12 魔物学者アーロン
今思えばあの時感じた違和感はこれだったのか。男にしては異常に手が柔らかかったんだ。
しかしどうする……!?
このまま戻れば気付かれることは無い。
その後、何も無かったかのように過ごせばいいだけだ。
だがそれはあまりにも不誠実……そう、不誠実だ。
だからこのまま彼女に全てを話すべきだろう。俺が男であることも含めて。
なので、決してもっと彼女の姿を眺めていたい訳では無い……!
断じてだ!
……でもやっぱり、もう少し見ていたい。これはそう、本能だよ。避けられない男としてのそれだ。
だって見てくれよ彼女のあの体を……。着やせするタイプだったのか、今は胸も尻も結構あるように見える。
そう考えると中性的な顔立ちがギャップになって、さらなるうまあじが……。
「……あ、ステラさん」
「……」
気付かれた。
さて、どうする。もう見なかったフリは出来ないぞ。
「すみません、こんな姿を見せてしまって」
アーロンはそう言いながら俺の方へと歩いてくる。
せめて、前を隠してはくれないだろうか。年齢イコール童貞歴の俺には刺激が強すぎる。
「い、いえ……そんなことは……その、お綺麗ですよ?」
何を言っているんだ俺は!
これではただの不審者で済んだものが変態にグレードアップしているじゃないか!
「そう、言ってくれるのですね……」
だが彼女の反応は思っていたものとは違った。
「あ……」
そしてその時、気付いた。
逆光で良く見えなかったが、彼女の体にはそこら中に傷があったのだ。
「す、すみません……そんなつもりでは……」
完全にやらかしてしまった。
あんな体の女性に「お綺麗」だなどと、あまりにもデリカシーが無さすぎる一言だ……。
「良いのです。お世辞でも、罵倒されるよりはマシですから」
「でも……」
「元はと言えば私のせいなのです。なのでステラさんは悪くありませんよ」
やめてくれ、そんなに悲しそうな顔をするな……。
くそっ……せめて原因がわかれば彼女を救えるかもしれない。
幼少期の虐待?
いや、それにしては最近できたような傷も多い。
だとしたら今の環境……確か魔物学者は王国直属だったよな。とすればまさか、権力を持つ貴族に好き勝手されているのか……?
それならば最近振るわれた暴力による傷の可能性が高い。少なくとも、辻褄はあう。
「アーロンさん、私に出来ることがあれば何でも言ってください。その傷の原因も、私なら何とかできるかもしれない……!」
「いえ、貴方を巻き込むわけには……これは、私の始めたことですから」
「でも……!」
「そのお気持ちだけ受け取っておきます。なんせ、魔物に噛まれる趣味で出来た傷を、他人に治させるわけにはいきませんから……」
……うん?
「え、その傷……虐待とか暴力とかそういうのでは……」
「何を言っているんですか? 魔物学者たるもの、フィジカルは強く! ですからね。生半可な攻撃では私の体に傷は付きませんよ。だからこそ、愛する魔物たちとの戦いの証をこの体に残せるのです。丈夫な体に産んでくれた母に感謝しなければなりませんね」
「んー……うん?」
頭がこんがらがって来た。
つまり、これはあれか。全ては俺の早とちりで、実際は彼女の変態的趣味によるものだったと。
「最近だとこの傷とか良いですよ。ロックウルフに噛みつかれた時のものなのですが、内臓まで届きそうでヒヤリとして、今でもあの時の痛みを思い出す度に……」
それからの彼女の話が俺の頭に入って来ることは無かった。
その後しばらくして、馬車の中にて。
「すみません、ステラさん。一人であんなにはしゃいでしまって……」
正直なところ、アーロンが実は女で、その裸体を見てしまった衝撃よりも彼女の変態的な魔物への愛の方が衝撃的であった。
「あの、ステラさん……? その……顔が怖いですよ?」
「あのですね、アーロンさん」
だが、それでもだ。
いくら彼女がぶっとび人間だろうが、隠していて良い理由にはならない。
これからそれなりの期間付き合っていくことになるのなら、これだけは言わなければいけないだろう。
「黙っていてすみません、私は……男なのです」
そう、俺の中身についての話だ。
「……?」
アーロンは困惑したような顔で俺を見ている。
そうもなるだろう。この見た目で実際は男など、信じられるはずもないのだから。
「えっとですね……その、事情がありまして……」
「今更何を言うんです? 最初から知っていましたよ?」
「……は?」
何を言っているんだこの人は?
最初から、知っていただと?
「最初に鑑定スキルで貴方を見た時から、どういう訳か中身の性別が体と違うことには気付いていました」
「そっ、それなのに、あの時裸を見られても何も言わなかったんですか!?」
「ええ。だって人間なんて、オスであってもメスであっても関係なくただの肉の塊でしょう?」
「肉の塊……」
「もちろん敬意を払うべき方には敬意を払いますとも。でもそれはそこに敬意があるからであって、人間だからではありません」
ちょっと待ってくれ、なんだ。なんなんだもう……!!
「安心してください。貴方の性別に関わらず、ステラさんは敬意を払うべき人間ですからね。邪険な扱いをすることはありません」
「えっと、私が心配しているのはそういうことでは……」
「あ、見てください! フレイミンゴの群れですよ! 今日も元気に炎を吐いていて良いですねぇ~」
アーロンはまるで何事も無かったかのように、魔物を見ては楽し気に話していた。
つまり、俺の葛藤だとか心配だとかは全部茶番で、最初からずっと彼女の手の平の上で踊らされていた訳だ。
はぁ、とんだ道化だよ……俺は。
そんなこんなで、王国への旅路はろくでもない始まり方をしたのだった。
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