59 ステラ・グリーンローズ
正直トンチキ過ぎて目の前で起こっていることが一瞬、いや数秒は理解出来無かった。
『まあ落ち着きなって。驚くのも無理はないが、知りたいことも多いんだろう?』
そんな中、ホログラムのステラは当然のように話しかけてくる。
「それはそうだが……はぁ。貴方は『この世界のステラ・グリーンローズ』で良いんだよな?」
『その通りだよ。いや、正確にはかつての私が残した人工知能と言った方がいいかな』
ホログラムとか人工知能とか、なんだか急にファンタジーからSFっぽくなって来たな。
スターウォーズとか辺りの映画で見たことあるぞこんな光景。
『さて、君がまず聞きたいのはこれだろう? 君は何者で、私とどういう関係なのか……』
「……」
図星を突かれ、鼓動が、脈拍が、どんどん速くなっていくのを感じた。
彼女が放つ異色な雰囲気には、まるで俺の全てを見抜いているんじゃないかと思うような不気味なものがあった。
『答えから言ってしまえば……君は私だ。いや、これも正確ではないな。厳密にいえば、君は私の転生体のようだ』
「転生だって?」
『そうだ。恐らく私は勇者召喚の魔法を完成させるための生贄として自らの命を絶ったはずだ。しかし何の因果か、私は異界の人間に……そう、君に転生したわけだ』
言っていることが滅茶苦茶だ。
そんなことがありえるはずが……。
『ありえないと思っているだろう? だが、それなら君が今この世界に召喚されていることもあり得ない事象のはずだ。ありえないはずのことも、あり得てしまう……それが魔法なんだよ。だから私は魔法に魅入られたんだ』
「……」
言っていることは滅茶苦茶なはずなのに、あろうことか筋道が通っている。
そのちぐはぐさも魔法によるもの……と言う事か。もう、何でもありじゃないか。
『さて、君の知りたいことは教えた。次はこちらが質問させてもらおう』
「……何が聞きたいんだ」
『簡単さ。魔王はどうなったのか……それだけが、私の唯一の心残りなんだ。……いや待て、やっぱり無しだ。まだまだ研究したい魔法はあるし、創りたい魔法も作りたいマジックアイテムもたくさんあるんだ』
一瞬しんみりしたかと思えば、すぐに彼女は元通り自信に満ちた表情を受かべてペラペラと喋り始めた。
なんだ、王家としての誇りがあるんじゃないか……と、一瞬でも思った俺の感動を返して欲しい。
「魔王ルーンオメガは俺が倒したよ。それ以外はわからない」
『ルーンオメガか。そうか……最後の魔王を、君が倒してくれたんだな。これで世界は平和になった……私が勇者召喚の魔法を創ったのも、無駄では無かったということだな』
「ステラ……でも、エルフの王家はもう滅びているみたいだ。聖地も酷い有様で……」
『仕方ないさ。魔王ルーンアルファとの戦いの時点で、既にエルフ側は……いや、この世界の住人側は劣勢だった。むしろ、この世界とその住人が残っているだけでも喜ばしいことだよ』
「……凄いな、ステラは」
さっきはあんな事を言っていたものの、結局ステラはしっかりと王家としての誇りと責任を持ち、この世界のことを考えていたんだな。
『まあ、それほどでもあるけどね。もっと褒めてくれてもいいんだぞ?』
……いや、やっぱり違うかもしれない。
『はははっ、そんな顔をするなよ。可愛い顔が台無しだぞ』
「可愛いって、貴方も同じ顔だろうに……恥ずかしくはないのか?」
『おっと、あまり褒めないでくれよ。私は自身のこの姿を中々に気に入っているんだ。だからこそ、転生したのだとしても……きっと魂のどこかにはステラ・グリーンローズの記憶が残っていたんだろうよ。だから君はこうしてステラとしての姿を作り、それにステラとしての名前を与えたと言う事さ』
……正直、彼女の言葉に信憑性はあった。
というか、そうでも無ければわざわざステラだった時の見た目を再現したりステラの名前を使ったりはしないだろう。
そう考えると、本当に彼女が俺の転生前ってことになるんだろうけど……やはり中々受け入れられない。
だって日本生まれの日本人だと思っていたら魂は別の世界の天才ハイエルフでした……って、そう簡単に信じられるものじゃないだろ。
『……長話をしてしまったが、そろそろ時間のようだ。このマジックアイテムには時間制限があってね。自動的に崩壊するようになっている』
「何故そんな機能を……」
これまたそう言う映画でよくある、「このメッセージは自動的に消去される」的なやつってか?
『私の天才的な知性を悪用されないためさ。やろうと思えば世界をひっくり返すことだって出来るだろうからね』
「そうか。……そうかな?」
世界をひっくり返せるかはともかく、確かにそう考えると彼女の人工知能を残しておくのは危険ではあるだろう。
でもそれじゃあ、彼女は二度目の死を迎えることになる。
「……死ぬのが怖くは無いのか?」
『今の私は人工知能だからね。そう言った感情は無いさ。……けど、やっぱり無念ではある。千年以上は生きてきたけど、それでもまだまだやりたいことは多いんだ』
……そうだよな。満足して死ねることなんて、そうそうないよな。
でも、それならなおのこと、このまま終わるだなんて胸糞が悪すぎる。
「なら、貴方を悪用しようとする者から俺が守ってやる。だから一緒に……」
『すまない、それは出来ない。今の私はこのアトリエからは出られないんだ。そして、扉が開けられた今……このアトリエも数日で消滅するだろう。そう言う風に作ってあるんだよ。セキュリティのためにもね』
「そんな……」
そんなのって、あんまりだろうが……!
『……でもそうだな。君が良ければなんだが、私の全てを受け取って欲しい』
「全てを……?」
『ああ、私の記憶を君に授ける。魔法の腕も、魔法に関する知識も、今とは比べようもない程のものになるはずだ。だから、君はそれを使って私が成し得なかったことをして欲しい。もちろんそれにとらわれずに何をしたっていい。それは君の自由さ。あっでも、悪事にだけは使わないでくれよ?』
「良いのか? 結局それは、貴方であって貴方じゃない。それに俺がどう言う事に使うかもわからないのに」
『だとしても、君になら預けられるし、信頼できる。何てったって、君は私なんだからな』
「……わかった」
そう返事をした瞬間、俺の中に何かが流れ込んで来る感覚があった。
と同時に、MPの最大値がとてつもない量に上昇している感覚もあった。
そして、彼女の持つ記憶もまた俺の中に入って来たのだった。
魔王と戦う決意が、王家として民を守る責任が、そして狂ったマジックアイテム開発者としての異常性が、俺の中に溶け込んでいく気がした。
『ははっ、成功だ。ぶっつけ本番だったが何とかなったな。流石は私だ』
「嘘だろ……失敗するかもしれなかったのか?」
『ああ、最悪の場合は君の記憶が消えて私で上書きされていた可能性がある』
「それは怖いな!?」
成功してくれて良かったという気持ちと、なんてことをぶっつけ本番でしれくれちゃってんだと言う気持ちが混ざりあっている。
『まあまあ、これで君は正真正銘魔法の天才になった訳だ。それに君の記憶を覗いてみたところ、君は転生後は男だったみたいじゃないか。これで一応は中身も女の子になった訳だな。まごうこと無き天才美少女ハイエルフになった気持ちはどうだい?』
「へ、変なことを言うなよ!?」
彼女の記憶を取り込んでしまった以上、今の俺はどちらかと言えば男としての人生の記憶を持っている美少女ハイエルフということになる。
そもそも魂的には俺はステラであって、最初から美少女ハイエルフのそれであった訳で……。
『どうした? 顔が赤いようだが……』
「貴方が変なことを言うからだろ?」
なんか、急に恥ずかしくなってきたぞ。
何がハニートラップだ。何がビキニアーマーだ。全部全部、痴女そのものじゃないか……!
『あぁ……まあ、あれだけの事をしておいて、実際は魂が女の子でしたって言うのは……正直同情するよ。あっ、いよいよ時間のようだ。それじゃあ君、いやもう一人の私……元気でな』
「おっ、おい! 本気でこんな終わり方するつもりなのか……!?」
それ以降、彼女が話し出すことは無かった。
……最悪なことに、これが彼女との最後の会話となってしまった訳だ。
まあ、彼女らしいと言えば彼女らしいのかもしれないな。
最後の最後まで振り回されっぱなしだったが、それでも彼女は最後の瞬間まで楽しそうだった。
まあ、後は俺が引き継ぐからさ……安らかに眠っていてくれよ、もう一人の俺。
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