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灰に踊る姫君ードンス・シュール・レ・サンドレ  作者: ミアヒェナー=エレント
序章ー灰まみれの姫と傲慢な王子
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プロローグー 灰まみれ《サンドレ》

むかし、”美麗の国”と言われた美しい王国に身分の低い少女がおりました。

彼女は母も父も事故で亡くし、今はひとり冷淡な継母とその姉たちの世話をして暮らしていました。

少女は身を粉にして毎日働きますが、自分に許されるのは粗末な食事と農民のような古着だけだったというからなんともかわそうなことです。

「いつかあの王宮に行って王子様と踊りたいものだわ」

それが彼女の口癖でした。

「おまえはただ働いていればいいんだ。王宮に行くのは私たちなんだからね!」

継母たちはそういって彼女を馬鹿にしていましたが、少女の信じる心が奇跡を引き起こすこととなったのです......


「美麗の国物語集」第3巻よりー「サンドリヨン」第一章

『ねぇ、お父様。ぼくね、大きくなったら絶対に王宮に住む!そこで楽しく暮らすんだぁ』

『はは、それは将来が楽しみだなぁ』

お父様...? この記憶は一体...?

どこか懐かしい記憶の片鱗は暖かな陽光に消されていく。

そのうちに光は徐々に大きくなっていき

「はっ、はぁ... 夢..か」

壊れかけのベッド、隙間だらけの屋根裏部屋... いつも通りの俺の部屋だ。

横を向くと、青い鳥がチュンチュンとしきりに鳴いている。まるで俺を急かすかのように。

「お前が起こしてくれたのか?...そうだな、そろそろ起きないと旦那様に怒られる」

俺はベッドからその思い体を起こし、仕事着に着替える。

外を見ると、朝陽が差し込んでくる青い空に宮殿前広場の時計塔の鐘の音が7時を告げている。

いつの間にか部屋に入り込んでいたリスやネズミたちを脇目に、2階へと続く梯子を下りそのままキッチンへと急いだ。

俺の朝は忙しい。まずは旦那様と兄たちに朝食を作り、紅茶を淹れる。

(アンドレはコーヒー好きだったよな...)

毎日彼らの要望に応え少しずつ調整しているが、褒められたことなど一度もない。

灰まみれ(サンドレ)!朝食はまだなのかー!」

「っ、はい!ただいま!」

廊下から聞こえてくる叫び声は義弟アンドレのものだ。

その荒々しい声音で分かる。

俺は完成した朝食を銀のトレイに乗せ、紅茶のポットと一緒に寝室に持っていく。


「遅い!オレが起きる前には用意しとけよ!まぬけ」

部屋に入るなり理不尽な怒号を浴びせられる。

そんなの無理に決まってる、と内心思いつつも

「...申し訳ありません。”アンドレ様” 善処します」

そういうほか無かった。

アンドレは、はん、と面白がるように鼻で笑うと奪い取るように朝食を受け取り食べ始めた。

(次は...)

あとの二人もじきに起きるだろうと思い、キッチンに戻るとテーブルに既に二人が座っていた。

「あっ、おはようございます。旦那様、ローラン様」

俺は反射的に挨拶したが、彼らにとってはそんなのどうでも良いらしい。

「...俺の朝食がまだなんだが?」

ローランはゆっくりと圧を掛けるように言う。

「た、ただいまお持ちします!」


既に用意してあった朝食をテーブルに並べると、彼らの目の前で紅茶を淹れる。

「...砂糖」

「あっ、はい!こちらに」

ローランはようやく満足したように読んでいた新聞を俺に押し付け、紅茶を口に含む。

旦那様も続いてオムレツに手を伸ばした。

「父上、宰相様はカントハーバーと講和を結ぶつもりらしいですよ。ご存じですか」

「...そんなこと私たちに何の関係があるんだね? お前は相変わらずそういった話が好きなのだな」

俺を無視して話し出す彼らを見ていると、とても家族だとは思えない。

「関係ありますとも。和平条約の示談金を何処から支出すると?」

「...まさか」

「宰相様はまた貴族階級の課税率を引き上げるつもりだそうですよ。飢饉に戦費の支出... 噂では特権階級の免税権を剥奪するとも」

彼らが話していることの意味は俺には分からなかったが、旦那様は信じられない、と言った様子で狼狽えている様子だった。

「なっ、そんなことになれば我が家も破産するではないか!ただでさえ身分の低い地方貴族なのに...」

「まぁ、実際にそこまではしないでしょうが」

俺はそんな二人の会話を無視して、次の仕事に向かう。

食事の次は、洗濯だ。それが終わったら掃除に...


「ふう。これで、ひとまず終わりか...」

広大な屋敷の部屋をチェックし、掃除するのは中々に骨が折れることだ。

特に来賓客用のホールを一人で掃除をするのには時間がかかる。

結局、家事をあらかた終えてようやく一息つけたのは11時前になってからだ。

「せめてあともう一人使用人がいればな... 昔はこうじゃなかったのに」

3年前、お母さまが海上の事故で亡くなってから全てが変わった。

「大陸商会」の重鎮であったお母さまが亡くなったことで、我が家の収入は断たれ元々資産が少ない我がロワール侯爵家は十数人いた全ての使用人を解雇せざるを得なかった。

そして、その代わりに俺が家事をするようになったのだ。

元々、使用人に囲まれて甘やかされて育った義兄弟たちに働く気も家事を手伝う気も無いようだったし、旦那様に至ってはその浪費癖が家計を圧迫している。

にも関わらず、少しでも安い代替品を買うと”こんなものを使っていては我が家の権威が傷つく”というのだから無茶苦茶だ。

「...なんだ。お前もいっしょに休みたいのか?アミ?」

そういうと俺は、近くで鼻をひくひくとさせている一匹のネズミにちぎったバゲットの欠片を与えた。

そのうちにリスや鳥までもが集まってくる。

「お前らはいいよ。いつでも好きな時に外に行けて、好きなだけ冒険できる。お腹がすいてもこうして俺にパンを貰えるんだからな。......え?今度社交界に行くときについていけって? いや、旦那様が使用人同然に扱ってる俺を連れて行ってくれるわけがない」


端から見れば、小動物たちと話している俺はおかしいかもしれない。だが、昔から俺は確かに鳥やネズミといった小動物の心の声が聞こえる。

そして同世代と関わりのない俺にとっては唯一の友達だと思っている。

つらい時も彼らと一緒なら大丈夫だと...思えるのだ。

(...もし俺があそこで暮らせたらもっと幸せになれるのかな)

窓から遠くに見える王都の宮殿を見つめながらそんなことを考える。

別に今の生活に特別不満があるわけではない。

食べ物にも、衣服にも住居にも苦労はしていないのだが..ただ

「サンドレ。おまえは誰と話しているのかね? ん?」

「っ、だ、旦那様...... なんでもありません。何か御用で..?」

気が付くとねっとりとした視線でこちらを見つめる旦那様の姿があった。

彼は暇なのか、気まぐれで俺に新たな”仕事”を与えに来る。それらはどれも全く必要とは思えないものだが。

「随分と楽しそうだが、家の用事は終わったんだろうな?」

「はい。全部屋の掃除と洗濯ものの回収、それからお茶の時間のお菓子も用意してあります」

今日は完璧なはずだ。何も文句をつけられる筋合いは無いはず...

俺は旦那様の無言の圧に声が低くなる。

「......本当だろうな?」

疑うような目でそういうと彼は、俺が犯したミスを探すべく家じゅうの部屋を点検しに行った。

この時にほんの些細なミスー彼がそう判断した場合はー俺に追加の仕事が与えられ、一日の内で一時間ほどしか与えられない休息の時間は消える。

こんなことに時間を割くなんて、人のミスを指摘するのを楽しんでいるようにしか思えない。

「......確かに、今日は何の問題もないようだな」

極めて不愉快そうに答える彼に俺は安堵した。

(今日は特に丁寧に掃除したからな)

「ありがとうございます。では...」

そういってその場を去ろうとした瞬間

「だが、ミルクがないのにどうやってお茶を用意しようと思っているのだ?」

「え?ミルクならまだ...」

俺は一瞬戸惑ったがすぐにその意味を理解した。

「朝食の紅茶に入っていた”あれが”か? 冗談はやめなさい。あんなのはミルクではない」

彼は愉悦に満ちた顔で詰め寄る。

確かに今日の朝食に出したのはいつもの最高級品ではないが、それほど品質が悪いわけでもないはずなのに。

「も、申し訳ありません... しかし、最近食料品の物価が急激に上がっています。ですから、今まで通りの生活は難しく...」

「ふん。言い訳かね。それは財源の管理ができていないお前の責任だろう? おまえの母上が残した遺産があれば生活のは問題ないはずだ」

確かに、小貴族といえど曾祖父の代からある遺産と母が築き上げた商会での収入を合わせれば莫大な額になるが、旦那様と義兄弟の物欲はそれを上回っていた。

月に二回のドレス新調や、宝石類の購入、食料品は全て産地直送の最高級品... そんな贅の限りを尽くした生活をしていればいくら金があってもたりない。

「.......でしたら、もう少し浪費を抑えてください。月に二回もドレスを変えなくてもいいでしょう?」

この時ばかりは俺も少し頭にきて、ぶっきらぼうな物言いで口走ってしまった。

「なんだと?私達がドレスを新調しているのは単に贅沢がしたいからではなく、社交界で目立つためだ!おまえには分からんだろうが、宮廷貴族と関係を深めることと直結する問題なのだ」

俺は何かまずいことを言ってしまったようだ。旦那様の言っていることはよく分からなかったがとても憤慨しているようだった。

「も、申し訳ありません! 差し出たことを...」

「分かったら、”本物”のミルクを買ってきなさい! 今すぐ!」

俺は追い出されるように家を飛び出し、市場に向かって走っていった。

(くそっ、そんなに贅沢がしたいなら宮殿にでも行ってしまえばいいんだ。そしたら俺は自由だ)


*****À suivre -

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