美麗の国の王子
サンドニージュ、美麗の国よ。汝は世界で最も美しく気高いバラの花。あらゆる料理も、芸術も壮麗な建物も汝には勝るまい。
サン=ジュヌヴィの空の下には愉快な音楽と豊かな街並みが広がっている。
朝はセーヌの畔を歩き、昼には友と一緒にワインを楽しむ。
実にこれこそが彼らの生きざまなのだー『ライアン旅行記』サンドニージュの章より
サンドニージュ王国。
アルデバラン大陸西部に位置する大国であり、文化・芸術において世界最高峰を誇ってきた。
先王の時代から王侯貴族を宮廷に住まわせることによる、中央集権化がすすめられ、絶対王政が築かれてきた。
しかし、近年では新大陸の利権をめぐり争ったことによる戦費の負債などにより経済状況は悪化しているという問題はあるものの、その覇権はホーフスブルク、メルクリオ、ザミョールシャヤに並ぶ
「四大列強」として確立されている。
今日は7年続いた戦争を海を隔てた隣国、カントハーバー連合王国と平和条約を締結する条件について
宮臣会議で話し合うことになっている。
「諸君、おはよう。今日の議題について、言うまでもなくカントハーバーとの平和条約締結についてだが...」
閣僚たちの姿を確認すると、宰相フィリップ=クランソワ=クレテイユは席に着くように促し説明を始めた。
「失礼、殿下がまだの様ですが」
「...あぁ、まだ眠っておられるようだ。今日決定したことは殿下に伝えておくゆえ、問題ない」
閣僚の一人の言葉に、彼は特に気にする様子もなくそう答えた。
宮臣会議では国王の臨席のもと進められるのが、普通だが、現国王デュードネは数年前から病床に臥せっている。
そのため、次期国王である王子が代理出席するはずなのだが......
(...今日もいらっしゃらないか)
フィリップは内心がっかりしたが、とりあえず会議を進めることにした。
「......というわけで、カントハーバーは示談金30万フランを条件として提示している」
「さ、30万フランですと!? そんなのどうやって財源を確保するおつもりですか!?」
閣僚のひとりがその莫大な額に怯むような仕草をする。
「...まぁ、庶民階級の税金を引き上げるほかないでしょうな」
財務総監が悩むように声を出す。
それは、これまで政府が財源の確保の為に常に講じてきた策ではあるが、庶民への課税率はすでに40%を超えており、しばしば暴動も発生しているほどだった。
これ以上の課税をすればどうなるかはこの場にいる誰にとっても明白である。
「これ以上は不可能です。労働力の欠乏は我が国の存続に関わります!」
「あるいは、海外国債の発行という手をありますが」
各々が次々と口走り、会議は紛糾している。
30万フランという莫大な資金、国家予算の数倍にも値する。
そんな額は課税だけでは賄えないし、かと言って国債..つまり外国に借金したとしても返済できる目途が全くない。
それが今のサンドニージュの現状なのである。
「そもそも... 新大陸の植民地化なんて絶対に必要でしょうか..? その、示談金が支払えないのだったら、新大陸競争からは手を引いては?」
若手の閣僚が恐る恐る声を挙げた。
平和条約には植民地の利権を放棄するか、示談金30万フランを払うか、2択を迫られていた。
フィリップは前者の選択肢も視野に入れていたが、宮中でも植民地を維持すべきがどうかで意見が割れており難しい判断となっていた。
「我々はそのために7年も戦ってきたのだぞ! それを今更放棄するなど言語道断!植民地さえあれば経済はすぐに回復するだろう」
軍務卿は睨みつけながら言うと、彼に同調するものとそうでないもので別れて言い争っている。
(......問題は植民地によって財政危機を回避できるかどうかだ)
「財務総監。君はどう思う? 植民地があれば財政は立て直せるのか?」
「...断言は出来かねますが、時間をかければ必ず可能かと」
フィリップは最終的に彼の言葉を信じることにした。
「では、決議を行う。植民地を放棄することに賛成の者は挙手を」
2,3人の手が挙がる。
「...次に、植民地は維持し、30万フランを支払うことに賛成の者は挙手願う」
今度はほとんど全員の手が挙がった。
「では、賛成多数により植民地は維持することとする。続いて財源の確保についてだが...」
そこまで言いかけた時、突然、バァン!と勢いよく会議室の扉が開かれた。
「っで、殿下!おはようございます」
視線の先には美麗な正装に身を包まれた金髪碧眼の少年が立っている。
服にしても装飾品にしても最高級品であることが直ぐに分かる。
「...おはよう。わざわざ来てやったぞ。さっさと会議とやらを進めろ」
彼は前方の椅子にもたれる様に座ると、顎で指図する。
「はっ。今しがたカントハーバーとの平和条約締結の条件について、植民地は維持し示談金を支払う方向で一致したところです。つきましては財源の確保についてご意見を頂きたいのですが」
「......ふぁ~あ、ん? 財源なんていつも通り庶民どもから徴収すれば良いだろ」
彼は全く興味がなさそうな様子でそう答える。
「そうしたいところですが、これ以上庶民階級の課税を引き上げることは難しく...なので、国債の発行を行おうと思っておりますが...」
「ならばそのようにしろ。 お前が言うなら間違いないだろ」
考える様子もなく即答すると、席を立った。
「お、お待ちを。どこに行かれるのですか」
「もう決まっただろ。もっかい寝る」
そういうとあくびをしながら出て言ってしまった。
「..........。」
しばらく沈黙が流れる。
「.....では、殿下の裁定によりそのように決定する。諸君、ご苦労であった」
宰相のその言葉で会議は終了し、各々が解散して行った。
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「殿下! 王太子殿下! お待ちください!」
フィリップは会議室から王侯貴族の住居へと接続している廊下を抜けていく王子を呼び止めるが、彼は振り向く様子はなく、そのまま行ってしまった。
「......はぁ。今日も公務を休まれるおつもりか」
今に始まったことではないが、王子の横暴さにため息しか出ない。
サンドニージュの王太子、アントワーヌ=シャンパーニュ=ベル・ド・ロアゾンは数年前......彼の母つまり王妃が病死し現国王も病床に臥せってから、自分勝手で傲慢な性格になったと周囲の者は言う。
しかも、王位継承順位第一位の王太子であるにも関わらず政治に一切関心がなく、ほぼ全ての重要な決断をフィリップに委ねているという異常な状態が続いている。
「ごきげんよう。フィリップ、変わりないかしら?」
頭を抱えながら執務室に戻ろうとした時、背後から声が聞こえた。
「っ! 王女殿下。おはようございます。本日もご機嫌麗しく」
編み込んだ金髪を後ろに垂らし、白銀とブルーを基調にしたドレスを身にまとうその少女は幼いながらも威厳のある姿を感じさせる。
フィリップは身をかがめて彼女の手に接吻をした。
「会議は終わったのかしら。結局どうなったの?」
「はい。やはり、示談金は一部を課税によって賄い残りは国債でなんとかしようかと」
「...まぁ、それがいいでしょうね。でも、どこに借りるつもり?」
第一王女である彼女、シャルロット=ロワイヤル・ド・ロアゾンは国王が病に臥せり、王妃亡き今となっては王宮において最高権力者としての地位を確立していた。
こうして政治について意見を述べる女性は珍しく、彼も最初こそあまり相手にしていなかったが彼女の
才に気づくと最近はこうして政治についての相談をすることが増えていた。
「ホーフスブルクが良いと存じます。あそこは殿下の伯母上がおられる」
「あぁ、そうね。クリスティーナ大公殿下は兄をいつも気にかけていたもの」
ところで、と彼女は話を区切り本題を切り出す。
「兄上はどうしたの?これから公務でしょう」
「それが......」
事情を聴いてシャルロットは怒りよりも、呆れた様子だった。
「はぁ...... まったく、兄上には次期国王の自覚があるのかしら...!今日と言う今日はしっかり言わなくては」
彼女は険しい表情を見せると止める間もなく、アントワーヌの寝室がある王侯の間へと去っていった。
「あ..今は止めた方が......」
フィリップは寝起きのアントワーヌがどれほど機嫌が悪いか理解していたが、その声は空しく虚空に消えた。
「......殿下をお諫めできるのはもはや彼女しかいないな」
微かな希望をかけて彼は大量の処理すべき書類が待つ執務室へと戻って行った。




