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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
第1章ー華やかな舞踏の陰で
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ひと時の休息ーア・サ・メゾン

「う、うーん... 俺は..何を」

「あ...ようやく目が覚めました?」

屋根裏のベッドに寝かせていた少年が目を覚ましたようだ。

彼が市場で倒れた後、俺が屋敷に背負っていってここに寝かせたのだ。

「はい、これ飲んでください。薬草を煎じたものです」

彼が何の病を抱えているかは分からなかったが、こういうときはツキミソウが効くことは何度も試してわかっていた。

「いらん。それよりここはどこだ。貴様の家か?」

彼は相変わらず高飛車な態度で答える。服装から見てかなり高貴な身分のようだが、容姿と声は少年そのもの。俺から見たら年下の男の子に見えた。

「そうですけど... あの、本当に大丈夫ですか..?いきなり倒れるなんて」

「問題ない。...よくあることだ。ふん、よりにもよってこんな庶民の家に来る羽目になるとは」

彼は何か無性に苛立っているようだ。

「あの、失礼ですけど。我が家は庶民階級じゃありませんから」

さすがに先の発言には俺もカチンときた。別に庶民を見下しているわけではないが、お父様が築いた栄華を否定されるのは我慢ならない。

「何処からどう見ても侍女の恰好ではないか。....貴様、名は何だ?」

彼は馬鹿にしながらも、興味を持ったらしく身を乗り出して聞いてきた。

「俺はサンド... いえ、エリゼ。エリゼ=コラージュ・ド・ロワールです」

ついいつも旦那様や義兄に呼ばれている仇名の方を答えようとしてしまった。

「ロワール... 知らんな。聞いたこともない。どうせ無名の下級貴族かなんかだろ」

「そういうあなたこそ、何様なんですか!」

俺はほとんど怒りを滲ませながら、彼に聞く。そこまで言うからにはそうとう身分が高いのだろう。

「あァ、俺は...... っ、その、シェ..シェルメールだ」

「......?」

急に言葉を詰まらせる彼に不信感を抱いたが、何か事情があるのかもと思い受け入れることにした。

「そう、ですか。じゃあ、シェルメール。よろしくお願いします」

「いや、今後俺がお前に会うことは無い。ここには気まぐれで立ち寄っただけだしな。そろそろ俺は行く」

バッサリと冷たく関係を断ち切られたようで、俺は面食らった。

「そんな..」

せっかく、同い年くらいの友達が出来たと思ったのに......

動物たち以外に話す相手のいなかった俺はそのことに肩を落とした。

「あの!またいつでも来てくださいね」

礼も言わず立ち去ろうとする彼に俺は声をかけてみるが、返事はなくそのまま行ってしまった。

「あの人はいったい誰なんだろうか」

なんとも無礼で高飛車な立ち振る舞いだが、俺はもう一度会いたいと思った。

もしかすると、宮廷貴族なのだろうか?

俺とは身分が違いすぎる。胸の高鳴りを感じる。この感情は......

「......旦那様に知らせるべきかな?」

チチッ、と近くに駆け寄ってくる小鳥に尋ねる。

「そうだな。俺だけの秘密があってもいいよな」

柔らかく微笑むと、俺は旦那様の帰宅に備えていつもの生活に戻るのだった。

************************************************


「こっちでは見なかったか?」

「いえ、庭園も探しましたがどこにも」

ロゼイユ宮殿ではアントワーヌが突然消えたことで、騒ぎになっていた。

普通の宮廷貴族が一人や二人何処かに出かけたところで大した問題ではないが、相手は王太子だ。

事実上国の最高権力者である彼の行動は厳しく制限されている。もし、万が一のことがあればそれはロアゾン王朝そのものを危機に晒し、ひいては国家存亡に関わるからだ。


「なぜ何処にもいらっしゃらないのだ!もう日は落ちているというのに!」

宰相フィリップはかなり焦っているようだ。今までも時々こういうことはあったが夜まで帰ってこないことは無かった。

「もしや、街へ出かけられたのでは...?」

「あそこは王宮に敵対的な市民が多い...どうすれば」

王族が市街地へ私的に訪問することなどあってはならない。それに特に嫌われているアントワーヌが市民と何か問題を起こせば危険な状態になるのは目に見えていた。

「また兄上がどこか行ったの?」

彼の額に緊張の汗が滲みはじめたころ、呆れた声音の彼女が現れる。

「...!王女殿下(マダム・ロワイヤル)。はい、宮中は全て探したのですが...」

王弟の庭園(ジャルダン・セクレ)は?」

「え?ロゼイユ庭園ではなく?」

「兄上はあそこが昔から好きなの。きっとそこから帰ってくるはず」

そこは確かに探していなかった。あんな小さな庭園に注意を向けることなどなかったのだ。

ともかく、アントワーヌのことを一番よく知っているシャルロットが言う通りに彼らはそこへ向かった。

**********

(やはりここが落ち着く)

アントワーヌは暖炉の抜け穴から繋がっている王弟の庭園(ジャルダン・セクレ)に一人座っていた。

サンドニージュの宮廷貴族たちは自分の庭園を持ち、造園して楽しむのが慣習になっている。

大きさや形式はそれぞれだが、栄光王アンリ1世の「ロゼイユ庭園」やドルレアン公妃の「公爵夫人の庭」などは特に有名である。

そんななかで、庭と呼べないほど小さく控えめな装飾がされたこの庭園はアントワーヌにとって憩いの場であった。

(.....あいつ、エリゼと言ったか。毅然としたあの態度、俺の正体を知ったら変わるのだろうか...)

顔を伏せながら彼は心の中で呟く。

たった一度会っただけだが、エリゼの姿が何故か深く印象に残っていた。

アントワーヌの正体を知らないとは言え、彼の様な同い年の人間はあまりいなかったのだから。

「やっぱり、ここにいらしたのですね。兄上」

「っ!? シャルロット... どうしてここが...!」

気まずそうなフィリップを従えて、上から見下ろすように扇子を扇ぐ彼女がそこにいた。

「兄上と...母上やみんなで何度も来た場所ですもの。ここにいると思っていました」

「そうだったな」

シャルロットはそれで、と兄を真っ直ぐに見つめて言う。

「今日はどちらまで行っていたのですか?」

その口調は毅然としたもので、冷たい怒気を帯びている。

「別に... ちょっと、その市場へ行っていただけだ」

「市街地へ...庶民の暮らす場所へと行かれたというのですか!? なんということ...」

彼女はショックを受けているようだった。幾度となく抜け出すことはあっても、市街地に行くことはなかったからだ。

「兄上に何かあればどうなさるおつもりだったのですか!」

「何ともない。俺は1人で散歩することも許されないのか!?」

アントワーヌの市民間での不人気を考えれば当然の憂慮と言えるだろう。

実際、王宮を批判する市民の大半は国王ではなく、実際に行政を行っている王太子を敵視しているのだ。

「ええ。あなたは王太子です。国王陛下の唯一の王位継承者。あなたの身は国家そのものであると自負なさいませ」

「っ...... お前は本当に父上そっくりだな、」

彼は皮肉げに嘲笑する。

「まぁ、良いです。それより、フィリップ。あのことをお話ししたら?私はもう寝ます」

そう言って彼女はため息交じりに自室へ戻って行った。


「......はぁ。なぜこの俺が、そのようなことに縛らねばならんのだ!フィリップ。お前まで何か言うつもりか?」

「その、心中お察しいたしますが... そろそろ国のことをお考え下さい。王女殿下の仰る通り殿下は唯一の王位継承者、それではあまりにも不安定です」

「何が言いたい?」

「縁談をお受けください。もう既に相手方に伝えてありますので」

アントワーヌの悪い予想は的中した。

彼の表情が不愉快に滲む。

「勝手なことを!俺の許可も得ずにか?俺は承知せんぞ、結婚する気など......」

「これは、陛下のご命令ですので。取り合えず来週にでも会うだけでも会ってみませんか?」

フィリップははっきりとそう告げた。これは避けては通れぬことであるとアントワーヌもどこかで分かってはいたが、これまで先延ばしにしてきたことだ。

しかし、この辺りが潮時かもしれないとも彼は思った。

「......考えておく」

その一言で彼はフィリップを残して一人庭を去った。


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