39 世界魔法
突然のことに理解が追いつかなかったのか、俺は人型機械の声で我に返るまでしばらく放心状態だったようだ。
『ふむ。自ら身代わりになるなど、救えない程に馬鹿なのだな貴様は。あの忌々しいステラなる者さえ無力化すればこちらのもの……そう考え、心を乱した演技までして油断を誘ったと言うのに、それも無駄になってしまった』
「ルキ……オラ……? おい、ルキオラ……!!」
速攻で倒れている彼女の元へ向かい、その体を抱き上げる。
矢は彼女の纏う鎧を貫通していて、そこからは絶えず血が流れ出していた。
早く、彼女を助けないと……そう思った俺は無我夢中で回復ポーションを取り出していた。
『無駄だ。この矢には紫毒竜バジリスクの毒が塗ってあるのだ。体力を回復させるだけでは意味が無いのだよ』
「なんだって……?」
紫毒竜バジリスクはネワオン内におけるネームドボスの一体だ。
名前からもわかる通り、とにかくコイツの毒は強く厄介極まりないものだった。
無効化するためにはレベルの高い毒耐性スキルが必要なのもそうだが、何より最悪なのはアイテムで回復させる手段が無いことにある。
コイツの毒は扱い上は呪いに近いようで、神官系のスキルで浄化しないと治せないのだ。
治す手段が無いうえに、この毒状態になると一秒ごとに最大体力の三割がもっていかれる……そして体力回復ポーションは再使用が可能となるまでに五秒のクールタイムがあった。
ゆえに対策必須であり、それがなければ間違いなく死ぬことになる。
もしこの世界でもその設定が引き継がれているのだとしたら……もう、ルキオラは助からない。
「嘘だ……だめだルキオラ……せっかくまた会えたのに……!」
「泣か……ないで、ステ……ラ……。あたしなら大丈……夫、だから……」
「大丈夫な訳あるか!! この毒は俺でも治せないんだ……俺ではルキオラを、救えない……」
「本当に、君は……優しい……ね」
ルキオラは震える手で俺の頬を撫でた。
「でも、本当に……大丈夫だか……ら。あたしを、信じて……?」
「ルキオラ……!! ぐっ……クソッ……!」
……彼女は最後まで笑っていた。
毒が体中に回って、痛くて、苦しいはずなのに、それでも俺を心配させないために、最後までそうやって俺のために笑って見せたのだ。
「……ルキオラ、お前の仇は俺が取ってやるから安心してくれ」
『おっと、残念だが……私を倒したところで意味はない。今の私は所詮、ただの複製品なのだ。大本を叩かない限り、いくらでも復活できるとも』
「なら、大本をぶっ壊してやるさ。このダンジョンであれだけの生物兵器を作ってたんだ。あるんだろ? アンタらの本体……メインサーバーがよ」
「……」
この状況での沈黙は肯定とみていいだろう。
だが、奴がその本体の場所を言わない限りはどうしようもない。
……なんて、俺に通用するとでも思ったか?
「なら、このダンジョンごと破壊してやるさ」
『何だと? 何を言い出すかと思えば、そんなことは絶対に不可能だ。いくらあれだけの魔法を使えたところで……』
「ああ、さっきの魔法じゃあ無理だろうな」
終焉の魔物を倒した時のあの魔法だと、よくて数階層を焼ければいい方だ。
それじゃ全然足りない。
だから、アレを使う必要があった。
『まるでまだ何か奥の手があるかのような言い方だな』
「あるさ、とっておきのがな」
ネワオン内の魔法には第一から第八までの等級が割り当てられている。
だが、それはあくまでほぼ全ての魔法がそうだと言うだけだった。
実際にはグランドを冠する魔法系職業にのみ、等級魔法よりもさらに上の魔法が……等級が割り当てられていない、正真正銘の最強の魔法があるのだ。
「『世界魔法』……って、聞いたことはあるか?」
『ッ!! ……貴様、どうしてその魔法を知っている』
その魔法こそが「世界魔法」だった。
ゲーム内最強の魔法であるこれはあまりにも強力過ぎるため、一部の特殊なレギュレーションを除いてPVPやボス戦では使用禁止となっている。
その威力は凄まじく、俺のメインクラスであるグランドウィザードの世界魔法……「アポカリプス・メテオ」は今自分がいるマップ全域の全ての敵を残さず消失させられる程の火力を誇っていた。
第八等級魔法であるメテオが自分を中心として画面外まで少しまで……現実世界的に言えば半径数十メートルくらいの攻撃範囲だと考えれば、この世界魔法がどれだけ異常な規模なのかがわかるだろう。
その分、発動にはデメリットがある。まずは長い詠唱だ。
等級魔法には存在しなかった詠唱タイムが世界魔法には設定されている。そしてその間に攻撃を受ければその詠唱はカットされ、また最初からとなる。
次に、今持っている経験値を全て失うというもの。
俺みたいにカンストしているのならともかく、グランドの職業を習得できるようになる380レベルでの経験値消失は物凄い痛手となる。
そして最後、この魔法は一度発動するとリアルで一ヵ月経たなければ再度発動することが出来ないと言うあまりにも長すぎるクールタイムがあった。
これらのデメリットのせいで、世界魔法を使おうにもいまいち使用すべきタイミングがつかめないプレイヤーも多かったようだ。
なにしろ経験値を失うんだから下手に撃てばマイナスになってしまうのだ。
『あんなもの、所詮はただのおとぎ話のはずだ』
「ところが、俺はそれを使える。この意味がわかるな?」
この世界魔法があれば、こんなダンジョンを破壊し尽くすなんて造作も無いことだった。
そして幸いにも今このダンジョンはアーロンによって封鎖されている状態。俺たち以外には誰もいないと言う事だ。
だから心置きなく、ダンジョンもろともコイツらを葬れる。
「メイデン、これで彼女を連れて王国へと戻ってくれ」
そう言い、メイデンへと転移アイテムを渡す。
「……本気でやるのね」
「ああ、コイツらを全滅させるなら、もうこれしかない」
「大丈夫だとは思うけれど、無事に帰って来なきゃ許さないわよ?」
「……もちろん、必ず帰るさ」
彼女は心配そうに俺を見ていたが、俺の返答を聞くなりすぐさまルキオラを抱えて王国へと転移したのだった。
「パーティ確認……よし、同マップ内にはいないな」
パーティメンバーの一覧を見て、メイデンがマップ外にいる表示になったことを確認する。
「さあ、終わりの時だ。アンタらも、アンタらの作ったものも、これで終わりだ」
『そうか。随分と呆気ない終わり方だが……勇者を相手にしているのだ。こうなるのも当然か。どうやら我々は相手を間違えたようだな……』
人型機械は抵抗するでも無く、最期の時を待っていた。
その後、俺の発動したアポカリプス・メテオによってダンジョンは跡形もなく消失した。
人型機械も、その本体となるデータも、コイツらが作っていた生物兵器も、その全てがこの世界から奇麗さっぱり消え去ったのだった。
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