3-17 恐れていたこと
「お邪魔するです!」
月乃が心配で静也の家を訪れた能徒。それ続いて唯、そして悟利と愛枷もやってきた。
それからこの後食事に行くことにしたので、寝間着姿だった静也と月乃の準備が終わるまで家の中で待ってもらうことにしたのだった。
「静也兄ぃの家は広いです! 一人暮らしです?」
悟利が無邪気にリビングに入っていくと、そこにあるソファーに座った。そして部屋を見渡しながら嬉々として問いかけた。
「そうだな。両親は別の所に住んでるんだ」
「月乃姉ぇも一人暮らしだったです! でも二人とも最初は別の所に住んでたです?」
「そうだよ。静也がこっちに越すことになったから私も付いてきたんだよ」
それに答えたのは月乃だった。
「その時には既に静也に排除欲求があるって分かっていたし、なんなら欲払師の素質もあるって分かっていたから逃がすわけにはいかなかったんだよね」
「逃がすって。当時の月乃が実際にどんな事を考えていたのかはさておき、俺は一緒にこっちに来てくれて感謝はしてるんだけどな」
「それは……うん。欲求とかは別にしても、やっぱり静也といると楽しいからね。離れたくない気持ちはあったよ」
「あらあら、昔から仲が良かったのねぇ。羨ましいわぁ」
その時、唯が静也の腕を取って抱き付いた。
「お姉さんとも、これからもっと仲良くなろうね」
「唯、変なことをするのは別だからね?」
「分かってるわよ。もちろん月乃ちゃんもよ?」
「皆様、お茶を淹れました」
いつの間にかキッチンを使っていた能徒がお茶をトレーに乗せて運んできた。
「悪いな、能徒。というか、いつキッチンに行ったんだ?」
「お邪魔してからすぐに。私は皆様のメイドですので当然です」
「前もそうだったよな。くつろぐよりも給仕ばかりだったし。気にせず休んでていいんだぞ?」
「いえ、私は皆様のために在るので」
「でも無理はするなよ。給仕よりも能徒の体の方が大事だからな?」
「……はい。ありがとうございます」
そう言われた能徒の頬は僅かに赤くなった。
その様子を月乃と唯は見逃さず、二人で何かしらの意思疎通をしたのか軽く頷いたのだった。無論それを静也は見逃さなかった。
「月乃も唯も、能徒に変な事をしたら駄目だからな?」
「大丈夫、何もしないよ。ね? 唯」
「もちろんよ。能徒は今は何もしていないもの」
「含みのある言い方だが、まぁいいや。それじゃ着替えてくるからみんなは少し待っていてくれ」
と静也が月乃とリビングを出ると、廊下にぬぅっと愛枷が立っていた。
「どうした?」
「お手洗い…借りた…よ…… あと……静也くんの……家…広いから……見回ってた……異常は…なかった……」
「そうか。ありがとうな。リビングにみんながいるし、能徒がお茶を用意してくれたから飲んで待っててな」
「う……ん……」
そうして愛枷が相変わらずの様子でリビングに向かって行った。
それから二人が静也の部屋に行くと着替えを開始した。
「それじゃ俺は向こうで着替えてくるからな。終わったらリビングにいてくれ」
「分かった。ねぇ静也」
「どうした?」
「えっとね、みんなを家に入れて良かったの?」
「待つ間だけだし。それに、せっかく月乃を心配して来てくれたんだから外で待ってもらうのも悪いだろ?」
「まぁ、そうだけど……」
月乃は不服だった。何せ今日も静也と二人で過ごせると思っていたからだ。それに、この休日だけとはいえ静也の家で二人きりで過ごせることを嬉しく思っていたのだ。
すると月乃が静也の服の袖を掴んでぼそっと言った。
「今日も泊まっていくからね?」
「まぁそれはいいけど。でも明日は学校だろ? 一回家に戻らなくていいのか?」
「平気だよ。みんなが帰ったら一回帰るから。もちろん静也も付いて来てくれるよね?」
「それはもちろん。危ないからな」
「良かった」
それを聞いた月乃は口元をにこっと上げた。
「それじゃ着替えてくるから」
「うん。忘れ物はないね?」
「大丈夫。また後でな」
ということで静也が自分の着替えを持って部屋から出て行った。
一人となった月乃はさっきリビングのキャリーケースから持ってきた服に着替え始めた。そして、しいたけパジャマを脱いだ時に思い出した。
「バレなくて本当に良かった……」
今自分は痴女極まりない下着を着けていたということを。
極小面積の布地でしか隠れていない胸。さらに、下は極めて小さな布と細い紐しかないTバックとなっており申し訳程度にしか隠せていなかった。
しかも色もまた挑戦的な黒ということもあり世間的にはセクシーランジェリーの類に入るものの、地味な月乃からしたらやはり痴女以外の何者でもなかった。
鏡に映った自分の姿を見た月乃は、それらが本当に自分に不釣り合いであることを再度実感しもう二度と着けないだろうと思った。だが捨てようとは思わなかった。なぜなら仮にも静也が渡してきた下着だったからだ。
早く着替えてしまおう。もちろん下着も。
着替えるという言葉をリビングで聞いた途端にそう思った月乃は、その着替えの中に昨日着けていた下着を忍ばせて持ってきていた。それこそ、言わない限りは同じ下着だなんてバレるわけがないのだ。だから月乃はこの下着よりはと思って今日一日は昨日と同じ下着でいることを甘んじて受け入れたのだ。
それからやっとこの緊張感から解放されると思った月乃が下着に手をかけた。ちょうどその時だった。
「悪い悪い。忘れ物をした」
なんと静也が戻ってきたのだ。
ノックもせずに部屋に入ってきた静也は、無論月乃のその姿をしっかりと目撃してしまった。
「「あ……」」
静也は目の前の光景にそれ以上の言葉が出なかった。もちろんそれは月乃も同じだった。
途端に時間と二人の動きが停止し、静也は否応なしにそのセクシーランジェリー姿の地味女子月乃をその目に捉え、月乃はバレてしまったことをやっと認識して一瞬で顔を真っ赤にした。
「月―」
直後月乃の瞳が紅色に輝き、その瞳の中にはかつて静也が見た星の紋章が浮かび上がっていた。そして静也が次に何かを言おうとした時、突如として静也の意識が消えた。
***
「静也兄ぃが起きたです!」
どれくらいか経った後、静也が目を覚ました。
その目線の先には悟利と能徒がいた。そして頭の後ろがやけに柔らかいことに気が付くと、その視界の外から唯の声が聞こえたのだった。
「びっくりしたわよ。貧血で急に倒れたなんて。だからまだ安静にしていてね」
「あ…あぁ…… 貧血?」
「はい。星見様がそうおっしゃっていました。物音を聞いて駆けつけた私と姉ヶ崎様が事態を把握し、星見様と一緒に無波様をここにお運びしました。それから応急処置をして様子を見ていました」
「そうか。それで、月乃は?」
「無波様のお部屋です。考え事があるからと引きこもられています」
「そうか。……貧血か。なんかその前に―」
「まだ動いちゃ駄目よ? お姉さんの膝の上でちゃんと寝ててね」
そこで静也は把握した。今自分は唯に膝枕をされていてみんなに囲まれているということを。
また、静也は視線を少し上げたところに発見した唯の目が自分を優しく見つめており恍惚としていることに気が付いた。そしてその瞳は仄かにピンク色になっていた。
「唯姉ぇの膝枕はどうです? 気持ちいいです?」
「あ、あぁ。膝枕なんて何年もされてなかったから心地いいよ」
「そうですそうです。柔らかくて気持ちいいのです!」
「あぁ、静也くん。嬉しいわぁ。そんなことを言われたら何時間でも、どこででもしてあげたくなっちゃうわぁ。この際だから、膝じゃなくて他のところにも頭を乗せてみる? きっと気持ちいいわよぉ?」
「いや、それはいいかな」
唯の瞳のピンク色が濃くなった。それを察した静也が起き上がると、唯は少しだけ落ち着いて同時に残念そうな顔になった。
あらためて周囲を見渡した静也はそこに愛枷もいないことに気が付いた。
「月乃の様子を見てくる。連れてくるからそうしたらご飯に行こう」
「はいです!」
「あの、無波様」
「どうした? 能徒」
能徒が部屋を出て行こうとする静也を止めた。そしてその続きに対してどこか言いにくそうな様子を示すも
「すいません。なんでもないです」
と言って口を閉じた。それを見ていた唯はどこか不敵な笑みを浮かべていたが、静也はその理由を知る由もなかった。
それからリビングを出た静也は、廊下に佇んでいた愛枷を発見した。
「念の為に護衛をしてくれたんだな」
「う…ん……家の中でも……万が一…があったら……いけない…から……」
「そうか。ありがとうな」
静也はそんな愛枷の頭を軽く撫でてやった。
すると愛枷は短く声を発すると、リビングに戻っていった。




