48 ハンガーウォルフの幹部
「私の大切な友達を攫って行ったアイツらを、絶対に許しはしない……この手で斬り刻んで、絶対に彼女のいる場所を吐かせてやる……!」
ステラたちの元を飛び出したルーシーは、怒りに満ちた様子でそう叫びながら走り続けていた。
「……ッ!!」
「おぉ? そっちからやってきてくれるとは運が良い」
そんな彼女が茂みから飛び出ると、そこにはいたのは大きな鎌を背負った大男だった。
「……アンタがハンガーウォルフの幹部だな」
「その通り。人呼んで『首狩りのオルタナ』さ。そんな俺の得物がこの『ジャイアントリーパー』だぁ……」
オルタナは鎌を舐めながらそう言う。
そんな彼の目は完全にキマっていて、醜悪で、残忍で、どう見てもまともな人間のそれでは無かった。
「嬢ちゃんの方こそ、ただのエルフでは無さそうだが?」
ルーシーを少し見ただけで、オルタナは彼女が相当な実力を持っていることに気付いたのだった。
それが経験によるものなのか、天性の才能なのか、そう言ったスキルによるものなのか。ルーシーに知る術は無い。
「……だったら何だ」
だが彼女にとってはそんなこと、どうだって良いものだった。
「私はアンタらハンガーウォルフが憎い。だから殺すだけ」
「はははっ、言うじゃねえか。久々の強者を相手に出来そうで嬉しいぜ俺は! それに、強気な女を屈服させるのも最高だからなぁ!!」
オルタナはそう叫ぶと鎌を構え、今すぐにでもルーシーへと斬りかかりそうな姿勢のまま微動だにせずに彼女の隙を探り始めた。
これこそが彼の持つただ一つの、唯一にして最も強い最強の戦法であり、彼が首狩りと呼ばれる所以だった。
少しでも間合いに入れば、あっという間に首とサヨナラをすることになる。そんな一撃を放つためのこの構えを前にルーシーも攻めあぐねていた。
「……」
「ほらほら、どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか?」
「生憎だが、そんなあからさまな罠には引っかからないよ私は。それにその攻撃、アンタの反応速度を超える場合には対処出来ないだろ」
ルーシーは長剣を抜くと、そのまま身体能力強化魔法を発動させた後に彼へと斬りかかった。
「ッ!? な、なんだその速」
オルタナが鎌を振った時には時既に時間切れだった。
ルーシーの剣が彼の首を斬り落とす方が早かったのだ。
「……これで一人」
幹部を殺したことに喜ぶでもなく、ルーシーは静かに再び走り始めたのだった。
それから一人、また一人と彼女はハンガーウォルフの幹部を殺していく。
「オレは『疾風のゴルダ』。速さだけなら誰にも負けないんだな」
「……私よりも遅いのに、勝てる訳無いだろ」
疾風のゴルダ、死す。
「私は『煽情のミルズ』。この妖艶な舞を前に、貴方は無力」
「残念だが、私に魅了は効かない」
煽情のミルズ、死す。
ルーシーによって何人もの幹部が殺されていき、二十を超えていたはずの幹部はいつの間にやら数人だけにまで数を減らしていた。
「おかしい、いくらなんでも弱すぎる……この程度で本当にあの規模の組織を維持できるのか?」
と、ここに来てルーシーは疑問を抱く。違和感に気付いたとでも言うべきだろうか。
と言うのも、彼女は確かに実力者だがそれでもレベルにしてせいぜい80程度なのである。
にも関わらず、幹部だと言うのに彼らはあまりにも簡単に彼女に殺されていたのだ。疑問を抱くのも仕方のないことだった。
「ようやく気付いたようだね」
「ッ!?」
その時、ルーシーの背後に突如として一人の青年が現れた。
「確かに彼らは弱い……けどそれもそうさ。あんなのただの寄せ集めなんだから」
「ハァ……ハァ……な、なんなんだアンタは……」
ルーシーの呼吸が荒くなっていく。
当然だ。この男の放つ殺気は、これまで彼女が殺してきた幹部とは大きく違っていたのだから。
「僕? 僕は「屍のネフェト」。ハンガーウォルフの序列トップさ。あくまで戦闘力の話でしかないけどね」
「序列トップ……だと?」
「うん、そうだよ。僕が一番強い幹部ってこと。君が殺して回っていたような奴らとは格が違うとでも言えば良いかな?」
ネフェトは笑いながらそう言うものの、変わらず殺気は放たれている。
それどころかその表情の柔和さと放たれる殺気の差が、見る者の精神を悪化させるとまで言えるだろう。
「……仇討ちにでも来たのか?」
「まさか。僕があんな有象無象のためにどうしてそんなことをする必要があるのさ。僕の目的は暴れまわっている君の無力化だね。君みたいなのがいるとエルフを攫うどころじゃないからさ」
「……やれるものならやってみろ。例えトップだろうが私が絶対に殺す」
「そう? でも、その足じゃ無理じゃないかな」
ネフェトがルーシーの足元を指差す。
「え……? な、なんで……」
ルーシーの足は今にも倒れてしまいそうな程にガクガクと震えていたのだ。
圧倒的な強者を前にして、本能的に恐怖してしまっていたのである。
「嘘……だろ? 何のためにここまで来たんだよ……! 動け、動けよ私の足……!」
「君の体はお利口だね。僕に挑んでも勝てないことを理解している」
「ふ、ふざけるな!!」
「おっと」
ルーシーはネフェトに向けて剣を投擲する。
その速さと精度は凄まじく、これまでに彼女が殺してきた幹部であれば今の一撃で問題なく終わっていただろう。
だが、彼は違った。
「いきなり危ないじゃないか」
「ば、化け物め……!」
ネフェトは何気ない様子でその剣を素手で受け止めたのだ。
……それもたった指二本のみで。
「このまま大人しく捕まってくれるのであれば、奴隷として売るために最大限の助力はしてあげようと思っていたんだけど……」
「誰がアンタらの言葉を信じるものか……それに、仮に奴隷になるのなら殺される方がマシだ」
ルーシーの覚悟は本物であった。
非合法な奴隷として無様に辱められるくらいなら、尊厳を保ったまま戦死することを選ぶ。
ハンガーウォルフと戦うことを決めたその時から彼女はその覚悟を決めていた。
またそうでないにしても、彼が本当に命を助けてくれる保証などどこにもないのだ。
結局のところ、今の彼女には戦う選択肢しか残されていないのだった。
「まあ、そうなるよね。はぁ、勿体ないなぁ。君、結構可愛いのにさ。相当高値で売れるし、可愛がってくれると思うよ?」
「……この性格でそれは無理だな。それはアンタだってわかってるだろ」
「そうだね。でも見た目が可愛いのは本当だよ。ああ、勿体ない。……だからせめて、僕が使ってあげるね」
「ッ!?」
ネフェトが魔法を発動した瞬間、彼の周りに多くのエルフが……いや、正確にはエルフの屍が現れた。
「これはまさか、死霊魔法……!?」
「知っているんだね。その通りだよ」
彼が発動させた死霊魔法は簡単に言えばネクロマンサーのようなものであり、屍を自らに隷属させることで自由に扱うことが出来るようになるというものだった。
これこそが彼が屍のネフェトと呼ばれる所以なのだが、彼自身はこの二つ名をあまり良く思っていなかった。
「美しいままの姿を保存するにはこれが一番良いんだ。君も僕のコレクションに加えてあげるから、抵抗しないでね」
その言葉の通り、彼にとって彼女たちの扱いは屍では無く芸術品であり、言わばコレクションなのだ。
そのため彼女たちを屍として扱うこの二つ名には不服なのだった。
「そんなもの、死者への冒涜でしかないだろう……!」
「冒涜? どうして? こんなにも美しい姿を永遠に保存しておけるのに? 大丈夫、君もすぐにわかるさ。永遠の良さが……ね」
「や、やめろ……来るな!!」
ただでさえ実力差による恐怖があるのに、さらに話が通じない狂気さが彼にはあった。
そのためルーシーは必至の形相でその場から逃げだそうとするが、今なお震えている足では上手く走ることが出来ずに倒れ込んでしまう。
「心配しないで、力を抜いて。苦しまないようにしてあげるからさ」
それでも諦めずに、ルーシーは後退りでオルタナとの距離を取ろうとする。
だがこの状態ではもう逃げようがなかった。
「くっ……やめ、ろ……!」
エルフの屍たちの手がルーシーの体中に伸びる。
彼女の柔らかい太ももに、細い腕に、引き締まったお腹に、そしておでこにまで伸びた時、彼女の中の生命力が吸い出され始めた。
「ぁっ……うぐっ……」
その行為によって彼女が物理的な苦しさを感じることは無い。
しかし生命力を根こそぎ吸い出されそうになっているのだ。彼女の魂がそれを拒絶するのは当然のことだった。
「良い顔だね。やっぱり女の子は死ぬ瞬間が一番輝くんだよ」
「い、や……だ……。しに……た、くな……い」
ルーシーの目は虚ろになっていき、だんだん呼吸が浅くなっていく。
このままでは数分も持たずに彼女の生命活動は終わりを迎えるだろう。
その時である。
「させないわよん!!」
突如として跳び込んできた虚像のクレアが、ルーシーを覆っているエルフの屍たちを余さず薙ぎ払ったのだった。
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