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楽園の欲祓師  作者: 翡翠ユウ
第3話 フィッシュ・ボウルの内外

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3-14 一つ屋根の下(後編)

「いっぱい買ったな」

「そうだね。静也(せいや)がお菓子も欲しいって言うからだよ?」

月乃(つきの)だってしいたけのガチャガチャをやってたじゃないか」


 ショッピングモールを後にした二人は再び静也の家に向けて歩いていた。


「あ、一回私の家に寄るね。餌をあげないと」

「分かった。また外で待っているからな」

「うん、ありがとう」


 そろそろ日が落ちる時間である。昨日も大体この時間に二人は月乃の家に寄ってから静也の家に行った。そしてその時も静也が外で待っていたのだ。

 まもなくして月乃の家に到着すると、月乃は中に向かって歩いて行った。


「荷物持ってようか?」

「大丈夫だよ。これは私が持つよ」

「そっか」


 その手に持っていたのはランジェリーショップで買った下着が入っている紙袋と月乃が個人で欲しいと言ったものだった。

 それを大層大事そうに持って中に入っていくと、静也は家の前で待った。その間、静也は周囲を警戒し怪しい人や事に対して目を光らせた。


「おまたせ」

「早かったな」

「うん。すぐに終わったからね」


 案外早く月乃が戻ってきた。それからあらためて静也の家に向けて歩き始めた。


「持とうか?」

「大丈夫だよ。これは駄目だよ?」


 口元をむっとさせた月乃がその紙袋を腕の中深くで抱えた。


***


 家に到着した二人は、この日は一緒にキッチンに立った。そして料理の準備をしていると静也が隣に目を向けた。


「うん。やっぱりいいな」


 今回の月乃はお馴染みの地味な私服の上に昨日と同様の地味なエプロンを着けていた。そしてその光景はやはり静也にとってとても新鮮であり、ご満悦となるものだった。


「まったく。私にはよく分からないよ。バター取って」

「はいよ。まさか家でドリアが食べられるなんてな」

「昨日のカレーの残りを使っただけの簡単なやつだけどね」

「それでもだよ。やっぱり月乃はすごいな」

「褒めても何も出ないよ?」


 月乃は買ってきたグラタンやドリア用の耐熱皿にバターを塗っていき、そこにそれぞれが好きなだけ白米とカレーを盛り付けていった。さらに、追加で買ってきたピザ用のチーズとパン粉を振りかけた。


「これでいいかな」


 下準備が完了したのでそれらを予熱しておいたオープンレンジに入れてタイマーをセットした。


「少し時間がかかるからね」

「分かった」


 それから静也がそのタイマーを見るとそれなりに時間があったので


「だったら今日もシャワー浴びてこようかな。月乃は?」

「私はまだいいよ。ここでドリアを見てるよ」

「そっか」


 それから月乃がオープンレンジの方を向いたので、その隙に静也がそっと月乃に近づき


「あわ」


 昨日と同じく後ろから抱きしめた。しかし今日は前回よりも体を密着させて強く抱きしめた。


「ありがとうな。月乃」

「昨日といい今といい、どうしたの? 何かあったの?」

「いや、この二日間は何も無かったから安心したんだ。でもこの先も何があるか分からないし、こんな平和もいつかは貴重になるのかなって思って」

「静也……」

「でも心配しなくていいからな。月乃は俺が必ず守るから。それにみんなも月乃のために戦う覚悟を持っている。だから安心してくれ」


 またここで静也の抱きしめる力が強くなった。

 月乃はその想いを背中から感じる静也自身の体温とともに実感し、口元がほころんだ。


「ありがとうね。でも無理をしたら駄目だからね? みんなが辛そうなら私が自分でなんとかするから」

「それを言ったら月乃も無理は駄目だからな? 頭が痛いとか、変な感じがするとか。なんでもかんでも隠したら駄目だからな?」

「うん、分かった」


 それを聞いた静也が腕を離すと、そのままシャワーを浴びに行った。


「静也……」


 月乃は抱きしめられた箇所に手を当てて微笑むと、まもなくして聞こえてきたシャワーの音を聞きながら熱くなっていくドリアを見守った。


****


「あ、下着がない……」


 二人はドリアを食べ終えた。

 それから月乃はシャワーを浴びようとキャリーケースから代えの下着を探していた。しかし準備をした時に入れたはずのもう一組の下着が無かったのだ。


「なら今日買ったやつか、同じのを使うしかないな」

「同じのはちょっとなぁ……」


 そこで月乃は今日買った方の下着を思い出した。すると恥ずかしそうに俯いてしまった。


「今日買ったのもちょっと……」

「でもその二つしかないんだろ? ちなみに今から月乃の家に取りに行くのは無しだからな? 夜も遅いし」

「うーん……」


 そこで月乃の脳内に大きな選択肢が現れた。

 一つはもちろん同じ下着を使うことだ。

 月乃一人だけならやむなしと判断してあの時のようにしてしまうだろう。だが今は状況が違う。ましてや今夜も月乃は静也と同じベッドで寝るのだ。そこで同じ下着というのは女として色々と失うものが大きいような気がした。


 もう一つは今日買った下着だ。

 これに関しては静也が選んだものではあるが、あの時の静也は尋常じゃないくらいに動揺していてデザインを見ていないまま月乃に渡していた。だから未だに静也はそれがどんな下着なのかを知らない。だが、もちろん月乃は知っていて試着まで済ましているのだ。その着心地やデザインも知っており、なんなら普段の自分からしてみれば着けるのを躊躇するようなものであることも知っている。


「どうしよう……」


 月乃は頭を抱えた。

 その懊悩は次第に静也にも伝わっていき


「まさかとは思うけど、俺が選んだ下着はまずいものだったのか?」

「そんなことないよ。静也は私にって思って渡してくれたんだもんね?」

「それは、まぁ」


 静也もまた適当に取って渡しただなんて言えなかった。

 なぜなら月乃がそれを買う前に採寸をして、ちゃんと試着までして買ったのを知っているのだから。

 適当だって言った時にはきっと月乃は怒るし、そんなものにお金を使わせてしまったという罪悪感が残るに違いない。だから静也もまた本当のことを言えなかった。


「なら、むしろ着けないというのは?」

「静也は本当に変態さんなの? そんなことをするのは唯だけだよ?」

「唯はするのか?」

「昔泊まりに行った時は基本着けてなかったよ」

「そっか……さすがはというべきか何というべきか」


 そこで月乃は自分で言ってしまったとはいえ、唯の存在が頭をチラついた。


 今後唯が何かの拍子に静也に下着を見せてしまうことはないとは言えない。なんなら、着けていない状態で静也に接近しないとも言えない。


「むぅ……」


 それにその刺激に耐えきれずに静也が唯に籠絡させられてしまうかもしれない。

 そんなことになったら私が今日こんな思いをしてまでこんな下着を買ったことに意味がなくなってしまう。


 月乃の頭には多くの感情の渦が巻いていた。

 それからもう少ししてやっと決断した。


「……新しい方を使うよ」

「だいぶ考えたみたいだな」

「でも、今日は、今日だけは絶対に私に変なことをしたら駄目だからね? 絶対だからね?」

「なにもしないって」

「偶然でも下着を見たりしたら駄目だからね?」

「分かったから。というかそんなに言うってことは、まさか本当にまずい下着なのか?」

「そんなことないもん。それじゃシャワーを浴びてくるから、絶対に覗いたら駄目だからね?」


 それから月乃は紙袋を持ってひどく動揺した様子のまま脱衣所に入っていった。


「いったい何を買ったんだ? まさかかなりきわどいやつじゃないよな? それこそアニメや漫画でしか見ないような痴女みたいなやつとか」


 静也は一瞬そんな下着を着けた月乃を想像した。

 普段はとても地味なのに下着は派手できわどい。そんな月乃を思い描いた。


「いやいやまさか。でもまぁ、月乃なら…いやいや」


 否定はするものの、静也の顔は不自然にほころんでいた。


*****


「引き返すところを完全に間違えた……」


 シャワーを浴び終えた月乃は、買ってしまった下着とあらためて対面した。

 見れば見るほどに自分のイメージとは正反対で、なんなら一生のうちに一度も着けないであろうデザインをしていた。

 もはや月乃は茫然自失となっていた。だがもう後戻りは出来ない。あるのは使用済みの下着だけであり、なんならそれは今リビングにあって、取りに行くためにはバスタオル一枚で静也の前に出なければならないのだ。


 どうして使用済みの方も持ってこなかったんだろう。

 静也には新しい方を着けたと嘘をついて何食わぬ顔で同じものを着けておけば良かったじゃないか。それに、幸い静也は今日着けていた下着の色とかデザインは知らないのだから絶対にバレることはないのだ。


「どうしてこんなことに……」


 月乃はかつてないほどに後悔し、引き返さなかった自分に憤りを覚えた。

 だがやっぱり


「……仕方ない。唯には負けられないもん」


 というもはや意地が勝利してその下着を着けた。


「こんなのただの痴女だよ……」


 それから鏡に映った自分を見てそう呟いた。

 月乃が身に着けていたのは、いわゆる()()()()()()()()()()というものだった。それは上下ともに布面積が極めて小さく、さらに高校生が着けるには早すぎるようなきわどさの極みを象ったTバックだった。

 色においても刺激的かつ挑発的な黒で、むしろどこで売っているんだ?というような煽情的な雰囲気を放っていた。


「うぅぅ……」


 それから月乃は落ち着かない気持ちでいつものしいたけパジャマを着ると、Tバックのせいかやけに臀部にパジャマの布地が擦れて落ち着かず、上も上で布面積が小さいので何かの拍子にはみ出てしまわないかが心配になっていた。

 そこで月乃は試しに服の上からそんな自分の臀部や胸に触れてみた。するとやけに生々しい感触が手にもその部分にも伝わった。


「これは……静也に触られたら着けてないとか変な下着を着けてるってバレちゃうね。……危険だね」


 それから月乃は脱衣所の扉を開けて出ていくことすらも躊躇った。だがいつまでもそうしているわけにはいかないので、あくまでも普通でいつも通りを装って静也のいるリビングに戻った。


「シャワーありがとう」


 月乃はやはり落ち着かない様子で体全体を出来る限り小さく、それでいて両手はそれぞれ胸と鼠蹊部あたりに添えていた。

 そんないつもとは違う様子に静也は疑問を抱いた。


「何かあったのか? もしかして買った下着が合わなかったとか」

「そんなことないよ。なにもないよ」

「そうか。なら良かった。そういえば、月乃がいない間に防犯グッズを調べてたんだけどこういうのはどう?」


 静也がソファーの上で言った。そして月乃を隣に呼んでいるかのように隣を空けた。

 その様子を見た月乃は近付くことに一瞬躊躇したものの、いつまでも同じ場所に立っているのも変に思われそうだと感じて静かに移動した。


「やっぱり布がお尻に当たるなぁ…」

「何か言った?」

「なんでもないよ」


 履いている下着が下着のため、ソファーに腰掛けた時もその感触が生々しく月乃の臀部に伝わった。さらに、上も布面積が異様に小さいため少しの衝撃すらも警戒し、擦れる感触にも鋭敏になっていた。


 そんな中で静也は相変わらずの様子でスマホの画面を示しながら話を開始した。無論月乃はそんな状態なので集中して話を聞くことが出来なかった。


「ーって感じなんだけどどう思う?」

「……そうだね。まぁいいんじゃないかな。でもそんなのが無くても静也が守ってくれるんでしょ?」

「まぁそうだが。万一に備えてだよ」

「それでも私は静也を信じるよ」


 月乃は静也の方を向いて口元をにこっとさせた。


「そっか。そうだな。俺がいれば大丈夫だよな」

「そうだよ。だからいらないよ」


 そうして月乃は全く話を理解していないのにも関わらずその話題を終了させた。


「そろそろ寝ようか。夜も遅いし」


 月乃はもし万が一静也が自分に何かをしてきたり、自分がしてしまう可能性を考えて寝ることを提案した。そしてそのまま静也の答えを待つことなく立ち上がると、寝室の方に向けて一歩を踏みだした。

 そんな時だった。


「あ……」

「月乃!」


 焦ったのがいけなかったのか、月乃は珍しくよろけてしまって後方に重心が傾いた。そしてそれを静也がいち早く察して受け止めた。だが静也も静也で急だったものだからそのまま後ろに体が倒れていった。


「大丈夫か?」

「…う、うん。あ……あ……」


 月乃が大きく動揺した。なぜなら月乃は今まさに静也の膝に座るかたちで受け止められていたからだ。そしてその臀部には静也の脚の感触がしっかりと伝わり、静也もまた月乃の臀部のやけに生々しい尻肉の感触を受けていた。


 ば…ばれた……?

 終わった……静也に痴女って思われちゃうよ……


 そう思った月乃は呆然として立ち上がることすらも忘れていた。


「月乃……」


 きっと静也は私がこんなのを着けているって知ってがっかりしてるんだ。これじゃ唯のところに行っちゃうよ。嫌だよ…嫌だよ…静也。


 月乃は絶望感を抱いて静也の次の言葉を待った。それはそれはこれから死刑判決を受ける囚人のような気持ちでいっぱいだった。


「きっと今日は疲れたんだな」

「えっ……」


 その言葉に月乃は虚を突かれた。

 それからまもなくして静也が月乃を抱きながら立ち上がった。


「寝るか。確かにもう遅いし」

「う、うん…… ねぇ、静也」

「なんだ?」

「ううん。なんでもないよ。行こっか」


 月乃は救われた思いで再び歩きだすと静也とともに寝室へと向かった。

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