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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
第1章ー華やかな舞踏の陰で
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出会いーラ・プリミエール・ランコントル

王が神によって選ばれたと誰が決めたのだ。諸君らが時代遅れの学説に従い、鳥の様に考えなく王に従うというのならばそれは愚かである。

実に民こそが王を選び、それは契約の上に成り立っていることに過ぎないのだ。

私はカントハーバーで議会と王の立憲的関係について観察したが、あれこそ君主国家が目指すべき理想の姿と言えよう。ージャン=ルーベル著『王権と人民に関する理想論』より

「クソっ、結婚なんて....... 嫌だっ」

アントワーヌは寝室で枕に伏していた。

王族であるからには結婚によって勢力を拡大することは義務であり、特に王太子ともなればなおの事婚姻には文字通り国を背負う重圧がのしかかる。

唯一の王子であるアントワーヌは愛妾を召し抱えてでも、出来るだけ多くの世継ぎを残す必要があった。

「...俺以外の者をどうして愛せようか」

彼にも確かに一般的に見て恋仲と言える相手がいるにはいたのだが、一夜相手にしただけでそこに恋愛的な感情は一切無い。

彼は誰よりも自分自身を愛していた。自分以外の存在になど興味が無かったのである。

究極の自己愛はやがて彼を蝕み、傲慢の薔薇へと変貌させることになる。

「はぁ、考えても仕方がないな」

しばらくすると、彼は気分転換に外に出ることにしたようだ。

王家の正装を脱ぎ、街に溶け込めるより簡素な服に着替える。それでも、高貴な装いには変わりないが。

王侯たちの回廊を抜けた一番奥の部屋にたどり着いた。火が消えた暖炉は新しく感じさせる作りだ。

レバーを引くと、暖炉が横にスライドし延々と続く隠し通路が現れる。

「こうでもしないと外にすら行けないとは」

アントワーヌが機械技師に作らせたこの隠し通路は、そのまま宮殿の外と繋がっている。

有事の際の避難経路として国家予算で作らせたが、実際には彼が時々街に出る際の通路として使っていたのだった。


***********************************************


首都であるサン=ジュヌヴィが労働者と資産家が住む産業都市であるのに対し、郊外にあるこの

ロゼーユは王侯の街として発展してきた。

誰も庶民と一緒の街に暮らしたい王などいないだろう。

先王が推し進めた中央集権化により、有力貴族の殆どは宮廷貴族となりロゼーユ宮殿で生活しているがあまり影響力を持たない小貴族はここで暮らしている。

ロワール侯爵家もそのうちの一つである。

「...結局、追い出されるようにして来たは良いものの、旦那様の望むものが手に入るかどうか...」

俺は旦那様に頼まれた最高級品の牛乳と、ついでに食料をいくつか買いに市場に来ていた。

昔は活気あふれていたこの市場も最近は、殺伐とした雰囲気に包まれているような気がする。

こんにちは(ボンジュール)。あの、以前うちが仕入れていた牛乳ってありますか?」

「これは、これはエリゼ様!よくぞお越しで。それでしたら、ウチではもう仕入れてませんよ...なんせ関税が高すぎてね」

生鮮食品店の店主が笑顔で話しかけてきた。彼はお父様の顔なじみで、以前はロワール家が専売契約をしていた仕入先だった。俺自身も小さい頃から何度も足を運んでいる。

「そうですか...... 困ったな、また旦那様に叱られる」

「......まぁ、サン=ジュヌヴィの市場にならまだ売ってるかもしれませんが、最近じゃあらゆるものに税がかけられてて何もできやしない。全く商売あがったりですよ」

サン=ジュヌヴィはここから馬で1時間程の場所にある。行けなくはないが... 

「あぁ。うちも苦労してるところですよ。それなら、こちらの食材を頂きます」

今から行っていたら、日が沈んでしまう。俺は買い物のメモを渡し他の食材を買うことにした。

「それだったら今すぐに」

そういうと、店主は店の奥へと探しに行った。

(今日はなんだか騒がしいような)

気になって耳を傾けると噂話をする市民の声が聞こえてくる。

「聞いたかい。また税金が上がるんだとさ」

「どうやって食っていけっていうんだ!国王は俺達の事を何も考えちゃいない」

最近、街のあちこちで今の政治に対する不満の声を聴くようになった。

俺はあまり詳しい事は知らないが、義兄と義父の会話を聞く限り庶民の暮らしが相当圧迫されていることは推測できる。

彼らの怒りの矛先は国王だけでなく宮廷貴族たちや身分制度(レジーム・ダリスト)そのものにむいているように感じる。貴族階級である俺としては肩身が狭いのが本音だ。

「お待たせしましたね。はい、これでいいですかい」

「はい。全部でいくらですか?」

「ほんとは6フランなんだけど、3フランでいいですよ」

「えっ、でも...」

流石にそれは悪い。顔なじみとは言えそっちにも生活があるだろうに。きっとうちよりも困ってるに違いない。

「いいんですよ。ロワール家には世話になってましたから。お父上にもよくして頂いて...」

「本当にいいんですか?」

「どうか気にしないでください」

そこまで言われたら、この人の行為を無駄にしてはいけないと思って俺は3フランを支払って商品を受け取った。


「さて、あの牛乳はなかったが買い物は済んだし...」

そろそろ帰ろうかと思った時だ。


「ロゼイユの諸君、聞いてくれ。今我々は大いなる時代に直面している。毎月のように課される税に毎日の食事でさえままならない!今回の戦争でも大勢が死んだってのにその上講和するのに30万フランもかかるそうだ。なぜその金を我々が支払わねばならないのだ」

数人の男が市民たちに演説を始めた。

(......またやってる。最近本当に多いな)

「それもこれも、あの無能王子のせいだ!公務を怠って寝てばかりいるそうじゃないか。あんなやつが次の国王になればこの国は滅びるだろう」

周りの市民たちは熱心に演説を聞いているようだ。彼らの目からは敵意が感じられるような気がした。

(離れたほうがいいかもな)

さっきの店主は優しかったが、ロゼイユの市民...いや今や国中の庶民たちは第一身分の人間に対して良い感情は抱いていない。俺が貴族だということが知れれば...まずいことになるかもしれない。

そう思い、立ち去ろうとすると向こうから馬の蹄鉄の音が聞こえてきた。

(ん?なんだ)


「まずい!宮廷近衛兵の奴らだ!逃げるぞ」

彼らの中の一人が叫ぶと、みんな一斉に散っていった。

しかし、程なくして十数人の兵士に囲まれてしまったようだ。

俺もとっさに店の裏に隠れる。

「...王宮の庭園であるこのロゼイユでよく殿下を罵倒できたものだ。恥知らずめが」

「くっ... 俺たちはただ、今のままでは生きていけないと言ってるだけだ!」

兵士たちのリーダーらしき男が馬から降りて、取り押さえられている男に話しかける。

「お前たちは「共和派」だろう。陛下のご治世を揺るがす賊は排除せねばならん」

やけに威圧感がある男だ。さっきから全く表情を変えないし。

「なら...せめてこれを陛下に届けてくれ。俺たちの要求をまとめた要望書だ」

彼は一枚の紙を取り出して隊長に渡す。

「.......」

「陛下ならきっと分かって下さる」

彼は受け取ってしばし沈黙し...

「陛下が賊と交渉されることはない」

その場でその要望書を破り捨てた。

「なっ!? お前らは話すら聞いてくれないのか!」

「王宮の地下牢に連れていけ。宰相様には俺から言っておく」

「はっ」

隊長は彼の話を無視して部下の兵士に命じた。

彼らは抵抗しながらも、強制的に連れられていった。


*******************************************************

「あんな理由で逮捕するなんて...」

俺は少し恐ろしくなった。宮廷というところは俺が思うよりも大変なのかもしれない。

人気が無くなったことだし、そろそろ帰ろうかと思い歩き出した瞬間、

「うわぁっ!」

「なっ..」

前の人とぶつかってしまった。二人とも盛大に転び地面に倒れこむ。

「おい!貴様、どこを見ている!? 俺の前を歩くな!」

「すみません... 前を見てなくて」

初対面でいきなり怒鳴りつけてきた。俺は咄嗟に謝ってしまったが、よく聞くと彼の主張はおかしい。

(ん?「俺の前を歩くな」?)

「ふん。これだから庶民どもは」

そのフードを深く被り、俺よりも僅かに身長が低そうな男は悪態をつきながら歩き去ろうとして。

「うぅっ...」

ドサッ、という音と共にその場にいきなり倒れた。

「!?ちょっ、大丈夫ですか!?あぁ...どうしよう」

彼は浅く呼吸をするばかりで、肩を揺らしても起きる気配が無い。持病なのだろうか?

考えている時間は無い。俺は彼を背負い、屋敷に連れ帰ることにした。


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