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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
第2章ー魔女と革命の足音
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小さな魔法ーフェマレーヌ

かつて美麗の国が今よりも小さく、諸侯たちが権力を持っていた頃。かの地に起こった呪いは瞬く間に国中に広がり宮廷仕えの妖精たちでさえ成すすべがありませんでした。

「東国の魔女の呪いは誰にも解けない。お姫様はお終いなのだわ」と。

しかし彼らを束ねていた花の妖精だけは諦めませんでした。

「私達7人の力を合わせれば、消すことは出来ずとも...弱める事ならできるかもしれない」

ー『美麗の国物語・オンドルミエ』第1章より


舞踏会開催の知らせから1週間が経ち、早いもので舞踏会前日となった。

今日は街全体が浮足立っていることだろう。なにせ、史上初の全国民が招待された宴なのだから。

そんなわけで、俺も毎日のように買い物をさせられたり旦那様が不在の分仕事も増え、とても舞踏会に行ける雰囲気でもなかった。

旦那様は今回の舞踏会で宮廷貴族の娘を、義兄達と結婚させようとしているらしい。

その間俺はほぼ毎日あの男のことを考えるようになった。

いままで同世代と関わることが無かった俺はたった一度会っただけでも、その記憶が深く刻みつけられている。

彼は... やはり高貴な身分なのだろう。ロワール家(侯爵)とは釣り合わないくらいに。


「戻ったぞ。サンドレ!いないのかー」

「はっ... お、お帰りなさいませ。旦那様、アンドレ様、ローラン様...」

考え込んでいて彼らが帰ったことに気づけなかった。

急いで彼らの服を脱がせ、クローゼットにしまう。

「いよいよ明日だ... 我が家の命運がかかっている。これを逃せば次の機会は無いだろう」

「もちろんです。狙うはもちろん... シャルロット王女、ですよね?」

ローランは落ち着いた声で答える。

「あぁ、彼女は第一王女という地位にいながら縁談を断り続けているらしい。噂によると、知性ある男が好みの様だ。お前なら、十分に見合うと私は思う」

「はい。最善を尽くします」

「それと、お前にはあまり期待していないが、アンドレ。それなりの家柄の女であれば何も言わん。好きにするといい」

そして彼は軽くため息を吐き適当に付け加えた。

「はいはい」

こういった会話はいつも蚊帳の外だった俺だが、今が機会かもしれない。

”今を逃せば永遠に機会を失う”と思い、勇気を出して言ってみることにした。

「あの.....! 俺も、その行かせてくださらないでしょうか...? 舞踏会に」

「は?」

最初に怪訝な反応を示したのはローランだ。

アンドレはあからさまに顔を歪め、旦那様は驚いた表情をしている。

「あのな。お前みたいなみずぼらしい奴が舞踏会に行けると思うのか?王太子殿下に失礼だろう」

「そーそー、おまえが行かれると俺らが恥かしいだろw」

待っていたのは罵倒、ただそれだけだ。

「俺も、この家の人間です!俺にも行く権利はあるはず」

「はぁ、分からないようなら言ってやるが...」

呆れたようにローランは俺に近づき、睨みつける。

「お前は俺達の僕で、俺達がその主人だ。立場をわきまえろ」

分かってはいたが、直接言われたのは初めてだ。それはつまり俺のことは初めから家族として見ていなかったということを意味する。

「そんな...」

だが、意外にもそこで口を開いたのは...

「まぁ、まぁ...... 二人ともそこら辺にしておきなさい。仮にも兄弟だろう?確かに、血がつながっていないとはいえ、お前も私の大切な息子だ。それに最近は良く働いている、労ってやらねばな」

旦那様がそんなことを言うとは思ってみなかった。しかし、その声音には一切温かみがなく何か企んでいるような気もする。

「そうだな...」

彼は周囲を見渡すと、ビンの中に入っていた青豆を一つかみ取ってキッチンにばら撒いた。

「な、何をするので..」

「この豆を全て拾い終えたら舞踏会への同行を許可しよう」

その表情は欺瞞に満ちている。許可する、とは言っていても最初から邪魔をするつもりらしい。

義兄たちの表情がそれを物語っている。

「父上の決められたことには異論ございません。よかったな、サンドレ」

皮肉にしか聞こえない。

(とにかく、なんとかして豆を全部集めないと)

彼らが寝ている間、俺は一晩中ひたすら散らばった豆を拾い集めたのだった。


****************************

「そうそう、公爵夫人にはそのコースを...... それから演奏曲目は... 皇帝への讃歌(カイザー・ワルツァー)?だめだ、もっとサンドニージュ風のものに変更しろ。こういったものは殿下がお好きでない」

宮廷舞踏会を前日に控えたロゼイユ宮殿では宰相を筆頭とした多くの侍従たちがせわしなく動いている。

既に会場となる水晶の間の飾りつけも終わり、ゲストリストの確認や一連の流れの最終確認の段階にきている。

「失礼いたします。宰相様、リストの最終確認を」

「ああ。ふむ、やはり多いな。何せ今回は「身分に関わりなく」招待しているからな」

王宮から送付した招待状に対して返事が来たゲストの名前がずらりと並んでいる。

宮廷貴族を中心として、あまり見慣れないような小貴族や地方貴族の家名も見える。

「フィリップ。手配は順調か?様子を見に来てやったぞ」

「はっ、王太子殿下(ヴォートル・アルテス)。全て問題なく進んでおります」

急に姿を見せたアントワーヌの姿にその場にいる全員が首を垂れる。


「ならいい。それより... リストに「ロワール」という家名はないか?」

「はっ?少々お待ちを... 見当たらないですね。そのものがどうか致したのですか?必要であれば調べさせますが」

「いや、よい。何なら別にいい。つつがなく続けろ」

少し落胆したような表情を一瞬見せると、彼は扉の向こうへと去っていった。

*************


「はぁ...ようやく終わった...」

昨日の晩から旦那様に命じられていた豆拾いをずっとしていた。朝になって全て終わったと告げると今度は灰を掃除しろと言われ、作業は一日中かかった。

小鳥たちが手伝ってくれなかったらもっとかかっていたことだろう。

気付くと、日も落ちて夜になりかけている。そして舞踏会は午後6時から始まる。

そろそろ彼らが出かける頃だろう...

俺は旦那様の所へと降りて行った。

「いいか。今夜と明日に我が家の命運はかかっている。必ず王女を射止めろ。そうすれば...私も宮廷貴族に...」

珍しく彼が笑みを浮かべている。本当に今日が楽しみだったようだ。

「あの......!」

「ん? あぁ...... サンドレ」

三人が俺を認識した瞬間、一瞬彼らの眉間にしわが寄ったのが分かった。

「俺も...その、舞踏会に行かせてください。旦那様のお言いつけ通り仕事は全て終えました」

「それは...よくやったな。まさか一晩で...」

旦那様は困惑した表情を浮かべている。俺に与えた仕事を本当にやり終えるとは想定していなかったようだ。

「はぁ、

サンドレ。何度も言わせるな。”立場をわきまえろ”といっただろ」

言い淀む旦那様の代わりにローランは俺に警告する。

「でも...」

「大体なんなんだ、このふざけた服装は」

俺の来ている礼服のそでを掴みながら言う。

「時代遅れってか、だっせww」

アンドレもそれに乗っかる。

だが、彼らの声音と眼差しは明らかに羨望によるものだ。

「お父様の宮廷用の礼服なんです」

「ほう?父君のか。センスがいい。そう思わんかお前たち」

彼の言葉とは裏腹に全くそんなこと思ってなさそうだ。

「ともかく、私の仕事を果たしたのだ...... 今夜だけは舞踏会へ付いてくることを許そう」

「っ!本当ですか!?ありがとうございます!」

まさか本当に許可してくれるとは思っていなかったので驚いた。

本人は渋々といった感じだが。

「父上!本気でこいつを連れていくつもりですか!?我々の品位が下がります!」

「仕方ないだろう!一度発言したことだ... 今更撤回できまい」

だが、そのときアンドレがおもしろくなさそうな顔をしているのが目に入る。

「...サンドレ~? そこちょっとほつれてるぞ。直してやるよw」

「え?」

かつて彼からそんな言葉を掛けられたことなど無かった。そしてその顔は邪悪に歪んでいる。

その時点で気づくべきだったのだろう。

状況を認識する前に、彼の手に握られていた裁縫ハサミが俺の服を切り裂いた。

「あれっwww 間違えて余計なとこ切っちゃったww」

「なっ!?何するんだ!」

俺は咄嗟に身を引くが、ローランも加わり力で押さえつけられる。

「ハハッ! そうだな、こっちも直さないと殿下に失礼だ」

そうしてあちこちに切り込みを入れられ、もはや服とは呼べない代物になった俺の礼装を見て旦那様...いや、ポンポドゥール子爵はただうすら笑いを浮かべていた。

「......何をしている!自分の弟になんてことをするんだ」

「俺達はただ、ほつれを直そうとしただけですよ」

「ふむ、だがこれで...... サンドレ、非常に残念だが、このまま舞踏会に行かせるわけにはいかないな。我が家の子がそのような恰好で殿下の前に姿を現したとあっては、貴族として容認できん」

「そ、そんな!」

彼らは初めからこのつもりだったのだ。何としてでも屋敷の僕として扱っている俺の存在を消し去りたいのだろう。

「帰るまではゆっくりしていなさい。たまには悪くないだろう?」

それだけ言うと彼らは表に待たせていた馬車に乗り込み、ロゼイユ宮殿へと行ってしまった。


「......なんで...」

こういう扱いには慣れていたが、一度くらいあの輝かしき宮殿に行ってみたかった。

いや、今はそれ以上にあの人に会いたかった。

自分と初めて対等に話してくれたあの人を......

俺は完全にやる気を失い、裏庭へ出て一か所だけ光り輝いている宮殿を見つめた。

市民が一週間かけて働く賃金分のロウソクを一晩で使い切ると言われるほどの、贅を尽くした場所。

俺がそこへ行くことは今後二度とないのだろう。

悲しみのあまり歌でも歌いたい気分だ。

「......もし、貴族のお方。このしがない老婆に水をくださりませんか」

ふと気が付くとそこにはやせ細り、麻布で全身を隠した老人が立っていた。

さっきまで誰もいなかったはずなのに。

「えっ?えぇ、少々お待ちを。すぐに持ってきます」

俺は側にあった井戸から水を汲み、彼女に与えた。

「ああ......ありがとうございます。このように良くしてくださるとは、貴方様はどこのお方でしょう?」

「俺は....この屋敷、ポンパドゥール家に仕えるただの僕ですよ」

もはや自分の姓を名乗る気にもなれない。俺は彼の召使なのだから。

「おや、君はロワール侯爵の御子息ではないの?」

「父を知っているのですか?」

彼女の声色が徐々に若々しさを取り戻していくような気がした。

「勿論よ。私はあなたが子供の時から知っているのよ......ああ、あなたなら...」

彼女は少し考えた後、麻布を取り払い完全に姿を現す。

その瞬間、辺り一面に幻影の光が輝き、彼女の姿が変わったのだ。

「なっ、な!? あなた一体......」

どこか森の雰囲気を漂わせる不思議なドレスに身を包み、杖を持つ彼女はまるで伝承の中に出てくる......

「そうね、マダム・フェマレーヌとー 呼んでくださるかしら?貴方を舞踏会に行かせてあげる。その代わり彼を救って」

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