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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
序章ー灰まみれの姫と傲慢な王子
3/19

王子は踊りされど外套は黙すーオ・パレ

「......あァ、だるい」

王太子、アントワーヌは今日も公務を放棄してベッドの中に沈んでいた。

本来ならば、こんなこと許されるはずも無いが今は彼を咎められる人間は

いない。

王妃が亡くなってから数か月は彼の心理状態を鑑みて、仕方ないと同情されていたが今はただ面倒くさいという理由だけで会議や公務を欠席し、横暴な振る舞いをしている。

挙句の果てに、気に入らないことがあるとすぐに癇癪をおこし「こいつの首を撥ねろ!」と喚く始末である。

実際に命令通りに処刑されたことは無いが、国民議会のみならず最近は宮廷でも王子の統治能力を疑問視する声が出始めているのも事実だ。


「兄上! おられるのでしょう?」

唐突に扉が開かれ、カーテンが開けられる。

鋭い朝日がアントワーヌに降り注いだ。

「...ッなんだ、しつこいぞ!フィリッ... っ、シャルロット... なんでここに?」

彼は苛立った様子で、叩き起こしに来たであろう宰相を追い出そうとしたが、彼女が妹であることを認めると途端に声が小さくなった。

「何でって... 兄上が王族としての義務を放棄されているようでしたので! まったく..兄上にはもう少し王位継承者としての自覚を...」

「うるさいな... そんなに言うならお前が王になればいいのに」

彼は耳を塞ぎながら鬱陶しそうに呟く。

彼にとっては関心が無い事なのだ。

「何をおっしゃいますか!この国で王位継承権を持つのは兄上ただお一人なのですよ。どうか国のことをよくお考えくださいませ」

「政治ならフィリップに全部任せればいい」

先王から続く絶対王政を否定するような言葉に彼女は苛立つ。

「あなたは象徴君主にでも成り下がる気ですか!そのようなこと...あってはなりません」

またシャルロットの説教が始まった、と彼は心の中で悪態をつく。

これが結局彼には有効であることを彼女はよく心得ていたのだ。

「......わかったから、何をすればいいんだ?」

「本日はまずカントハーバーとの和平条約に調印するようですよ。詳しい事は宰相殿に」

抵抗を諦めたアントワーヌは彼女に髪を結ってもらいながら、今日の予定に耳を傾けた。

そのときの彼の表情はどこか落ち着いて居るように見える。

(...兄上、私といるときはやっぱり子供みたい)

そんな風に考えながら、身支度を終わらせると二人は立ち上がる。

「では、私はこれで」

「待て、お前は何処に行くのだ?一緒には来ないのか?」

少し寂しそうなその子犬のような目を見ると、彼が横暴な暴君だとは誰も思わないだろう。

それは妹のシャルロットと亡き王妃にだけ見せていた表情だった。

この顔を見るたびにシャルロットはある種の愉悦を感じるのだーーー兄には私がいなければならないのだと。

「...私は王女ですのよ? 殿方の世界である内政に関わるなど許されるものではありませんわ」

「そうか... また後でな(ア・ビヤント)

彼女はゆっくりと微笑んで答える。

「ふふ。えぇ、またすぐに(ヴ・オッスィ)

短い挨拶の後、彼はフィリップのいる執務室へと去って行った。

************************************************************************


「......やはりこの書類だけは今日中に署名して頂かなければならんな」

彼が意を決してアントワーヌにお願いしに行こうと立ち上がった時、部屋のドアが開きやや不機嫌そうなアントワーヌが入ってきた。

「っ、殿下! 丁度よい所に。いまから和平条約の調印をお願いしようと思っていたところでしたので」

「はっ、仕方なくな。それで...?ここにサインすれば良いのか」

彼は大して目を通すこともなくあっさりと署名した。

本来、このような外交公文書や勅令の署名は当然だが国王がするもので王太子にその権限はないが、今の状況を踏まえ一部の王権が王太子に委任されている状態だ。

「代筆」と言う形で王太子は「宣戦布告」と「停戦の勅令」以外の全ての勅令及び公文書に署名する権限を有している。

「はい。それで結構です。続いて... 本日閣僚会議で可決した「修正税収補正法」と「国債発行の勅令」にも署名を」

彼は次々と書類を差し出し、署名を促した。

「それじゃ、もういいだろ。俺はもう戻る」

「あっ、お待ちを!本日は国王陛下への謁見がありまして... 殿下にもご一緒して頂きます」

全ての書類に署名し終わり、戻ろうとする彼をフィリップが引き留める。

「は?父上に......?何故俺が行く必要があるんだ?」

彼は一瞬、警戒するように眉を顰めた。

国王が統治権の大半を王太子に委任している間も、重要な決定や相談すべきことがある場合宰相は国王に謁見し報告することがあるのだが、今回は......

「殿下にお話しがあるそうですので」

「話だと?どうせろくなことじゃないな」

いつもはフィリップだけ呼び出され、アントワーヌには謁見があることすら知らされないのでかれこれ数か月は会っていなかった。

それだけに何か気まずく感じてしまっていた。

「分かった。直ぐに行こう」

*****************************************************


「閣僚会議での決定事項を報告するために陛下に謁見しに来た。お通し願う」

国王の寝室であるクーシェ・ド・アンリの前に立つ近衛兵に、フィリップは話しかける。

「はっ。宰相様、殿下。承知致しました。...陛下、宰相様と殿下がお見えです」

ドアの向こうにいる国王に呼びかけると、通せ、という短い返事が聞こえた。

入ってみると豪華な装飾が施された天蓋付きベッドに、衰弱した様子の男が横たわっている。

「...ごほっ、がはっ、来たか」

フィリップの腕に支えられて半身を起こし、真っ直ぐに彼を見据えるその姿からは確かに国王としての威厳を感じられる。

国王陛下(ヴォートルマジェステ)。体調はいかがですか?」

「今日はまだマシだ。それより早く報告を」

現国王デュードネ=ロアゾンは、横にいるアントワーヌには目もくれずに宰相に報告を促す。

「はっ。本日閣議で決定したことにつきまして...」

そうして全て報告し終えると、静かに耳を傾けていた国王は納得したように頷く。

「それでいいだろう。そのように進めろ」

「御意。あの、陛下。今日は殿下がいらっしゃってますよ」

フィリップに促されるようにアントワーヌは国王の前に跪き、手の甲に接吻する。

「...お久しぶりです。陛下」

その声はどこかぎこちない。王妃の死後、元々性格が全く違う二人の関係はさらに悪化し、最近ではほとんど話さなくなっているのだから当然だが。

「アントワーヌ。聞くところによると、お前は会議に出席せず、まともに公務を果たしていないそうだな」

「......あぁ、申し訳ございません。でも、宰相がどれほど優秀か父上も知っているでしょう。わざわざ俺が出席する意味があるとお思いで?」

彼は挑発的な態度で答える。

国王に対してこのような態度で接するのはアントワーヌぐらいのものだ。

「議会は王権の下に存在する。お前は先王様が作られた絶対王政を侮辱しているのも同然なのだぞ!そんなことをしていれば閣僚どもは王権を蔑ろにするようになるのがわからんのか」

国王の口調が徐々に激しくなっていく。彼の主張は君主として正論だが、そもそもアントワーヌにとっては意味をなさない虚言である。

「全く、シャルロットが王子であったらどんなに良かったか...... まぁよい。今日はお前に知らせることがある」

彼はもはや何を言っても意味が無いと悟ると、机の引き出しから数枚の手紙を出し手元に広げた。

「なんですか、これは」

「全て、お前宛の縁談だ」

アントワーヌは一瞬、理解できなかった。

縁談....つまり結婚するということに。

「っ、な」

「大陸中から来ておるぞ。さすがにホーフスブルクの皇子と比べれば見劣りするが... ふむ、やはりこれがいいだろうな」

国王は一方的にまくしたてると、一枚の手紙を彼に押し付ける。

「これは......」

中を開くと差出人欄にはメアリー=ランベスと記されてある。

「カントハーバーの第三王女だそうだ。あそことは和平したばかりだし、丁度良いだろう。新大陸での事業を推し進める上でカントハーバーの協力は不可避だからな」

彼は楽しそうに話を進めるが、アントワーヌには急すぎて頭が追い付かない。

頭の片隅でいつかはこと時が来ることを知っていたが、いくらなんでも急すぎる。

「そういうことだ。とりあえず来週にでも彼女と会って、うまくいけば来月には結婚式を盛大に執り行えるだろう」

「ちょっ、ちょっとお待ちを!父上、俺は結婚するつもりなどありません!」

「何を言っている。これはカントハーバー国王と決めた取り決めなのだぞ。公務をする気がないのならせめてそれくらいは役に立て」

それだけ言うと、下がれ、とだけ返しそのまま再びベッドに横になった。


**********


「......父上は俺のことなど何も気にかけていない」

「しかしながら、殿下ももう今年で16歳、その時期かと存じます。取り合えず、会ってみるだけでも会ってみませんか?私が手紙を書いておきますので...」

部屋を出た後、廊下でフィリップは出来る限り言葉に注意を払いながら勧めてみる。

「っ、お前まで... そんなことを言うのか!どうせ俺には政略結婚でしか役に立たない哀れな種馬とでも思っているのだろう!」

誰もそこまでは言ってないが、彼にはそう聞こえたらしい。

「そのようなことは....」

「黙れ! 俺は絶対に結婚などしないからな!」

声を荒げて怒鳴りつけると、彼は自室の方へ走り去っていった。


「はぁ...... どうしたら良いのか。陛下の意向は叶えてやりたいが」

こんなのでこの先、大丈夫だろうか、と宰相はため息吐くほかないのだった。

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