37 実験体ナンバー44、その名はルキオラ
目が覚めた時、あたしは培養装置の中にいた。
あの瞬間に、あたしはあたしとして、この世界に生まれたんだ。
薄暗い部屋の中で、何日も何日も頭の中を弄られる日々。
だけど、あたしを見る人たちは全員、期待に満ちた目をしていた。
ああ、これが私の生まれた意味なんだって……あの時は思ってた。
でもある時から部屋の中にあった他の培養装置が消えていって……いつの間にか、あたし以外はいなくなっちゃった。
今だからわかるけど……あれはきっと、廃棄されたんだと思う。
あたしは実験体ナンバー44。だから、あたしよりも前に作られた43人は失敗作だったってこと。
……あたしは、多くの失敗作を犠牲にして作り出され、今を生きている。
それだけの犠牲を出しても、彼らは諦めずにあたしを……魔導騎士を完成させようとした。
新しい犠牲をどれだけ増やすことになるのかもわからないのに、研究を続けていた。
だから本当は、あたしは失敗作として廃棄されるはずだった……。
それがナンバー45が作られた時なのか、魔導騎士が完成した時なのかはわからない。
だけど、どちらであったとしてもあたしは、あの薄暗い研究所で短い一生を終えるはずだった。
……でも、そうはならなかった。
魔王が、魔王ルーンオメガがイダロン帝国を襲ったから。
あの時、地下の研究所にいたあたしはそのまま機能を停止し、長い休眠状態に入った。そのせいで、あたしは生き残ってしまったんだ。
そして次に目が覚めた時、あたしを作った人たちは皆死んでいて、国も滅茶苦茶になってしまっていた。
あたしの……魔導騎士の目的はイダロン帝国を守ることなのに、地上に出るとそこにあったのはどこまでも続くスラム街で……私が守るべきイダロン帝国は、とっくの昔に滅んでしまっていたんだ。
そうして目的を失ってしまったあたしは、生きる意味を探して各地を放浪して回った。
空っぽのあたしには、何もかもが新しくて、何もかもが楽しかった。
でも同時に、あたしに生を楽しむ権利なんてあるのかな……とも思っていた。
あの時、あたしが戦っていればイダロン帝国は助かったのかもしれない。
あたしがもっと頑張って研究データを充実させていれば、魔導騎士が完成して魔王を倒せたのかもしれない。
あたしが、イダロン帝国を滅ぼしたんじゃないかって……そうやって不安になることが、だんだん増えて行った。
そんなある日、あたしは彼らと……あたしを作り出した人たちが残した機械人形たちに出会った。
きっとあたしを恨んでいるだろうと思って、彼らに謝ろうとしたら……何故だか彼らは喜んであたしを迎えてくれた。
それが嬉しかった。あたしに「生きていて良いんだ」って言ってくれたと思った。
……そう思ってたのに、実際は違った。
彼らが欲しかったのは、あたしが積み上げた実戦データだけだった。
世界を掌握してイダロン帝国を復活させるために、彼らはあたしのデータを使って生物兵器を作ろうとしていたんだ。
きっと生まれたばかりの時のあたしなら、彼らの復活させたイダロン帝国を魔導騎士として全力で守ることを選んでいたと思う。
仮にそうでなくても、そうした方がきっと気が楽だよ。だってあたしはイダロン帝国を守るためだけに作られた魔導騎士だから。
だけど、もうあたしは空っぽじゃない。
色んな場所を巡って、いろんな人と会ってきて、この世界が凄く広くて偉大なことを知った。
そしてその中で、あたしは自らにルキオラという名を付けたんだ。過去と、決別するために。
確かにイダロン帝国が復活するのなら、それはとても嬉しいことだよ。
だけど……そのためにこの世界の人たちを犠牲にするなんて、絶対に出来ない。
だからあたしは、彼らと戦うことを決めた。
実験体ナンバー44では無く、ルキオラとして。
魔導騎士では無く、一人の人間として、彼らと戦うことを決めたんだ……!
――――――
「それがあたしの……『ルキオラ』の全て……」
「そう、だったんだな……」
ルキオラは目に涙を浮かべつつも、強い意志を感じる表情と声で彼女自身のことを俺に話してくれた。
きっと俺には想像も出来ない程の葛藤のうえで、覚悟を決めて話してくれたんだろう。
「……ごめんなさい、騙すつもりは無かったの。でも全てを知ってしまったら、きっと君も彼らに狙われてしまうから」
「気にすることは無いよ。それに、俺があんな奴らに負けると思うか?」
「……本当に、君は優しいんだね」
ルキオラはそう言って、嬉しそうに小さく笑った。
……ああ、そうだ。思えばルーシオはことあるごとに彼女と同じようなことを言っていたじゃないか。
俺がもっと早く気付いていれば、彼女は一人で抱え込まないで済んだのかもしれない。
けど、過去は変えられない。それはプレイヤーである俺でも同じだ。
だからこそ、これからの行動は……まだ決まっちゃいない未来は、俺の手で変えられる……!
「ルキオラ、改めて聞く。……俺と共に、戦ってくれるな?」
もう二度と、彼女の手を離すものか……!
彼女のことを、見捨ててなるものか……!
「ステラ……!! ありがとう……あたし、頑張るね……!」
『ふむ、随分と感動的な話だ。……だが、無意味である。貴様らがどれだけ馴れ合い、力を合わせようが、我が最高傑作には決して勝てんのだ』
「……だからルキオラの話の間、律儀に待っていてくれたってのか? 随分と余裕なんだな」
人型機械は悪意でもなんでもなく、ただただ事実として淡々と述べていた。
それが今の俺には物凄く滑稽に見える。
ある種の強がりに見えてしまっているのかもしれないな。
それくらい今の俺たちは最強で、乗りに乗っているって訳だ。
『当然だ。アレが完成した今、我々に敵はいないのだよ。最期の交流くらい、いくらでもさせてやろう。まあ、それも終わったようだがね』
「そうだな。だからここから先は正真正銘……互いの未来を賭けた最後の戦いって訳だ!」
『よかろう! 来い、我が最高傑作よ!!』
「ッ!!」
人型機械が叫んだのと同時に、通路の先からガラスを割るような物凄い物音が聞こえてきた。
「グウゥゥゥ……」
そしてその音を出した主は、すぐさまその姿を俺たちの前に現したのだった。
『これこそが、我々の造り出した最強の生物兵器……【終焉の魔獣】である!!』
「大層な名前だなぁおい……魔王に滅ぼされていながら魔王の名を冠するなんてよ」
醜悪そのものと言った姿に、魔王と同じ名前……そして人型機械らが自身を持つのも頷ける程の、圧倒的な威圧感と殺気。
……間違いなく、この世界で戦ってきた全ての相手よりも強いだろうなコイツは。
でも……。
「あら、私を頼りにしてくれるのかしら。嬉しいわね」
「準備は良いよ、ステラ」
視線を向ければ、彼女たちは強い意志のこもった目で俺を見つめ返してくれる。
こうなりゃもう、負ける気なんてしなかった。
「よし! 今ここに、世界最強の冒険者パーティが爆誕した!! 終焉の魔獣だが何だか知らないが、俺たちの敵じゃないってことを見せてやろう!」
こうして人型機械と俺たち……いや、この世界の、互いの未来を賭けた最後の戦いが始まったのだ。
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