66 大司教の救済
部屋から出てきた大司教は吸血鬼と言って間違いないであろう姿をしていた。
だが彼女がプレイヤーであるのなら、それはただ単にキャラクターとしての姿である可能性もある。
しかし、彼女が片手に持っているモノと先程の男の断末魔……そして今彼女が纏っている悪趣味なオーラからして、彼女の種族が吸血鬼であることはもはや確定的に明白だった。
「ブラッドドレイン……だな?」
「あら、知っているのね」
ブラッドドレインと言うスキルは吸血鬼の持つ固有スキルで、生物属性を持つ敵を倒すことで一定時間強力なバフを手に入れられるというものだ。
そして彼女が手に持っているモノとは胴体から切り離された男の頭部である。
あの断末魔からして、彼女は男を殺してブラッドドレインを発動させたのだろう。
その証拠に、ブラッドドレイン特有の苦痛にゆがむ人の顔を模した悪趣味なオーラが彼女を覆っていた。
「そうよ。彼には救済を与えたの」
「救済だって? ……そんなことがあるものか。お前はただ殺しただけだろう」
「変なことを言うのね? 彼は私のために命を献上したの。そして私はその命を有効活用する……ほら、救済以外にないでしょう?」
駄目だ、言葉は通じるのにどこか話が通じていない。
と言うか倫理観とか価値観とかがかけ離れ過ぎている。
……コイツ、本当にプレイヤーなのか?
ステラの創り出した勇者召喚の魔法は現代日本からネワオンプレイヤーを勇者として召喚するものだ。
なのにコイツの精神性は現代日本……いや、なんなら他の国であったとしても異常と言えるだろう。
「でも心配しないでいいのよ? 今はわからなくても、私が貴方に丁寧に教え込んであげるから。最初は辛いかもしれないけれど、これも貴方のためなの。だから受け入れてね?」
「生憎そのつもりは無い。俺はアンタを止めに来たんだからな。……お前、プレイヤーなんだろ?」
「……」
まるで張り付けたかのような不気味な笑顔を常に浮かべていた大司教だったが、その表情が一瞬だけ無になり、またすぐに元に戻った。
その一連の流れがあまりにも人間離れし過ぎていて、不気味でしょうがない。
「そう言う事だったのね。先程の救済が貴方に届かなかったのも、そのせいなのね」
救済って……。あの扉ごしの殺意MAXな攻撃をそんな呼び方しているのか……。
「それなら仕方ないわね。そう、これは仕方ないことなの。貴方に救済を与えるのは難しいのだから……もう、殺すしかないわよね?」
「ッ!!」
その瞬間、物凄く濃い殺気が彼女から放たれた。
「ごめんなさい、貴方は救済できないの。でもせめて、苦しまないように殺してあげるから……!」
大司教は爪を伸ばし、飛び掛かって来た。
どういう訳か俺の姿が彼女には見えているらしく、狙いは的確だった。
そして動きも洗練されている。この世界の住人と比べればその実力差は一目瞭然だろう。
「おっと……!」
しかし彼女の攻撃は鋭く速いものであると同時に、直線的で単純な動きでもあった。
だから避けるのは容易い。そして避けられることを最初から考えていないのか、攻撃後の隙も大きかった。
「お返しだ! ホーリーシャイン!」
「ぐっ……あがぁっぁ……!!」
もう透明化している必要も無さそうなので装備を戻し、攻撃を外したことで隙だらけになっている彼女に光属性魔法のホーリーシャインを彼女にぶち込んだ。
吸血鬼は光属性の攻撃に弱い。建物内だからあまり派手な魔法は使えないが、それでも俺の魔法攻撃力であれば充分なダメージになるはずだ。
「どうして……当たらないの? 私の力は絶対のはずなのに……!」
自分の実力に絶対の自信があるのか、大司教はそう叫んでいた。
だが、今の一撃でわかった。彼女は俺には勝てない。
「残念だけど、俺を倒すにはレベルが足りていないんだよ。それに動きだって単純だ」
「嘘よ……だって私は救済を与えないといけないの。負けることなんてあってはいけないのよ……!」
「ッ! 待て!!」
俺に勝てないことを察したのか、大司教はこの場から逃げ出した。
「くっ、一体どこに向かって……」
彼女の後を追っていくと、教会の地下に辿り着いた。
地下に外への抜け道でもあるのだろうか。そうでも無ければ彼女は袋のネズミだ。
「痛い゛、痛い゛よォォッ!! や゛だ、助け゛……!!」
「お、お願い……命だけは……あ゛あ゛っぁ゛!? いや゛、いや゛ぁっ! わだしの足、返じてぇ゛っ!!」
「死にだくな゛いぃ゛っ! いや゛だぁ゛ぁ゛じにだぐな゛い゛ぃ゛ぃっ!!」
しかしその時、地下の奥から肉が弾けるような嫌な音と共に少女の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「何だよ……これ……」
もはや音だけでどれだけ惨いことが起こっているのかがわかる程に、その声は絶望で満ちていた。
しかし彼女を止めようとした時にはもう遅かった。少女の断末魔が一切聞こえなくなったのと同時に大司教が再び姿を現したのだ。
「ごめんなさい。こんな形で救済をすることになってしまって……。でも安心してね。貴方たちの事は決して忘れないわ。そして貴方達のために、私は必ず勝ってみせる。より多くの救済を成し遂げるために」
彼女の纏うブラッドドレインのオーラはさっきよりも格段に増えていた。
……つまりはそう言う事だろう。
「これでもう貴方には負けないわ。だって今の私にはあの子たちがついているんだもの……!!」
彼女が飛び掛かって来る。ブラッドドレインによる影響か、その動きはさっきよりも大幅に速かった。
だが、それでも俺には届かないだろう。結局のところバフをいくら盛ったところで、根本的なレベル差は容易には覆らないのだ。
「これで終わりよ……!」
そんなことにも気付いていないのか、大司教は攻撃を続けている。
「はぁ……。やっぱり、何度見ても醜悪ね……貴方は」
「メイデン……!?」
しかしその時、どういう訳かメイデンの声が聞こえてきた。
振り返るとそこには彼女がいて、呆れたような表情を浮かべている。
「ッ!? どうして……どうしてお前がここにいるの……! メイデン!!」
そしてどうやら、大司教はメイデンと面識があるようだった。
……一体、何がどういう事なんだ。
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