3-20 迷惑?
「ご飯! ご飯! いっぱい食べるです!」
レストランに向かう道中で腹を空かせた悟利が嬉々として口ずさんでいた。
満面の笑みで歩き続ける悟利が急に走り出したり道路に飛び出したりしないように唯―ではなく愛枷が手を握っていた。
「バイキング……だって……」
「はいです! 食べ尽くすです! わちの食欲が猛威を奮う時が来たです!」
そんなふうに会話をしている二人に続くようにして静也と月乃、それから唯と能徒が歩いていた。
そんな中で今回静也の隣にいるのは月乃ではなく唯だった。それも、唯は静也の腕を抱いたまま歩き、まるで恋人のような雰囲気を振り撒いていた。
そんなことを目の前で繰り広げられているのに今日の月乃は何も言わなかった。いや、言えなかった。なぜなら自分の恥ずかしいところを見られ、それが原因として静也を気絶させてしまったという負い目があったからだ。さらにそれをひょんなことで暴露されないかが心配なのである。
もちろんそれに気が付いている唯は、この時ばかりにと静也に自らをアピールし誘惑した。
「静也くん。今日のお姉さんはどうかしら?」
「どうって?」
「だって、さっきのお姉さんの膝枕は気持ち良かったんでしょ? 今のこれ。どうかしら?」
そう言った唯の目線が自らの胸元に向けられた。その豊満な胸には静也の腕がまるで挟まれているかのように埋まっており、唯の性欲を纏った極上の柔らかさがむんにゃりと包んでいたのだ。
「それは……」
静也は思わず困惑して頬を赤くした。無論それを見逃す唯ではないので、追い打ちをかけるように静也の指に自らの細くしなやかな指をするすると絡ませると優しく握った。
また、静也が時折月乃の匂いを嗅いでいることも知っているため、自分の匂いも分かるようにあえて風上に立って身を寄せることでフェロモンのようなそれをアピールした。
「能徒」
「はい、星見様」
するとそれを見ていた月乃はとうとう我慢が出来ずに動いた。だがそれでも自分で動くのは気が引けたので今回は能徒にお願いをした。それに、自分からいけば能徒を取られてまた不利になると思ったのだ。
「姉ヶ崎様」
「なぁに?」
「恐れながら、無波様は困っているように見えます。どうかほどほどに」
「ふーん…… 静也くん。困ってる?」
「えっと、それは」
すると唯は静也の腕をさらに深く自分の胸の中に入れると、上目遣いで静也を見た。さらにあえて服の隙間から胸の谷間が見えるように工夫をし、自分の顔が見えるのと同時に谷間も確認出来るようにしたのだ。
「困っているならそう言ってほしいな。そうしたらやめるから」
唯は、能徒は静也が困っていると確認出来ない限りは動かないだろうと思ってたたみかけた。もちろん静也は優しいのでここで困っているなんて言わないだろうとも思っていた。
だがそこでぴしゃりと声が響いた。
「唯!」
「あら、どうしたの? 月乃ちゃん。何か言いたいことがあるの?」
「……」
能徒じゃ駄目だ。そう思った月乃がついに動いた。そして二人を引き離すようにしてその間に入ると、長い前髪で隠れた瞳で唯をじっとりと睨みつけた。またその口元が強張っていたので、静也にも月乃が良い気分ではないことが理解出来た。
「唯、これ以上は駄目だよ? 本当は静也も困ってるよ」
「そうかしら? でも静也くんは何も言ってないわよ?」
「困ってるよね? 静也」
「そんなことはないわよね? 静也くん」
「えっと」
静也は途端に向けられた二人の視線を前にして思わずたじろいだ。また、その何とも言えない圧力を感じるとどう答えようか迷ってしまった。
そこでさり気なく能徒に助けを求めて目を向けると、そんな能徒は
「私からは何も申し上げることが出来ません。どうかご判断を」
「そうだよ? こういう時はちゃんと判断しないと駄目だよ?」
「男の子ならしっかりとね。静也くんの男らしいところ、見たいなぁ」
助け船すら無い状態で静也はただただ困惑した。そこでそんな異変を察知した悟利と愛枷がやってきた。
「姉ぇ達は何をしてるです! 早く行かないと店が閉まるです!」
「悟利ちゃん。まだ平気よ。だから飴を舐めててね」
と唯はそんな悟利の口に大きい飴を放り込むと強制的に静かにさせた。そしてそれをされたのは二度目の悟利はあの時のように恐怖を宿した顔になって愛枷に抱き付いた。
「姉ぇが……姉ぇ達が怖いですぅぅ……」
「大丈夫……あの時も大丈夫…だったから……今回もきっと……大丈夫……」
愛枷は震えるそんな悟利を落ち着かせるようにして優しく言うと、以前のようにその超絶に長い髪の中に収めるように抱きしめた。
「それで、どうなの? 迷惑だよね?」
「そんなことはないわよね? 静也くん」
一瞬だけ助け船が見えたと思った静也は、それは幻想だったのだと実感した。そして再び二人の物々しい視線に晒された。
そこで静也は理解した。
これは迷惑かどうかという問題ではなく、月乃か唯かのどっちを選ぶかであるということを。もちろんそんな二者択一に答えを出せる静也ではないので、まさに困り果ててしまった。
万事休すか―と思った時だった。近くで着信音が鳴った。
「はい。あ、金錠様。星見様でしょうか? はい、今たてこんでおりますので代わりにお聞きします」
それは能徒のスマホだった。それからまもなくして通話が終了すると、能徒が三人の中に割って入った。
「申し訳ございませんが、今回はここまででお願いいたします」
「あら? どうして?」
「そうだよ? 静也が答えようとしているんだよ? 邪魔をするの?」
「そうではありません。金錠様より連絡があり、例のものを受け取ったとのことです。有事に備えて早く渡したいとのことでしたので至急来て欲しいとのことです」
助かった。そう思った静也はこの時だけが狩人に感謝したのだった。
「どうして私達が行くのかな?」
「そうね。狩人くんが来たらいいんじゃないかな」
「はい。そうおっしゃると思いまして、これから私達が向かうレストランに来てもらうことにしました。ですのでお早く向かいましょう」
「……むぅ」
そういうことならと月乃と唯がため息をついた。そして気を取り直したように
「そういうことだから行こうか」
と月乃が言った。
そして今回は静也を自分の隣に、なんなら唯が接触しないように自らを壁にするようにして歩き始めた。
「まったく、狩人くんも空気を読めないわねぇ」
「本当だよ。会ったらお仕置きだね」
「どうかやめてあげてくれ」
二人の不敵な笑みを目撃した静也は、普段はしない狩人の肩を持つかたちで二人を制止させた。
「悟利、愛枷。二人も行くよ」
「ぅぅ……怖いですぅ……」
「悟利…ちゃん……もう終わった…よ……今回も……大丈夫だった…よ……」
「ぅぅぅ……」
未だに怯えてしまっている悟利を愛枷がおんぶした。
普段の愛枷の様子からして、前は見にくく今は両手も塞がっていて転んだら危険と判断した静也は愛枷の前に行くと
「あ……静也くん……それは……はずかし……」
その超長い前髪を分けてちゃんと前が見えるようにしてあげたのだ。そのせいで普段は見ることのない愛枷の蒼く美しい瞳が晒されてしまった。また、悟利を落とすわけにもいかない愛枷はそのまま目を潤ませて困ってしまった。
「静也。愛枷はちゃんと見えているから大丈夫だよ。からかっちゃ駄目だよ?」
「いや、心配だったから」
「優しい……気持ちだけ……気持ちだけ……だから…戻して……はずかし…」
「そうか。まぁそういうことなら」
ということで元に戻したのだった。
それからは特に喋ることはなく、何とも言えない妙な圧がたちこめる中で目的地であるレストランに到着した。
「いい匂いです! 早く行くです!」
途端に元通り元気になった悟利が先陣を切って入って中に行った。
「唯、分かってるよね?」
「月乃ちゃんこそ」
「何がだ? また何かをやるのか?」
「静也は気にしなくていいよ。なんでもないから」
「そうよ。お姉さんと月乃ちゃんだけの秘密よ」
これ以上は聞いてはいけないと判断した静也は追究せずに口を閉じた。




