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70 悪魔襲来

 その後の聖女の動きは速かった。

 大司教ナコンダは大量の不正の証拠を突きつけられ、その罪の重さから死刑が決まった。

 そして大司教が裏で関わっていた色々な改悪も見直され、聖王都は元の姿を取り戻す方向に進み始めていた。


 このまま行けば全てが丸く収まり、聖王都は彼女が現れる前のそれへと戻る。

 そう誰もが思っていることだろう。それはもちろん、俺を含めてだ。

 結局、召喚された勇者は死刑となってしまった訳だが……まああれはどうしようもないだろう。仕方のないことだと割り切るしかない。

 

 さて、アーロンにどう報告したものか。今回の件で勇者は必ずしもこの世界に有益な存在とは言い切れないことが判明してしまった。

 勇者の存在がこういったことに繋がるとなれば、いたずらに勇者召喚をした王国の立場も危うくなりかねない。


 隠蔽……も、考えないといけないのかもな。


「ステラ、大丈夫? 昨日からずっと何か考え込んでいるみたいだけど」


「ああ、大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだから」


 俺の前世であるステラが勇者召喚の魔法を創り出した。だからこそ俺も決して無関係ではない。

 だが少なくとも彼女たちに責任は無いんだ。

 これはあくまで俺と王国の問題だった。彼女たちに被害が出るようなら、その時こそどんな手を使ってでも守り切らないといけない。


「そう言えばあの聖女様が今日、広間で演説するらしいわね」


「多分、大司教関連の話を民に伝えるためだろうな。あれだけの事があったんだ。聖王都の民だって相当な鬱憤が溜まっているだろうし放置するわけにはいかないんだろう」


 現にここに来たばかりの時に見たポーション絡みのいざこざも、裏で大司教が繋がっていたみたいだからな。

 そもそもの話として、ナコンダは吸血鬼を倒せてしまう程の冒険者が出てこないように、冒険者を抑圧するための法をゴリ押しで作りまくっていたようだ。


 ポーションの規制も恐らくはその一つだろう。

 神官の価値を損なう可能性があると言うのは一件それっぽい理由だが、この世界のポーションは切り傷を治せればいい方な程の性能だ。

 それに対しこの世界の高位の神官はもっと大きな怪我も、なんなら軽い骨折レベルですら治せる。


 だから、よく考えてみれば微妙に嚙み合っていないんだよな。

 少なくとも普通の神官であればこの法がおかしいことに気付くはずだ。

 だが大司教が裏で糸を引いている以上、聖女ですらどうにもならないことが一般の聖職者にどうにか出来るはずがないのも事実。

 

 そんな状態だからこそ、聖女も大司教の隙を伺って少しずつ情報を集めるしか出来なかったと。

 そんな時に俺たちが本人とドンパチやり始めたんだから、彼女からしたらまたとないチャンスだったんだろうな。


 まあ全ては終わったことだ。大司教に関する事件は解決して、聖王都はまた平和に戻る。

 そうに決まっている。

 ……そのはずだったんだ。


「嘘だろ……?」


 聖女の演説を聞くために広間に行った俺たちは、そこでとんでもない光景を見ることになった。


「助け、て……くれ……」


「死にたくない……死にたく……な」


 まさに阿鼻叫喚。人々の断末魔と共に、血が、肉が、骨が、勢いよく飛び散っていた。


「あら、あなた方は……」


 その中心にいたのは聖女……いや、あれはもう聖女なんかではない。

 その手は血に塗れ、目は紅く光っている。そして背中からは大きく強靭な翼が生えていた。


「……お前は誰だ。聖女をどこへやった」


「どこへ……? うふふっ、おかしなことを言うのですね。今ここにいるではありませんか」


 聖女の姿を何かはそう言って笑う。

 その笑みは間違いなく、あの時向けられた柔らかい笑みそのものであった。

 いや、そんなはずは無い……あの聖女が吸血鬼で、ましてや民をこれほどまでに惨く殺せるだなんてあり得るはずが無いんだ。


「そんなはずは無いわね。だって貴方、聖女とは全く違う魔力をしているじゃない」


「メイデン? それってつまり……」


「そうよ。彼女は聖女じゃない。全く別の何かでしょうね」


 メイデンが魔力を感じ取れたのは初耳だが、まあこれも吸血鬼だからと言うことにしておこう。

 今はそれよりも目の前の聖女モドキの方が重要だ。


「あらぁ……バレてしまったのねぇ」


 その瞬間、聖女の姿が崩れて行き……そこには全く別の少女がいた。


「私はアスモデウス。この聖王都を裏から牛耳る者……に、なるはずだったただの悪魔よぉ」


 悪魔……だったのか。ここんところ吸血鬼が頭の中で飽和していたからあの姿から勝手に吸血鬼だと思ってしまっていた。

 ……いや結局似たようなものか。


「ナコンダが使い物にならなくなっちゃったから私がこうして出てくる必要が出てきたんだけどぉ……その原因、貴様らってことでいいのよね?」


「だとしたらどうする? 俺たちと戦うか?」


 と、言ったものの今ここで派手に暴れるのも暴れられるのも不味い。

 付近にはもう生存者はいないようだが、広間から離れればまだ生きている人がいるかもしれない。

 せめて、その人たちが逃げるまでの時間は稼がないといけないな。


「威勢が良いのは良いことよ。うん、凄くいいわぁ。そう言う自分を強いと勘違いしている輩を完膚なきまでにぶちのめすのが私は好きなのぉ♡」


 ああ、コイツもナコンダと同系統なのか……。

 下手に話をしようとすればこっちの頭がどうにかなりそうだ。


「……でも残念。今回の目的はあくまで宣戦布告なの。一番の脅威になりそうな聖王都を内側から少しずつ侵食していく予定だったんだけどぉ、こうなったらもう全面戦争しかないもの。けど人間が全ていなくなっちゃうと私たちも困るから、最低限だけは逃げて欲しいのよね」


「その最低限には、俺たちも含まれているってことか」


「ご名答♡ 悪魔に勝てる人間なんているはずが無いんだから、逃がしてもらえることに感謝してちょうだいねぇ」


「……ッ!!」


「待ってくれルキオラ。怒っているのはわかるが、ここはこらえてくれ」


 今すぐにでも飛び込んでいきそうなルキオラを止める。

 罪もない人をこれだけ殺されたんだ。正直俺だって、自分でも信じられないくらい怒っている。それは彼女と同じだった。


 だが今ここでアイツと戦うのは得策じゃない。

 彼女は全面戦争と言った。と言うことは少なくとも先遣隊である彼女以上の存在が裏にいるはずなんだ。

 下手に刺激するのは不味いと言うのは俺にもわかる。


「まぁ~そう言う事だからぁ。私たち悪魔の恐怖と脅威を、しっかり人間たちに伝えてちょうだいねぇ♡」


 そう言うとアスモデウスと名乗った少女は転移魔法を発動させた。

 それは第八等級魔法のマキシムテレポートで、制限なくどこにでも転移できると言うものだった。

 その時点で彼女が……そして彼女以上の力を持った存在が、どれほどの脅威なのかが大体推測できる。


 ……間違いなくこの世界のほとんどの住人では手に負えないだろう。

 それこそエルトナイトのクレアや魔導騎士であるルキオラ程の実力がないと相手にもならない。

 逃げることすら出来ず、虐殺される。それほどの実力差があると言っていい。


「……生き残っている人を連れて王国に戻ろう。そしてあのアスモデウスと言う存在のことを伝えないといけない。その後は俺が奴と、その後ろにいる奴を叩く」


「……わかった。あたしたちも精一杯協力するから、だから……無理だけはしないでね」


 ルキオラは心配そうな顔で俺の顔を覗き込んで来る。


「ありがとう……ルキオラ」


「全く、全部自分だけでどうにかしようとするのは貴方の悪い癖よ? でも、そう言うステラだからこそ私も信頼しているのだけれどね」


「メイデンも……ありがとうな」


 自分でも驚く程に冷静に判断を下せていると思う。

 恐らくはステラの記憶が混ざり合ったことで、彼女の倫理観や判断基準が今俺の中にはあるんだろう。 

 だがそれでもやはり……辛いものは辛かった。

 半分はステラだが、もう半分はただの日本人なんだ。それは変わらない事実だった。


 だからこそ、彼女たちの存在が俺には重要で……俺の精神の要にもなっている。

 そんな二人からの言葉だぞ。元気を、そして戦う勇気を貰えたのは言うまでもない。

 今の俺にはそれだけで充分だった。

本作をお読みいただき誠にありがとうございます!

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