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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
第1章ー華やかな舞踏の陰で
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蒼国の王女ープリンセス・オブ・カントハーバー

―――今になって考えてみれば、カントハーバーの王女との婚約を受け入れていればここまで悲惨な状況にはなっていなかったのではないかと思う。

彼女だけがあの無能王子を制御できたであろう...... しかし、サン=ジュヌヴィが血で染まってしまった今となっては全てが意味のない話だ。

―――『自由へ至る闘争』フランソワ=ブルッソー

「殿下、一応申しておきますが失礼の無きように。相手は王女殿下であらせられますので」

「分かっている。俺だって礼儀作法は心得ている」

アントワーヌと宰相フィリップはロゼイユ庭園の「栄光王の噴水」前で客人を待っていた。

いや、客人というより「国賓」と言った方が正確だろう。何せ相手は一国の王女なのだから。

「それにしても良くぞご決断されました。嬉しく思いますよ」

「取り合えず一度会ってみるだけだ」

アントワーヌとしてもこれ以上先延ばしにするのは無駄な抵抗だと知っていた。

それに、相手が自分にとって相応しいかも見極める必要がある。

暫くして、黒塗りでゴシック調の馬車が到着した。

従者が扉を開き、声高らかに紹介する。

「カントハーバー連合王国、メアリー=ランべス王女がご到着されました!」

(ふん。相変わらずカントハーバーの趣味には霹靂する。こんな地味が好みなのか?)

中から出てきたのは淡い青のドレスに身を包んだ儚げな少女だった。

フィリップに手を引かれ馬車から降りると、彼女は彼の挨拶を受ける。

「《メアリー王女(ユア・ハイネス)、遠路はるばるお越しいただき感謝致します。こちらが我が王太子、アントワーヌ様であらせられます》」

フィリップはメアリーの手の甲に軽く接吻し、流暢なケント語でアントワーヌを紹介した。

「《......お会いできて..光栄です、殿下》」

彼女は僅かに微笑み彼の方を見る。

「ふん、貴殿がカントハーバーの第三王女か?まったく、ネージュ語も話せぬとは... 随分な娘が来たものだ」

「なっ!?殿下!なんてことを言うのですか、王女殿下であらせられるのですよ!殿下もケント語を...」

相手を侮辱するような発言にフィリップは急いでメアリーに謝罪しようとするが

「大丈夫です......その、ここはサンドニージュですから私もこの国の言葉に合わせますので」

「申し訳もございません... どうぞ殿下をお許しください」

メアリーはどうやら完璧なネージュが話せるようだったので、そのまま一同は国賓を迎えるために作られた宮殿内の水晶の間に向かった。

******************************************


「これが、ロゼイユ宮殿......」

「ここは「水晶の間」と言いまして、国賓を迎えるために作られた特別なホールなのです」

メアリーは物珍しそうにあたりを見渡し、壮観な景観に心を打たれていた。

「これは、鏡...でしょうか? こんなにたくさん」

「あぁ、ここは舞踏会にもよく使われるからな。カントハーバーの宮殿にはないだろう」

アントワーヌは自慢げに彼女に応える。

鏡は普通銀を溶かし、枠にはめて作られる。銀が貨幣にも使われているこの世界で鏡で埋め尽くされた空間は富と権力を意味していた。

「次は、庭園へ参りましょう。そちらもきっとお気に召されるはずです」

フィリップに導かれるまま、メアリーはロゼイユ庭園に入る。

中央の「栄光王の噴水」が絶えず水を吐き出す光景は彼女にとって新鮮なものだった。

「これは......とても、豪華ですね。我が国とは全く違う」

「当然だ。カントハーバーの地味な庭園とは比べ物にならんほど美しいだろう?」

アントワーヌの発言はしばしば無礼な物言いだったが、メアリーは全く気にしていないようだ。

それはそれで国賓としていかがなものかと思うフィリップではあるが、予想外に彼らの雰囲気は穏やかなようだ。

彼はあることを思いついた。

「殿下、私は少々席を外しますのでどうぞご歓談をお楽しみください」

「は?ちょっと待て、どこに行く!?」

彼は失礼致します、と言い残して去って行った。

二人きりにすることでより親密になれると彼は判断したのだろう。


「あのっ、野郎...... はぁ。フィリップが居ないことだし、言っておくが俺はお前と結婚する気などない。今回のことは父上に言われたので従ったまでだ」

彼は正直に彼女にそう告げた。本心を隠すようなことは彼の性分ではない。

「はい。承知しています...... 私も、その... 申し上げにくいのですが、貴方とは結婚したくありませんので......」

彼女の返答は全く予想外だった。アントワーヌは少し困惑している。

「ほう。お前も愛などというものには何の価値もないと?」

「いえ、そういう訳では...... 私には既にお慕いする殿方がいますので...」

それを聞いて彼はすぐに理解した。つまりお互いにとってこの婚姻は望まないものだということだ。

そんなのは珍しくも何ともない。むしろ、王侯貴族にとって恋愛結婚であるほうが珍しいのだから。

「はっ、なるほどな。つまりお前も父の言いなりという訳だ」

「陛下に逆らうことなど出来ませんから...... それに、結婚してもここでなら愛人に対して寛容だと聞きましたので」

結婚する前から、夫となる相手に対して「愛人がいる」と堂々と宣言するのは少し異様な光景だが、少なくともここロゼイユ宮殿では当然の風習である。

現に先代国王は「愛妾」として愛人を召し抱え、彼女に王妃に次ぐ権限を与えた程だ。

「お前、中々に肝の座った女だな」

「っ、殿下が気を悪くされたようでしたらお詫びします...」

アントワーヌは大胆な物言いに思わず笑った。

「いや、面白いと思っただけだ。どれ、今度はカントハーバーの話を聞かせろ。俺は外国に行ったことが無いのでな」

「...ふ。もちろんです、殿下」

彼女も最後に笑みを見せた。意外と二人の相性は悪くないのかもしれない。



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