3-16 疑惑と増える来訪者
「ー本当にそれだけが目的かしら?」
月乃が宿泊している静也の家に能徒が心配してやってきた。
今回、どうして急に月乃が泊まることにしたのか、あの日に静也が抱いた違和感はなんだったのか。それらが明かされて能徒が帰ろうとした時、彼女の後ろからそんな声が三人の耳に入った。
「それだけって、何かな? 唯」
その声の主の正体に真っ先に気がついたのは月乃だった。そして能徒の後ろにある物陰から唯が出てきた。
「姉ヶ崎様。いつからそちらに?」
「能徒がここに着いた時からよ。偶然ね」
「それは嘘でしょ? ずっと能徒を付けてたんでしょ?」
「あらあら、なんでバレてるのかしらねぇ」
少し困り顔を見せた唯が月乃の前にやってきて寝巻き姿をまじまじと見た。
「なるほどねぇ。同じベッドで寝たのね」
「……」
「隠してもお姉さんには分かるのよ? 月乃ちゃんからは静也くんの匂いがするし、静也くんからは月乃ちゃんの匂いがするもの。だったら、もしかして?」
「それはないよ。静也は紳士だからね」
「ふーん……」
その目が今度は静也に向けられた。
対して静也は何のことだか分からないような顔をした。
「そう。本当に何もなかったようね。月乃ちゃんにとっては残念、お姉さんにとっては良かったってところね」
「それで、どうして唯がここにいるの? 能徒を付けていたのはどうして?」
月乃はほんの少しだけ憤りを見せていた。しかし場所が場所のため穏便に済ませようとしていた。
「簡単よ。さっき月乃ちゃんの家に行ったら誰もいないんだもの。それで帰ろうとしたら能徒を見つけて、もしかして月乃ちゃんの所に行くかもって思ってついて行ったのよ」
「メイド服を着た能徒が気付かないなんておかしいよ。万能なんだから身内が近くにいたら気付くよ?」
「今回はたまたま気が付かなかったようね。能徒も人間なんだからそんなこともあるわよ」
「星見様。私は本当に知らなかったのです。ましてやつけられていたなんて」
「まぁ気が付かないのも無理はないよ。だって私達はその気になれば対象に気付かれることもなく始末出来る特技をもっているんだから」
地味の権化であり影の薄さの極みである月乃ならまだしも、常に色気を振り撒いている唯まで出来ると知った静也は思わず驚いた。
静也と唯の間には少しだけ距離があり、なんなら唯の方が風下なのにも関わらずその妖艶な香りが静也の鼻腔をくすぐっていた。
唯こそそういうことは絶対に不向きだし、見つかることの方が多いに違いない。そう静也は思った。だがそんな唯が万能メイドたる能徒に気付かれなかったのだ。間違いなく意図的につけていたに違いなかった。
「まぁいいよ。二人とも気が済んだでしょ? また明日学校でね」
「そうはいかないわよ? 月乃ちゃん。だってまだお姉さんの質問に答えていないでしょ?」
「なんのことかな」
「別にシラを切ってもいいけど、月乃ちゃんはその目的のために静也くんの家に泊まったんじゃないわよね? 泊まりたかったからその理由を後付けしたのよね?」
「よく分からないね。静也、気にしちゃ駄目だよ?」
「だって月乃ちゃんくらいの実力があれば誰かに襲われても簡単に消せるでしょ? 分かるわよ。お姉さんも月乃ちゃんの立場だったらそうしていたもの」
月乃は口元をむっと強張らせた。そしてその長い前髪の奥から悠然と語る唯をじっと見ていた。
そんな緊迫した空気の中で静也が口を開いた。
「別にいいんじゃないか? 月乃と俺は幼馴染みだし。こういうことはよくあることなんだ。今更泊まるくらいどうとも」
「ふーん…… だって、月乃ちゃん。良かったわね。いいえ、良かったのかしらね?」
「……つまり唯は私が羨ましかったんだよね? なら今度静也に泊まっていいか聞いてみればいいんじゃないかな? ね? 静也」
「え?」
「あらあら、お姉さんにもチャンスをくれるのかしら? 月乃ちゃんは優しいわね。そう言ってるけど、静也くん的にはどうなのかしら? お姉さんが一人暮らしの静也くんの家に一人で泊まりに行って、夜通し二人きりで過ごしてもいいのかしら?」
「それは……」
「静也。分かってるよね……?」
まるで獲物を見るかのような唯の瞳と、にっこりとした暗澹たる笑みを浮かべる月乃に囲まれた静也はその圧を前に思わずたじろいだ。
それに耐えかねた静也は能徒に目を向けて無言で助けを求めた。今は万能メイドである能徒にとってその視線の意図を読み取るのは至極容易く、確かにこくりと頷いた。それにより静也の顔には希望の光が宿った。
「星見様、姉ヶ崎様。無波様は―」
「能徒。今は私達が大事な話をしている時だよ? またあの日みたいになる?」
「そうよ? 静也くんが答えるまで待たないと駄目よ? じゃないと、分かるわよねぇ?」
「……はい。静かにしています」
能徒はそれらを前にして口を閉じた。いや、閉じざるをえなかった。
そんなこんなで唯一の助け舟を失った静也は二人の異様な圧力を前に答えを選ばなければならなくなってしまった。
どうする? 月乃は唯が俺の家に泊まることを良しとしない雰囲気を出してるし、唯は唯でこの機会を逃すまいとしているし。
というかなんで月乃は唯に俺に聞くように言ったんだ?
まぁきっと俺が断ると確信して言ったに違いない。それにしても、その言葉によって唯の心に火が点いたのは間違いないようだし。
そう思った静也はふと以前に唯と出かけた日のことを思い出した。
いや、唯を家に泊めるのは色々とまずい気がする。泊めるなら単身で呼ぶのではなく、せめて月乃や能徒を監視役として置かないと駄目だ。でないとなんかこう、色々と大切なものを失っていく気がする。
「で、どうなのかしら? 静也くん」
「もちろん、答えは決まってるよね?」
静也が考え続ける中で目の前の二人がさらに詰め寄った。そこでついに静也が口を開いた。
「……機会があったら…だな」
途端にこの場には静寂が訪れた。それにより少しだけ怖くなった静也は月乃に目を向けた。すると月乃の口角は上がっていた。
「うん、よく答えたね。そうだって、唯」
「あらそう。それじゃ機会を待つしかないのね。でも、お姉さんはいつでもいいからね?」
どうやら正解だったらしい。と静也が思うと胸を撫で下ろした。しかし、唯の瞳は仄かに桃色に光っていたのでどうやら諦めていないようだった。
「それじゃ、またね。唯、能徒。静也、家に戻ろうか」
「一応俺の家なんだがな」
それから月乃が唯と能徒に背を向けて家の中に戻って行った。だがその時
「あ! 月乃姉ぇと唯姉ぇです! 元気そうで良かったです!」
家の前に悟利が元気よく現れたのだ。さらに
「……月…乃…ちゃん……よかっ…た……」
その後ろからは愛枷がぬぅっと姿を見せた。
悟利は高校生とは思えないくらいに幼さが残る子供っぽい服で、愛枷はいつもの白いワンピースではなく白いニットワンピースを着ていた。
「みんなもどうしたの?」
月乃が振り返って聞くと
「やっぱり月乃姉ぇが心配だったです! で、月乃姉ぇの家に向かう途中だったです!」
「わた…わたしも……悟利ちゃんと……行こうって……思って……」
「みんな……」
「なんやかんやでみんなも月乃ちゃんが心配なのよ? もちろんお姉さんもね」
「さっきまで色々言ってたのに?」
自然と集まったセブンスターズの仲間達。彼女達のそんな心配を受け取った月乃からは静也の家に戻ろうとする気持ちはいつの間にか薄れていた。
「みんな、仕方ないね。私は大丈夫なのに。でもありがとうね」
そう言って口元をにこっと緩ませた。
「みんながいるってことは、金錠も来てるのか?」
「あら、どうなのかしら。でも見てないわねぇ」
「わちを見てないです! きっと狩人兄ぃは今頃ボッチを極めてるです!」
「いえ、本日金錠様は例の物を受け取りに行くとおっしゃっていました。きっと先週に発注した人形のことだと思われます」
「そうか。何か言ってなかったか?」
「特には。しかし私に対してしきりに星見様の様子を尋ねていました」
「なるほど。相変わらず素直じゃない奴だ」
全員が月乃を心配していた。それが確定すると月乃はもちろん静也も嬉しくなった。
「ところでなんだけど、こうして集まったってことは俺の家で何かするつもりか?」
「そうだよ? これからみんなはどうするの? もしかして本当に静也の家に入るの?」
「あらあら、お姉さんが入ってもいいのかしらぁ? 嬉しいわぁ」
「静也兄ぃの家でパーティです? 楽しそうです!」
「やっぱりそれはまた今度にしてくれ。家には何もない」
静也はこの人数を一気に家に入れることを躊躇い、今回は断った。それに対して月乃は安心した様子を見せた。
「それじゃどこかにご飯でも行こうか。もう昼時だし」
「行くです! 食べ放題に行くです! たくさん食べるです!」
「また店員の人を涙目にさせるのは駄目だからね?」
「それは約束出来ないです! わちは食欲の獣になるです!」
「まぁ、食べ放題だからいいか。それじゃ着替えてくるから待っててね」
「だったらその間だけ中に入ってるか? せっかく来てくれたのに外で待たせるのは悪いし」
「えっ」
静也が申し出た。それに驚いたのは月乃よりも唯の方だった。
「い、いいの? 本当にお姉さんが入っていいの?」
「少しだけな。それくらいなら別に。な? 月乃」
「う…うーん…静也が言うなら…… でも能徒」
「はい」
「唯が変なことをしないように見張っておいてね」
「承知しました」
「やったです! 静也兄ぃの家に入るです! 初めて来たです!」
悟利は無邪気に嬉しそうだ。
「お邪魔……するね…」
それから月乃と静也が家に戻ると、それに続いて四人が静也の家にお邪魔した。




