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75 悪魔の軍勢

 ステラたちが王国から飛び立つ少し前の事。

 大量の低級悪魔と中級悪魔をベースとした悪魔の軍勢がアヴァロンヘイムの木から放たれ、人の世界を襲い始めた。


 当然人間側も抵抗しないはずはなく、村や町を守っている傭兵や居合わせた冒険者たちが迎え撃つ。

 仮にもブロンズランクに相当する実力を持つ者たちが集まっており、そんじょそこらの魔物では落とすことなど出来ないだろう。 


 しかし……。


「キシェェェッッ!!」


「くっ、こんな量の悪魔、俺たちだけじゃ……ぐあぁっ!!」


 いくらこの世界基準では上澄みである彼らだとしても、低級悪魔以上の魔物がこれだけの量で襲って来れば勝ち目など無かった。

 前線で抑えきれなくなった結果、村の中には次々に悪魔たちが侵入し、建物を破壊し、人を殺していく。


「お願いします、どうか子供たちだけは……!!」


「ゲヘヘ ヤワラカイコドモ ウマソウダナ」


「いやだっママ、助け……!! あ゛あ゛あ゛ぁ゛っい゛だぃ゛っい゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛っっ」


 低級悪魔が母親から子供を奪い取り、片足を食いちぎる。


「そんな……待って、だめよ……う、ぅ゛ぇ゛っ」 


 愛する我が子が泣き叫びながら肉塊になっていく様を目の前で見せつけられ、母親はとうとう吐いてしまうのだった。


「アンシンシロ オマエモスグニ クッテヤル」


 そんな彼女もすぐに低級悪魔の腹に収まることとなる。

 男も女も、老人も子供も関係なく、悪魔は平等に死をばら撒いて行くのだ。


「さて、この村もこれまでか。悪魔たちのエネルギー補給には少々物足りないが、それは道中で補えば良いだろう。……おいマモン、やり過ぎだ」


 一方で落ち着いた様子で全体を俯瞰して見ていたルシファーはそう言ってマモンに釘を刺した。

 と言うのも、彼は周りの悪魔も巻き込んで村人を殺しまわっていたのである。

 それも原型が残らないくらいに滅茶苦茶な高火力で行っているため、人間の死体は肉塊すらまともに残っていないレベルで霧散している。


「あ゛ぁ? こちとらまだまだ殺したりねえんだ。もっと楽しませてくれよ」


「君の欲求はわかるが、あれでは悪魔たちが食べることが出来なくなってしまう。何のために人の集落を襲いながら侵攻していると思っているんだ」


 会議ではああ言っていたルシファーだが、実のところ宣戦布告を行った目的は他にもあったのだ。

 数が増えすぎた悪魔はアヴァロンヘイムの木の中にいる魔物だけでは腹を満たせなくなっており、外で人間を食べる必要が出てきていたのである。


 だがこの数の悪魔を一斉に外に出せばあっという間に人間はおろか魔物すらも狩り尽くされ、最終的には悪魔は食料を失い絶滅することになるだろう。

 それがわかっていたルシファーは宣戦布告を行うことで人類側を纏めさせ、そこを叩いて人間の国を支配し、人間を家畜化することにしたのだった。


 特に人間は下手な魔物よりも扱いやすく、それでいてエネルギー効率がいいため、今の切羽詰まった状態の悪魔にとってはまさに天の恵みと言えた訳である。

 また個体としてあまり強くないと言うのも、人間を標的にする理由の一つだった。悪魔を殺せるような大英雄など、数百年に一度生まれるかどうかなのだ。


 そう言った事情もあり、今彼らが従えている悪魔は満足なエネルギー補給が出来ておらず、道中で人や魔物を喰いながら侵攻する必要があったのである。

 それを無視してマモンは村人を消し炭にしていたため、ルシファーが怒るのも仕方のないことだと言えるだろう。


「……そうだったな。すまねえ」


「いいか、次は無いぞ」


 しかしルシファーも決して馬鹿では無い。今ここで無駄に戦力を減らすような真似は決してしなかった。

 仮に罰を与えるにしても、それは人間の国を支配してからのことになるだろう。

 何しろ、彼にはたった一つだけ懸念点があったのだ。


 魔王殺し。そう呼ばれる異常な存在がこの世界に現れたとの情報を彼も掴んでいたのである。

 最初はまさかそんなはずは無いだろうと思っていた彼だが、魔王が消えた事実を考えればその存在には信憑性があった。


 それどころかその魔王殺しはあろうことか人間の国に滞在し、人の味方をしているのだ。

 魔王を殺せるような存在など、それこそ魔族でもなければあり得ない。だからこそ、人の味方をするその矛盾した存在には警戒せねばならなかった訳である。


 彼としてはもっと情報を集めたかったところだが、悪魔はその存在自体が奇異であり、更には常に特殊な魔力を放ってしまっている。

 そのため偵察すらもまともに行うことが出来ないために、彼らはアヴァロンヘイムの木の外のことをほとんど知り得ないのである。


 それこそアスモデウスによる聖王都の大虐殺のように、特別な目的でもない限りは上級悪魔が出向くことはまず無かった。


「ルシファー、ここから南下した所にまた別の村を見つけたわよぉ」


「ご苦労だった。悪魔たちの補給が終わり次第、向かうとしよう」


 そしてそれは細かい立地に関しても同じであり、おおまかな位置関係こそ把握済みだが、細かい村の配置などはリアルタイムで探していくしか無かった。

 これもまた宣戦布告を行った理由の一つと言える。いや、そうせざるを得なかったとも言えるだろうか。


 万が一にも悪魔が戦力で人に負けるはずは無いと、ルシファーはそう考えていた。

 それでも前述の魔王殺しの件もあり、地の利を人間側に与えたままで戦うことは避けたかったのである。

 だからこそゆっくりと侵攻を行い、地形を把握しながら人間を追い詰めて行くことにした訳だった。


 それから少しして、悪魔たちが村人全員を喰い尽くしたのを確認したルシファーが指示を出し、再び悪魔の軍勢が侵攻を始めた。

 このまま進んだ場合、あと一時間も経たない内に彼らはエルトリア王国の国境にまで辿り着くだろう。


 そうすればもっと多くの村や町があり、そこにいる人も王国の中央に近づくほどに増えて行く。

 もはや悪魔の軍勢に負ける未来は無かった。


 もっともそれは王国側から飛んできている彼らさえいなければの話である。


「おいルシファー、なんか飛んできてねえか……?」


 それにいち早く気付いたのはベルゼブブだ。

 暴食の悪魔である彼女だからこそ、異質な気配の接近に即座に気付けたのだった。


「ふむ、フライの魔法か……。見たところ王国から飛んできているようだが……人間には過ぎた魔法のはずだ。少人数で飛んできている辺り少々腕には覚えがあるようだな」


 ルシファーはそう言うと、冷静に悪魔たちへと指示を出し始めた。

 フライを使える存在が数人となると、少なくとも低級悪魔がいくら集まったところで相手にならないのだ。

 そのため中級悪魔もいくらか混ぜた混成部隊を複数作り、飛んでくる者たちへとけしかけたのだが……。


「エクストラマジック、ロストメテオ! エクストラマジック、ロストブリザード!!」


 先頭を飛んでいたエルフの放った魔法により、悪魔の混成部隊は跡形もなく消失したのだった。


「第八等級魔法……だと?」


 それに一番驚いていたのは部隊を編成して彼らにけしかけた張本人であるルシファーだ。

 それもそのはずだろう。いくら魔法の才があるとされるエルフであってもせいぜい第三等級魔法まで使えれば充分なのだ。


 にも関わらず、そのエルフは第八等級の……それも限られた上級悪魔にしか使えないような「ロスト」の名を冠する魔法を使ったのである。 

 完全なる想定外。それが彼の脳内を一瞬にして埋め尽くし、彼を呆然とさせたのだった。


「おいルシファー! アイツら、なんかやべえぞ!!」


「……はっ!? くそっ、なんなのだあれは……! 中級悪魔を纏め、一斉に仕掛けさせろ! 戦力の温存は考えなくてもいい!!」


 そんな彼だったが、ベルゼブブの声で我に返るや否や、すぐさま指示を出すのだった。

 すると彼の指示通り、上空にいるエルフたちの元へと大量の中級悪魔が飛んで行く。


「エクストラマジック、ロストライトニング!」


 しかし、またもや高範囲高威力魔法によって彼らは一網打尽にされたのだった。

 もっともこの結果自体はルシファーも想定していた。第八等級魔法を使う相手に中級悪魔がいくら束になってかかっても勝ち目など無いのだ。


 だが彼の目的は別にあった。


「今だマモン、ベルゼブブ!!」


「応よッ!!」


「後はオレに任せておきな!」


 気付けばいつの間にかエルフの元にマモンとベルゼブブの二人が肉薄していた。

 そう、中級悪魔による攻撃はあくまでブラフだったのだ。

 暴食と強欲……彼らの中でも群を抜いて接近戦に強い二人の上級悪魔を向かわせ、エルフに直接攻撃を行う。これこそが彼の本当の目的であった。


 いくら凄腕の魔術師であれど、これほど肉薄されてしまえばもはやどうしようもない。

 それが上級悪魔である彼らであればなおの事、もはや対処出来るはずもなく、打つ手は無いのだ。


 ……しかしそれもまた、彼らが「普通」であればの話である。


「あら、そうはさせないわよ?」


「何ッッ!?」


 マモンによる渾身の一撃を白髪の少女が容易く受け止める。


「残念ですが、その攻撃を通す訳には行きません」


「嘘だろッ!? なんで今の攻撃を受け止められんだよッ……!」


 と同時に、ベルゼブブの本気の攻撃もまた、機械のような鎧を纏う騎士によって遮られていた。

 

 こうして中級悪魔をほぼ全て犠牲にして行ったルシファーの策は、たったの三人を相手にしているのにも関わらず見事に打ち砕かれたのだった。

本作をお読みいただき誠にありがとうございます!

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