日、魅了を掛けられていたから私に好意的だった。


 でも私の魅了の能力は一瞬しか持たないからあの時だけのもの。だったら今の彼は私のことをどう思っているのだろう?


 昨日の彼は私に興味を持っていた様子だったけれど、それは魅了のせいだ。彼の雰囲気は真面目そうだったから、素面だったら初対面の令嬢にあのような態度は取らなかっただろう。


 そう、これはきっとアルコールに酔ってたまたま身近にいた相手といい感じになった、きっとそんな感じだ。


「どうして私、名乗っちゃったのよ~!」


 私はわしゃわしゃと寝起きの頭を掻き毟る。


 彼に私の名前が知られてしまった。冷静になった彼は自分が状態異常であった事に気付くかもしれない。そしたら彼は……。


(彼はもう私の事を思ってくれていない)


 私は自分の能力を彼に知られる事よりも、彼の中にはもう私への思いが消えてしまった事実がの方が大きく、絶望感と悲しさを感じてしまう。


 ぽろぽろと涙がこぼれる。


 彼は昨日の事は気の迷いだと考え、私の事なんて忘れて自分の婚約者と仲良く登校するのだろうかと想像するだけで胸が痛くなる。本当にそんな彼らの姿を見た自分に耐えられる自信が無かった。


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