王都に囁く民の声ール・ムーヴモン・ド・ラ・レプブリック
「本日は以上をもって解散とする」
議長の声で国民公会堂に集まった議員たちは一斉に席を立ち、去っていく。
「おや、フランソワ議員ではありませんか。お久しぶりですな」
背広を身にまとった一人の老紳士が彼に語り掛ける。
「サルトル殿。本当に、国民議会が招集されること自体何か月ぶりのことか...」
サンドニージュの絶対王政下では、国王が行政、立法、司法の全てを掌握しているものの、立法機関として聖職者・貴族・平民から構成される国民議会が存在している。
しかし、第三身分の平民に対してより上位の聖職者や貴族が過半数の議席を有するため、結局のところ平民が法案を成立させることは不可能であるのが現状だ。
しかも、この議会は国王の勅命なしには召集されない、たたの飾りなのである。
「この国に民主主義などありませんよ。全ては王の望みのままに進む...... やはり平民が政治に関わることなど叶わないのでしょうか」
「......今はまだ、難しいだろうな。これは300年以上続く伝統ですからな。そんなに政治に関与したいのなら法服貴族になっては? 事業も順調なのでしょう?」
「私は... 「平民」として、政治を行いたいのです。せいでなければ意味が無い」
フランソワの決意は固いようだ。彼は短い挨拶の後、老議員と別れそのまま議事堂を去った。
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国民議会が置かれている国民公会堂は高等法院や市庁舎などの行政機関が集約する、サン=ジュヌヴィのシルヴィア城壁区に位置している。
サン=ジュヌヴィの街はいくつかの区画に分かれており、橋を渡って対岸にいけば雑多な市民街が広がっているのが見えるだろう。
「......もうこんな時間か」
フランソワは懐中時計を取り出すと、時刻は既に夕方5時を過ぎていた。
普段なら彼は帰宅し夕食をとるところだが、今日は別の用事があった。
出てきた道を反対側へ進み、彼は議事堂の後ろに聳え立つ建物へ向かう。
『サン=ジュヌヴィ高等法院』そこにはそう刻まれている。
「...国民議会議員のフランソワ=ブルッソーだ。定例会合の件で法院長様にお取次ぎ願う」
まるで城のようにも見える建物の門外にいる、守衛に話しかけると彼らは無言で上の者と連絡をとり、しばらくして中に入るよう促された。
(相変わらず、恐ろしいところだ。裁判所というのは好きではない)
他国で言うところの最高裁判所にあたるこのサン=ジュヌヴィ高等法院、通称高等法院は本来必要ではない様々な機能を兼ね備えている。
13世紀頃に当時の国王に王立裁判所として創設されたからは、司法機関そのものとして機能するようになり徐々にその権力が拡大、先王の時代には法律の審査権までもを有するようになった。
それはその権限が立法の一部にまで及んでいることを意味している。
今回の訪問は表向き定例会議ということにはなっているが、実際には合法的なものではなかった。
「ようやく来たか、フランソワ。定刻をすぎているぞ」
「すまない。会議が少々長引いてしまってな」
小さな会議室には10人にも満たない程の、様々な身分の者がいる。
だがその多くは貴族階級ではなく、庶民である。
彼らが席に着くと隣に座る青年に促され、フランソワは掟文を口にし、その輪唱は全員へと広がる。
「”玉座に拒み、共和国に生きよ。神ではなく理性を拝せよ。我らが求むるはただ唯一なる自由なりー”」
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「あの調子なら、案外うまくいくかもな」
宰相フィリップはアントワーヌとメアリーの談笑を少し見ていたが、彼らはあのまま婚約に向かいそうだと楽観的に考えていた。
このまま二人が結婚すればこれまで敵対関係にあった両国の関係は改善し、王家も安泰となる。
久々に彼は安堵感を感じた気になった。
「宰相様。ご報告したいことが」
「ん、ジョセフか。何用だ」
宮廷近衛兵隊長のジョセフは甲冑を身にまとったまま、粛々と報告する。
「”共和派”の者を三名捕らえたのですが、いかがいたしましょう」
「また共和派か、それについては大法官に聞け。まぁ... どうせ今回もいつもと同じ処遇だろうがな」
「はっ。失礼いたしました」
ジョセフは表情を変えず、軽く一礼すると下がっていった。
「共和派...... いくらなんでも最近多すぎる。ここまで逮捕者が多いと、はぁ... 厄介なことにならないと良いが」
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「失礼致します。大法官様」
「隊長殿か、どうかしたのか?」
ジョセフがフィリップに言われたことを話すと、彼は少し唸ったあと口を開く。
「通常なら”共和派”は一月拘禁とむち打ちの後に釈放するのだが......」
『共和派』は近年王宮を苦しめている深刻な問題で、平たく言えば王政に反対し暴力革命を含めた手段を問わず、共和制の樹立を目的とする反社会的勢力である。
彼らは全国で市民に演説を行い、時に暴動を主導することもある。
これを放置すれば大規模な革命をも引き起こしかねないため、王宮は近衛兵により取り締まりを強化して対応しているが深刻な事態を引き起こすのも時間の問題であろう。
「王太子を罵倒したとあっては...... 厳罰に処さなければならんだろうな」
「死刑が相応かと」
ジョセフが付け加える。
「まあ、ひとまず告訴状を書こう。それから殿下に閲覧してもらい...」
大法官は司法の長であるが、実際に行うことは告訴状にサインし君主の承認を得た後、高等法院に送付することだ。
具体的な罪状は向こうが決めることになっている。
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「それでは貴国の民はみなサンドニージュ料理の方が優れていると?」
「それは勿論にございます。蒼国の者は誰も自国の料理を自慢することなんてありませんわ」
アントワーヌとメアリーが談笑している間にいつの間にか夕方になっていた。
メアリーは最初と比べて表情が豊かになり、アントワーヌも少し笑うようになっている。
「おぉ... まさか、殿下が姫方と歓談を楽しんでおられるとは......」
フィリップは感激のあまり手が震えているようだ。
「おい、別に楽しんでなどいない。この女が勝手に喋っていただけだ」
彼はすぐさま反論するが、メアリーにはそれが面白くて仕方ないのだった。
「あぁ、そうだ。フィリップ様、私に少し提案があるのですけど」
「?何でございましょう」
「今回の婚姻を祝し、盛大な舞踏会を開くのはいかがかしら」
思いがけない提案にアントワーヌは一瞬、顔を滲ませた。
「舞踏会、ですか。それは...良いかもしれませんな」
「いや、俺はそんなもの......」
「いえ、殿下と私の婚姻を国中に知らしめる良い機会ですわ。国民が私たちの婚姻を知れば安心できるでしょう?」
彼は昔から舞踏会が嫌いで一度も出席したことはなかったのだ。
一方のメアリーはかなり乗り気で意気揚々と計画を話し出す。
「.....それから、今回の舞踏会は国中から招きましょう」
「国中から?それはつまり......」
「身分に関わりなくということです」
サンドニージュの舞踏会は宮廷貴族のみを招待するのが慣例で、宮廷外から招いたことはおろか貴族階級以外の者を招待することなど前代未聞であった。
彼女の提案はかなり奇抜だと言える。
「なっ、そんなもの俺は承知しないぞ。宮廷に庶民どもを招くなぞ...」
「しかし、殿下。案外悪くないかもしれません。地に落ちた殿下の人気を回復させるチャンスかもしれません」
アントワーヌとしては自分を嫌う国民を招くことは嫌でしかなかったが、フィリップの意見も最もだ。
民が自分に跪くなら、それも悪くないと彼は思った。




