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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
第2章ー魔女と革命の足音
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魔女の訪問ー ラ・シュヴァリエール

「あぁ...神は私をお見捨てになったのですか?」

大衆の目前に引きずり出された少女は震える声で訴える。

まさしくその少女は恐るべき異端の罪で火刑に処されるところだった。

「どうか、どうかお慈悲を! あるゆる罰は受け入れます、しかしどうか火刑だけは...」

彼女の悲痛な叫びはすぐに民衆の妄信によりかき消される。

「魔女め! 裁きを受けろ! ここにおまえの場所なんてない!」

魔女と呼ばれた少女はもはや誰にも信じてもらえないと分かって、とうとう自分を裁判にかけた憎むべき男にも懇願しはじめた。

「あぁっ、司教さま。貴方に信心があるのでしたらせめて最後の懺悔を聞いてください」

しかし、彼は冷酷に答える。

「魔女の願いなど聞かん。懺悔なら地獄でするんだな... 無論貴様の魂はもはや救いようがないが」

どうしてこんなことになったのだろう、と彼女は思った。

そしてやがて、刑は執行された。

「偉大なる国王陛下シャルルの名において...魔女を地獄に送り返そう」

藁につけられた火は瞬く間に燃え盛り、熱いと感じるよりも先に意識が遠ざかる。

祈る意思すらも失った彼女にはただ熾烈なる復讐心だけが残った。

「惨めなもんだなァ、あんた。助けてやろうか?」

その声はどこからともなく聞こえる。まるで地の底から響いているかのような。

彼女はともかくその声に耳を貸した。これこそが魔女・ブレーズの誕生なのである。

ー『烈火の魔女』レミーユ=ペロー 第3章より

「だから、どこのどいつなんだ!」

「今、調べているところですので...」

舞踏会から一晩明けて、宮廷ではアントワーヌがあの見知らぬ男を探していると噂になっていた。

あれだけ大々的に追いかければ、広まっても仕方がないことだが宰相としては頭を悩ませるものだった。

「とにかく、あいつを探して再びここへ連れてこい!なんなら国中の家を巡り尋ねてもよい!」

彼のめちゃくちゃな命令にフィリップもうんざりしていたが、深いため息を吐いたあとようやく声を絞り出した。

「舞踏会は今夜も行われることですし... そう焦らなくとも来るのでは?ですが、素性も分からぬ者と親しくなさるのはあまり.....」

「誰と親しくなろうが俺の自由だ、そうだろう?フィリップ」

そう言われると何も言い返せなくなって、宰相は黙り込んでしまった。

ともかく、アントワーヌの命令により今夜の舞踏会ではエリゼを捕らえるための厳重な警備体制が敷かれた。

だが当の本人はなぜここまでして彼に執着しているのか分かっていない。


***********************************************


「もはや、一刻の猶予もないわよ。仲間達は次々に逮捕され、家畜みたいに処刑されてる!税は上がり続けてるし...」

宮廷で2日目の舞踏会が開かれている頃、サン=ジュヌヴィの高等法院(パルルマン)で共和派の会合が再び行われていた。

リーダーのフランソワを差し置いて、その場を完全に仕切っているマリアンヌは他のメンバーに迫るように叫んだ。

彼女の焦りは日に日に増していた。

「分かっている。だが、少なくとも隊長を説得できるまでは......」

「それ、あとどのくらいかかるわけ? アンタの言ってる決行日まであと1月しかないけど」

フランソワもそのことは危惧していた。

実際、隊長の説得がうまくいかず来月に迫った作戦の決行日にまで間に会うかどうかも怪しくなってきたのだ。

しかしできなければこのまま仲間を見殺しにすることに繋がる。

「それに、手紙に書いていた魔女とやらも結局来なかったわね。 ま、分かってたけど... あんなデタラメな手紙なんて偽造に決まって......」

彼女はなおも馬鹿にしたような口調で続けていたが、その時入り口の扉が大きく開け放たれたような音が聞こえた。

「...ッ!?な、なに?」

全員が立ち上がり周囲を警戒する。

部屋の外から護衛が次々と倒される様子だけが伺えた。

コツコツ、と廊下に響く足音は徐々に近づきやがてドアの前で止まった。

「まさか...魔女が..?」

ジルベールが小声で囁くもすぐに口を閉じた。

全員に緊迫した空気が流れる。

刹那、ギィーという軋む音を立てゆっくりとドアが開く。


「......みなさま、おそろいで。中に入れていただけるとありがたいのですが」

その女..いや少女は全身を甲冑で覆い、腰には片手剣を装備した昔風な騎士の装いで立っていた。

「あなたは......」

フランソワがようやく口を開く。

「親愛なる魔王様の名によりはせ参じました。魔女饗宴、第九使徒......「女騎士」。シュヴァリエールとお呼びください」


******************************************


突然の訪問に静まり返った執務室で、紅茶を啜る音だけが響いていた。

シュヴァリエールと名乗った少女は外見は一般人と何ら変わりはないが、形容しようがない独特の威圧感を周囲に放っている。

淹れてもらった紅茶を飲みながら、不思議そうに辺りを見回している。

「んんっ、お茶までいただき感謝いたします... 貴方もどうぞお座りくださいね。まあ、そう緊張なさらず」

「......貴方は、魔女..なので?」

フランソワの言葉に全員が固唾を飲んだ。

「えぇ、手紙をご覧になっていると思いましたが。それとも、魔女が実在することすら信じていなかったと?」

「いや、そんなことは......」

それも仕方のないことだ。数百年前までは確かに大陸全土で魔女狩りが盛んに行われていたし、北星教会は未だに脅威として認識しているが、今ではその存在を信じている市民は少ない。

魔女大戦が終結した300年前から彼らは自国に閉じこもるようになり、めったに外部を出ることは無くなったからだ。

膨大な寿命を持つ魔女と違う人間にとっては世代交代に伴って、記録から消えるのに十分な年数であると言えよう。


「いいのです、気にしていませんので。それよりも本題に入りましょう。率直に申し上げると、魔女饗宴はあなた方が行おうとしている”革命”に興味を持っています。我々で良ければ是非力になりたいと」

それは個人としてではなく”魔女饗宴”としての言葉のように聞こえた。

「ふむ......」

フランソワはしばらく考え込んだ。

魔女の存在を信じていなかった彼でも、”魔女饗宴”という名には覚えがある。

大戦の終結以降姿を現さなくなった七魔王違い、彼らは魔王達の直属の補佐としてそして外交官としてしばしば他国を訪れていた。

13人で構成される彼らは表向きは外交官として、実際には隠居する魔王に代わり彼らの意思を実行する代理人として大陸全土に影響を及ぼしている。

そして彼らの恐ろしいところは、その強大な軍事力と政治的圧力をもってして他国の内政に介入し知らず知らずのうちに魔女という勢力を蔓延らせる、というまさに害虫とも呼べる側面があるということだ。

魔法大国として知られる北精の国も魔女饗宴との交渉により、魔女を受け入れる代わりに魔法技術を発展させたのだという。

「あんた...そんなこと言って私達の国を乗っ取ろうってんじゃないでしょうね!?」

「なっ...マリアンヌ!」

彼の長考を打ち破るようにマリアンヌがいつものように魔女に向かって咆えた。

その行動に一同は絶句する。

「まさか...!我々はただあなた方共和派の理念に敬服し、お手伝いできればという一心なだけです」

「ハッ、どうかしらね。 全部終わった後でシラっと新政府の王にでもなるつもりなんじゃないの?」

一般市民というのはいかなる権威にも屈しない、という点においては無敵の存在だな、とフランソワは思った。魔女にまで噛みつくとは。

「では、”使徒”の名誉と魔王様の名において誓いましょう。サンドニージュの内政に干渉する気はないと」

そこまで言ってもマリアンヌは不機嫌な顔を向けていたが、しばらくにらみ合った後彼女の気迫に気圧されたのか”くだらない”とだけ言って部屋から出ていった。


「あら、彼女の機嫌を損ねてしまったようですね...... 申し訳ございません」

「いや、気にしないでくれ。あいつはいつもあんな感じなんだ。それよりも、えぇと...シュヴァリエール殿。申し出はありがたいが、我々の多くは魔女という存在に不信感を持っている。それに貴殿の利益となるようなものは差し出せない」

フランソワは慎重に言葉を選び説明する。

彼としては厄介な事に巻き込まれたくはないのだ。

「利益など! 我々はただあなた方と関係を持てるだけで良いのです。それが魔王様の望んでおられることでもある」

「魔王が外交を?なぜ今になって...... いや、それなら俺達ではなく王宮の者たちに持ち掛けるべきでは? この国の統治者は彼らだ」

「魔王様は一度親書を書き送りましたが、彼らは返事する気が無いようでしたので」

当然と言えば当然だ。300年以上前に消息を絶った国家元首が今になって接触してきても誰も信じないし相手にしようともしないだろう。

「ふむ、では......」

彼はしばらく他の幹部たちと話し合い、間もなくして結論を出した。


「シュヴァリエール殿、君の提案を受け入れよう。ただし条件がある」

「勿論ですとも」

彼は一枚の書類を取り出しペンを置いた。

「”一切の内政に干渉しないこと”、”作戦中に指示された以外の行動はしないこと”、”作戦終了を持って協力関係を終えること”...以上のことに同意できるなら、ここに署名を」

彼女は一瞬考える素振りを見せた後、怪しげな笑みである提案をした。

「それでも良いですが、もっと有効な方法で契約を結んだ方が良いかと」

「なんだね、それは...?」

彼女はその白紙を裏返すとその上に手を広げ、そこに剣を当てた。

「な、何をしてる?」

彼女は無言のまま掌に当てた剣を引き抜く。当然の如く、手から鮮血がほとばしり白紙を赤に染めた。

『血には血の代償を、真実の証明を』

紡がれた呪文のような言葉は誰も聞いたことが無い、人間が発音しえないような不気味な言語だった。

やがて白紙だった紙が幾何学的な文様を描いた。

「”血の契約”というものです。両者の血をもって魔術的に制約を課す、一種の魔法です。こうすれば私であっても契約を破れなくなる」

フランソワはかなり警戒していたが、魔法を目の当たりにしたことで覚悟を決めたようだ。

彼も手を差し出した。

「少し、痛みますよ?」

その忠告を受け入れるよりも早く、彼女は彼の指に剣先を当てた。

「つっ...!」

彼女のときよりも少ない血が紙に落ちた。

『契約は承認された。契りを違える時、命のみがその懲罰者となる』

二つの紋様が混じり合い、禍々しい光を放つ。

彼女がそれを拾い上げると瞬く間に燃え上がった。

「なっ...」

「これで私は貴方がたの契約に逆らえなくなりました。安心でしょう?」


ともあれ、ここまでしたのだから彼らも魔女に情報を共有せざるを得なくなった。

マリアンヌが居ない時に全てを話すのははばかられたが、いた所で反対するに決まっていたので結局計画の大筋を話すことにした。


「......なるほど。では、7月14日が実行の日という訳ですね。もう来月のようですが?」

「実を言うと、その日付自体最近になってようやく決まったんだ。これ以上引き延ばせないと思ってな。

しかし、肝心の近衛兵隊長をまだこちら側へ引き込めていない.....」

宮廷近衛兵隊長、ジョゼフ=ロユーテ。国王に絶対的な忠誠を誓う騎士道精神を絵にかいたような人物で、寝返らせるのは容易ではない。

だが、彼は一部の庶民と宮廷貴族から一定の信頼を得ており、特に彼の部下たちである近衛兵からの人望は絶大だ。故に彼を味方にできるかどうかで話が大分変ってくるのだ。

「既に数回も会談を行っているが、一向に耳を傾ける気配すらないからな」

「でも、共に席にはついてくれるのでしょう?なら、彼にもその気があるということでは?」

「そうだろうか.....」

フランソワは若干自信喪失気味になっていた。日に日に時間が迫ってくる。


「おや......そろそろ良い時間ですね。まだ暗いうちに私は失礼しましょう。計画に進展があればこちらの封筒で文を。他人からは見えないようになっていますので」

魔女はそういって黒封筒だけを残すと、外に出て行った。


「魔女......シュヴァリエール。何処かで聞いたことがあるような... だが、あれはただの伝説...」

色々と思考を巡らせたが、彼は考えるのを止めた。闇にはあまり触れない方が良いと。


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